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Think&Said to Myself

日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw

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前向きと後ろ向きのあいだで・・・

今回のログは『恋愛』のカテゴリにも関係してくることなんだけど・・・
このブログ不便だな~カテゴリ1つしか選ばれへんなんて

********************


もう物心ついてから何度となく聞かれてきたこと。
私に対する質問TOPには絶対入るであろう問い。


聞かれることは慣れていたし、私も答えはすらすらと出た。それはもうマニュアルのように。
答えることは容易かった。
ご飯を食べたり眠ったりするのと同じようなことだった。その問いに答えるのは。。





・・・けれど今日、初めて答えるのに窮した。

人生で初めて、そのわかりきった答えを言うことを辛いと感じた。

こんなことは本当の本当に初めてだった。


親でさえ同じ答えを言うのは躊躇われるだろうに、本人はいとも簡単に言ってのける答え。




それを押し出すのが、辛かった。

そして、辛いと感じている自分にも辛くなった。


本来ならば、こんな事があったならば面映い思いが心一面を満たしている筈で。
けれど、今回はその面映い気持ちの裏に罪悪感に似た後ろめたさも見え隠れしている。

何に対する、誰に対する罪悪感なのか自分でもうまく説明ができない。
でも何となく自分自身とか、そんな私を応援してくれている人たちとかに対してなのかなぁ・・と思う。




久しぶりに見るほっこり笑顔 
もうなんかそれだけで、職場のガス点検でガスが止められてエアコンもストーブもつかなくってこの寒波の中、ダウンを着こんで室内で仕事・・・というありえない事態もどうでも良くなってしまうから不思議だ。笑


しかも。
何故か話が盛り上がるのは大抵、私がすっぴんに近いメイク・・・のときで今日はバッチリ!って日に限って顔さえ見られなかったりする。
世の中こんなもんだ苦笑




ずーっと調子が悪いと思っていた箇所に不具合が見つかった。
やっぱりとは思ったが、少し前に立ち寄った別のところでは古くはなっているけれど問題ないとの返事だったので・・・

あのやぶスタッフめーーーーーーーーって感じ・笑



それにしても私のまーちゃんは年末に何かが起こる

そもそも出逢ったきっかけと言うのが、年末も年末の31日、それも故障だからね

年末、鬼門やゎ



それを直してもらっている間、他愛もない話に花が咲いたのだが・・・(ちなみに前に張ろうとしてやめた伏線を張ったが、はぐらかされて終わった)



故障箇所を一緒に見て、戻る途中、彼は私の背中にこう問うた。



『その足、もう良くならないんですか?』



一瞬、私の中の時計の針が止まった。それでも体はきちんと動いていて、変わらずに足は前に前に出ていたし、周りの風景も変わらずに流れていた。

けれど確かにその一瞬、私の中の軸は傾(かし)ぎ、一瞬時を止めた。


むろん、すぐに立て直した。 
もう何度も聞かれてきたこと。

公園で近所のお友達に、幼稚園で、小学校で・・・さすがに中学になる頃からは皆遠慮してある程度仲良くなるまでは聞かれないけれど。


そのたびに、ファストフード店の店員のように、相手が誰であれ繰り返し繰り返し同じように答えてきたのだ。


「治らない」「良くはならない」と。   


それを初めて聞いた人は一瞬僅かに、ショックを受けたような顔をする。そんな人が多い。
でもそれもいつまでも続かず、努めて明るく振舞ったり、違う話題に摩り替えたりする。子どもでも大人でもほとんどそれは同じだ。

聞いてはいけないことを聞いてしまったかな、という顔をする人もいる。
中には謝る人もいる。


私自身は、この質問を全然問われたくないものだと思っていない。むしろ、疑問を疑問のままにしておいてほしくないのだ。

よく知りもしないために、昔は障がいのある人がいると、それが伝染(うつ)るであるとか、遺伝するだとかで、理不尽な扱いを受けた先人たちがたくさんいる。実際はそうではないのに。

今ではそこまでは行かなくなったものの、いまだにすべての人が心地の良い社会にはなっていない。




こんな質問をするほとんどの人に邪気はない。
素朴に浮かんだ疑問なのだ。 

不治の病だとわかりきっているものでない限り、「治るのかどうか」疑問に思うのは当然の心理だろう。



彼もそんな他の大勢と同じように、素朴な疑問を口にしたに過ぎない。


だが、大人になるとなかなか余計な気を遣ったりして、こういう問いはおいそれと口にできない人が多いから、それを聞いたそのときには、


あ、こんな踏み込んだことを聞いてくれるようになったんだな・・・と、


ちょっと嬉しかった



ところが、完全にその問いに対してマニュアルを持っている私が、一瞬傾いだのだ。

彼にそう問われることをなぜもっと早く予期しなかったのだろう。充分にありえる話なのに。


固まっている心をよそに、口はするすると動き始める。

彼は既に私が、これ以上進行しないようにリハビリに通っていることは知っていた。


口はするすると動くのに、その一言一言を押し出すのに、なぜこんなに心が抉られるのだろうか。
なぜこんなに心が痛むんだろうか。


まともに彼の顔さえ見れなかった。

どこかで「治らない」と口にしたら、彼は私にガッカリしてしまうんではないだろうか・・・とかそんなことがよぎってしまったのだ。

失望したかもしれない顔を見るのが怖かったのだ。


もちろん、そこで失望するような人ならば、絶対に友達としてだって付き合えない。
そんなのどっちも不幸になるだけだ。

今、私の周りにいる友達とか、かつての彼氏だって、私がこんなであることを理解した上での付き合いなのだから。

性格とかと同じで、嫌だなと思う人とは必然的に一緒にはいられない。


そしておそらく彼が、そんなことで誰かに失望するような人ではないだろうと言うのも会話の端々から感じ取ってはいたけれど。。。

でも千が一、万が一、そんな顔をされたらと思うと、振り返れなかった。


そしてそんな自分が情けなかった。



私が心の歯をそっと食いしばっていると、彼は変わらない口調で続けた。


『手術とかでないと改善しないって大変っすよねぇ。リハビリとかで良くなったらいいのにね』


その気持ちは有難かった。何よりも。
けれど、社交辞令であるかもしれなくても『良くなったらいい』というその言葉に応える事が出来ないのが苦しかった。


そうですねぇ、と答えるのがきっと精一杯なのだ。




昔、元彼に同じことを聞かれたときは、こんなにも動揺しなかったのにな




傾いだ心をすっかり立て直した頃、不意打ちでそれはやってきた。

それが自分のことであると理解するのに一瞬の数倍の時間を要した。

彼が私の名前を苗字でなく、名前で呼んだのである。

気づくのに時間が掛かったために、一瞬虚を突かれたような顔をしたであろう私と、すぐに何事もなかったかのようにまた苗字で呼びなおす彼。

しかも彼は私のファーストネームを間違えた・笑


仕方ない。読みにくいし、10人いれば9.9人が彼と同じ読み方をしてしまう。身内や知り合いに同じ名前の人がいない限りねw


イタズラっぽく笑って見せ、
「私の名前『○○さん』じゃないんですよぉ~何だと思います?」と意地悪く言うことくらいが、そのとき私にできるせめてもの照れ隠しだった。


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