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Think&Said to Myself

日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw

カテゴリー「♪English Linguistics♪」の記事一覧

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The concept of PLURAL

このカテゴリを更新するのも、ずいぶん久しぶりemoji

久しぶりに大学の地下書庫にもぐりたい気分。

尤も、もぐったところでそこにある本をもう今の自分は辞書なしでは読めないのだろうが。

かつてはTOEICもノー勉で700はあったけれど、今はどうだろ。結果が怖くて受けられない・苦笑
スコア、ガタ落ちしてるんやろなぁ・・・emoji



昼下がりの職員室。

ALTの先生と次回の授業の打ち合わせ。この日は時間割変更のおかげで午後からフリー。ゆっくり話をすることができた。

うちの勤務先には2人のALTの先生が来てくれている。
ひとりはアメリカ人。専門は言語ではない。

もうひとりはオーストラリア人。ビジュアル系が好きで耳もピアスの穴だらけ。パンクな恰好で一見とっつきにくい印象を受けるけど、話してみると超マジメ。

専門は日本語で、学生時代茨木市(私のかつての住処からめっちゃ近いわ)にホームステイしてたこともあり、大阪弁ぺらぺら。


外国人が話す大阪弁って、なんであんなにおもしろいんやろねw


大学の頃、恰幅のいいM先生が、5限(昼の部の最終。確か17:50終了?もう大学の講義の時程とか忘れちゃったよ)の疲れているときに、ぺらぺらぺらりんと英語で授業。

疲れた脳みそに90分近い英語は、現役大学生でもなかなか堪えるが・・・

授業の終わりが迫って、いきなり、

『はぁ、疲れた。早よ帰ってビール飲みたいわ』って言ったのが忘れられへん・笑


教室がどっと沸いたしなw


ちゃんと「飲みたい」の「み」にアクセント置いてるあたり完璧。


ちなみにM先生、お住まいは神戸の岡本。私ら、宝くじでも当たらん限り、そんなとこ住まれへんわemoji


さて、日本語を母国語としてて、英語学を専攻するものと、
英語を母国語としてて、日本語学(私らからしたら国語学w)を専攻する者。


結構ふかーい話になりますww


この日も実質授業の打ち合わせは20分。あとの1時間半くらい言語学の話に。
いちいち英語と日本語交えて書くのめんどいんで、完全翻訳版でお届けしますw


『日本語って、数える単位が難しい』という彼女。
『最近の人って、何でも「〇個」って数えるのよね』


『ローソンの唐揚げはなんて言って頼む?』


私は1つくださいって言う、って答えたら、


『私、気になってここ何年間かローソンに行ったらからあげくん頼む人を観察してるの』


観察emojiemoji


行動がもう言語学者やんか。


『そしたら、「1つ」「1個」「ひと箱」色々いるのよ。どれが正解なの?』


この場合、どれでも正解だと思うなぁ。


普通、からあげを数えるのに1個や1つを使えば、からあげ単体1個を指すけど、からあげクンは箱に入ってる状態で1つとして売られているわけだし。。

ひと箱でも正解だけど、からあげクンの場合はひと箱って言っちゃうと、あの商品1つではなくて、なんかメーカーから卸されてきた段ボール箱にアホほど詰まってるからあげってイメージが。。


そんなん私だけ??


「日本人やけど、そんなん考えたことないわ。奥が深いね」と言うと、


『私の語学の先生が単位だけを集めたこれくらいの分厚さの辞書を持ってるの。あれ欲しー!』


絶対この人、将来母国で大学教授とかになってそうだわ。


そういう私も今これとこれがめっちゃ欲しい。




両方とも3000円くらいするから2冊買えば結構な出費やねんけど。。

もう数年amazonの欲しいものリストに入れたっきりだわ・笑


とりあえず、右のクリスタルさんのは近々買うw


長くなりそうだから次回へ続くemoji
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拝啓 A先生

あなたが空の上に行ってしまってから、1年が過ぎました。

今でも道に迷いそうになるとあなたの声を思い出します。



まさかこれが形見になるなんて・・・あのころは思いもしませんでした。

先生、今日も空は泣きたいほどに青いです。
突き抜けて青いです。


故郷

先日のリハビリの帰り。

いつもはT駅行きの地下鉄経由でまっすぐ帰るのだが、この日はA駅で乗り換えた。懐かしい場所を訪れるために・・・


もう千度乗っているK駅行きの電車。見慣れた車体、聞きなれたアナウンス。こういう言い方をするのはへんだけれど、そのすべてが五臓六腑に染み渡って、心がほぐれていく。


・・・やっぱほっとするなぁ


どのへんで車体が揺れやすいのか。
どこの車両に乗れば降りやすいか。


体が全部覚えている。


懐かしい大学前の駅で下車。自分より少し若い喧騒の中を歩いていく。あ、やっぱりウチの学生だなって感じがする。


今住んでいる家の最寄り駅も、某大学の最寄り駅なので学生はよくいるのだが、どうも学校が違うと学生のカラーも違うようで見ていてもほほえましさが湧いて来ない


から揚げ屋台の看板わんこと心で会話をし(笑)、なだらかな坂道を登っていく。正門が見えてくる。


ビシっと決まった制服で白い歯をカッと見せ、あったかい笑顔で迎えてくれたのは仲良く話をしていた守衛さん。


『お、久しぶりやのう』


癒されるぅ



最近はあんまり授業に出ていないのか、と問うおっちゃんに卒業して今は教員として働いていると報告。今日は遊びに来たのだと言うと、

『いつでも来ぃや~』



おっちゃぁーーーーーんやっぱ大好き(←あったかいオジサマファン)笑



そこから構内で院生の友達と合流し、ゼミの最中である研究室に突撃することに。
いよいよA先生との再会のとき。。



法学部・文学部の学舎へ続く険しい坂道。入学したての頃は、ここを半分登っただけで息が切れてたんだった。
4年間、繰り返し繰り返し通ううち、動悸はしなくなり、息もそれほど乱れなくなった。
就活のときはヒールでここを登った。


坂を登り終え、懐かしいスロープの先には教授の研究室が入る研究棟がある。
そこはまだ、改革の波には呑まれず(と言っても数年前に改築したばかりだが)あの頃のままを留めていた。

裏手の鉄扉を開けた。寒い冬の夜、ここを開けて外に出、その寒さにマフラーを忘れたことに気づいた日が、ふと蘇った。

へんに音の響く階段。2Fへと上がる。ゼミは英文科の合同研究室(通称・合研)で行われる。去年と変わらない。
A先生に事前にアポは取っていなかった。来てしまったものの、お忙しいんじゃないだろうか・・・
この期に及んでそんな事がよぎる。


先に院生の友達が「せんせーえ、おきゃくさーん」とドアを開ける。続いて「お客さん?誰だい??」と懐かしい張りのあるテノールが聞こえた。

それを合図に私が研究室の中へ足を踏み入れる。

「こんにちは。お久しぶりです

立ち上がり、私の姿を認めたA先生。その瞬間、驚いたのがありありとわかるほど表情を変えた。
先生の夏のトレードマークである、ラルフ・ローレンの黒いポロシャツとスラックスはこの日も健在。

『おぉ~めぐさんよく来たなぁさぁ座って座って!!』
と先生の真隣の椅子を引く。


「え、特等席ですね、しつれーします


学部時代、ゼミが同じで院に進んだK君とD君がそこにいて、M2のM先輩もいた。A先生を慕っていた私は院生だった人とも少し交流がある。
いきなりゼミの最中に押しかけて、私の事を知らない院生がいたらご迷惑だろう・・・と危惧していただけに知っている人しかいないのはありがたかった。

K君、D君とは半年間のブランクを感じさせないほど昨日も普通に会っていたかのように話ができる。
こういう仲間って貴重だよな


「もう、めぐさんて呼んじゃいけないなー。すっかり先生の顔や。めぐさん先生って呼ばないと」とA先生。


そんな風に言われたのは初めてだった。
いつも、A先生は現状のありのままの私を認めてくれる。それがどんなに、頼りない自分でも。。


きっと教師集団の中では、私はまだまだ『教師クサイ顔』はしていないと思う。
教師に見えない自分に嫌気が差したことも一度や二度ではない。


私が入ったことでいいのか悪いのか世間話に流れてしまい、論文はお預け。

見てみると、辞書についてのものや(ウエブスター式とジョーンズ式というのがある。その変移を追うらしい)学部時代と変わらず夏目漱石の『こころ』の英訳版についてに挑むものもあり。

こういうのを見ていると、院で自分の研究を極めたかったなという思いがまた湧きあがってくる。


仮定法についても研究したかったし、前置詞も奥が深い。あのまま現在完了を掘り下げることもできたのかも。


でもすべて、これらは「仮定法過去」
今私は英語科の教員で、これらの~したかった、~できただろう、は現在の事実に反するのだ。


羨ましい。
彼らの姿を見ていて素直に浮かんだ思い。

でも年々下がる教員採用数に、仮に院へ進んでいたら私は教採に一発合格できていなかったかもしれないのだ。
日英対照言語学、その中でも特に独自の切り口で研究を進めていた先生。そしてその伝統文法の解釈を覆すA文法にほれ込んでいたAゼミ生。

現職経験を経て、私が院生になれる日が来る頃、A先生はすっかりおじいさんだろう。
その頃に先生と同じ視点で研究をしている学者はいるだろうか。

でなければ、私が院に進みたいと思う原動力は消えてしまう。




私が座って間もなく、ジャクリーンやらバーバラやらのいつものネタに走った先生。
あ、本当にゼミの時間だ。あの日に帰ったようだ。


ただ、違うのは私の手に論文原稿がないこと。
カバンの中に入っているのが文法書や辞書ではないこと。


自分が一番輝いていた瞬間の連続を過ごした場所、時。
それが蘇った。

決定的に違うのは、あの頃のように終わりの近い永遠ではない、と言う事。
束の間の休息期間のあとの社会は私を待ってはくれない。


大学と言う場所は社会に最も近い場所でありながら、そのあわただしさや苦痛から隔離された場所であると思う。
それに守られて、安心して時に羽目をはずし、時に真剣に学問と向き合う。
本当に恵まれた場所・期間。

終わってしまえば、こんなに尊いものだと、あの頃は気づきもしない。
近く、遠い永遠。

ほんとうにじぶんは、大学が好きだった。

特に10月のキャンパス。色づいた木々の間を、セメントタイルをブーツの底で踏みしめながらそびえる煉瓦の図書館へ向かう道。


よかったな


ほっぺたが痛くなるほど笑い、お腹がよじれそうになるほど。

先生の暴走するネタにゼミ生全員で「はいはい」と軽くあしらうのも、あの頃と同じ。

1回生の頃、受講生参加型プレゼンを一緒にやったM先輩は私の事を覚えてくれていた。はじめ、お互いに、



M君??どこかで聞いた名前・・・聞き覚えのある声。。

めぐさん?はて?どっかで聞いたような・・・

という感じだったのだが、そして私の方はM先輩の漢字をフルネームで脳内に描くことさえ出来ていたのに、どこで一緒だったのか思い出すのに7分・笑


『あーーー!!I先生の授業で

すぐにわからなくて当然だった。私が1回生のとき3回生だったM先輩は当時ビン底メガネに色あせたジーパン、よれよれのTシャツ・・・とパッと見「冴えない」学生だったのだ。

ところが現在、メガネはコンタクトになり、よれよれのTシャツは品の良い淡いグレーのジャケットに、色あせたジーンズは高そうなパンツになり、すっかり知的な大学院生に変貌していた。

その耳ざわりの良い声だけは今もそのままに。


「すっかり大人っぽくなったからわからなかった」というM先輩。


少し髪を伸ばしただけで、パーマ頭も顔も変わってないけどなあとは職業柄、カジュアルすぎる格好をしなくなっただけ。


大学前のテイクアウト専門の店で、学生時代好んだものを買い合い、研究室に持ち帰って食べながら他愛無い話をする。
追想のそのすべてが癒しになっていく。

無類のから揚げ好き(というか鶏肉好き)の私が、ボリューム満点のから揚げ丼をほっぺたいっぱいに頬張っていると、A先生が、

「相変わらず馬鹿な話ばっかりしているんですよ。めぐさんは先に社会に出てよかったかもしれませんねぇ。立派に働いているんだから」


その「馬鹿な話」の合間にとてつもなく高尚な話が行われているのも事実。

もちろん、A先生の本心だろうし、院進学を金銭的な理由で諦めたことを知っている先生だから私を励ますつもりで言ったのかも知れない。


でも精神的にも体力的にもハードな仕事で、辞めようか・・・とばかげたことを考えそうになる自分と消えたくなる自分と闘って、今は首の皮1枚で繋がっていると言うと、

「我々(大学教授)と違って、中学校というのは学生の成功を間近で見れませんからねぇ。我々の場合はすぐに社会に出て活躍している姿を見ることができるけれど・・・。どれだけ熱意を持って教育していても、こちらの教育に対する思いなど、子どもは露知らずだしねぇ。しんどいでしょう」

判ってくれる人がいるというだけで、心は軽くなる。


少しばかり痩せたかと思っていたA先生だが、この夏休み、手術をしていたらしい。
てっきりいつもの夏と同様にアメリカに行き、母校のC大学の空気を吸っているもの・・と思い込んでいたら大阪の病院のベッドの上だった。

緊急性のあるオペではないものの、結構時間の掛かるオペだったようで、しかもその元になる症状は去年の6月から始まっていたらしい。

「ちょっと待ってくださいよ!去年って言えば私まだ学生でしたよ」

聞けば、学生に皮膚の腫れた姿は極力見せられまいと抗生物質をカナリ飲んで散らしていたらしい。
まったく先生の変化に気づかなかったゼミ生・・・まったく情けない。。


教授としてのプロ意識。
まぁ私も同じ立場なら先生と同じ行動に出るだろうが。
それにしてもまったく悟らせなかったのだからただただ脱帽するばかり。


中学校の教員をしていると英語力や語学力がどんどん下がっていくのが歯痒いし、嫌だという話をすると、
1冊の本を下さった。

『Frankly Speaking』という本。それをそらでいえるくらい読み込め、とのこと。院生には本当に1冊覚えさせるらしい。
また紹介しますねw


懐かしいときが流れていくのは本当に早く、17時頃に研究室に入ってから、気づけば22時過ぎ。

帰り際、『また来てくれるな?』と聞いてくれるのが嬉しかった。


院生の先輩は「3、4人しかいないときにあれだけ饒舌なのは珍しいよ。きっとめぐさんがきてくれたのが余程嬉しかったんやろうな」


何も言わずに帰っても、ただ歓迎してくれる。
やっぱり、もう私の故郷は此処だ、と確信した。


帰り道も、その日は泣きたくならずに済んだ。
満ち足りた思いが、ただ心を満たしていた。


私にこんな環境を与えてくれてありがとう。
何にかわからないけれど、感謝していた。

ラスト・イグザミネイション

去る17日。卒業論文の口頭試問があった。 
ウチの大学では卒論を提出した上で、この試問を受けなければ単位にはならない。おそらく代筆や盗作を防止するためだろう。


駅へ行くまでに学校の中をすり抜けるから、学校自体はほとんど毎日と言っていいほど目にしているが、学舎の中へ入るのはだいぶ久しぶり



控え室は語学科目を中心に行う棟で、試問自体は各教授の個研(個人研究室)でおこなわれる。



控え室に向かうと扉に『英語英文学専修 口頭試問 学生控え室』とPCで打ち出された張り紙が張ってある。
それだけで見慣れた教室が途端に装いを変えるから驚きだ。


しかし入ってみるとそこには猫の子ひとりおらずガラーン


にょ??


黒板にさらに二枚の紙が張ってあるのに気づいた。


主査:A、副主査:I   ●● △△(学生名)・・・・・・・・・・・・めぐさん

(尚、主査Aの口頭試問もIの研究室で行う)



とある。副主査がめぐさんの好きな教授NO2のI先生だったことでちょっとほっ


というのもこの日、ネイティヴのM先生が副主査で恐怖の15分間になる・・・・という悪夢で目が覚めたのだ
正夢にならずに済んで本当によかった予想していた展開でもある。A先生とI先生は研究分野も比較的似ていて、公私ともに本当に仲がいいらしい。

本来ならば、自分のゼミの教授の個研で試問なのだが、ここも予想通りの展開。それというのもA先生の個研は相当のカオスに支配されているらしい。ゼミ生でさえ、毎年1人、2人しかそのカオスを見ることはない。見せてはくれないのだ。先生に質問があって研究室を訪れても、院棟へ招かれたり、合研に招かれたりする。


研究棟の中に入り、I先生の研究室に向かう長い廊下を歩く。I先生の前には何人かのゼミ生が順番を待っていた。どうやら多少押しているようだった。
当たり前だが、口頭試問などを受けるのは皆これが初めて。院に進むのなら修論で口頭試問があるだろうけど、就職組はこれが最初で最後の口頭試問になる。2人ともよく知っている先生とは言えど、やはり緊張は隠せない
研究室前の廊下にはご丁寧に椅子と小さなストーブが置かれていた


研究室の中からは、しん、となったり時折笑い声が聞こえてきたり。和やからしいことはわかるけれど、何聞かれるんだろう・・・と皆気が気ではない。


大手メガバンクに就職が決まった子が数人。銀行の制服の話で盛り上がっていた。M銀行は制服があり、R銀行はかっちりしたものなら私服OKらしい銀行勤務、多いんだなぁ。他のゼミでも銀行に就職というのはよく聞く。
女子には銀行が人気らしい。定年まで続けられる仕事・・・というわけではないが、結婚や出産までにお金に関する知識も身につくし、給与面もまぁまぁなところが多い。



私の前に試問を受けた子が研究室から出てきて、私も椅子から立ち上がっていたら、先生自らドアを開けて迎えてくれた。そこに試問が終わった子らがまだ残っているのに先生が驚いている様子。どうしたと尋ねる先生に、

「廊下で1人だと心細いやろから話してたんです」というみんな。


Aゼミ優しすぎるじょ


中に入ると副主査のI先生と目が合った。優しい眼でにこーっと笑う

今日もマイナスイオン出まくりやわ、先生笑 にゃー

廊下にいるゼミ友達に「めぐさんをこれからいじめるから泣きながら出てきたら慰めてやってくれー」と飛ばしているA先生・笑




A先生が着席して、ニヤっと笑い、「さーぁ、いじめるぞハンカチはあるか?」とA先生らしい切り出し。


I先生が「ティッシュもあそこにあるからー」とティッシュの在り処を指差す。仲のよさが本当によくわかる。A先生のギャグに絶妙の返しをしている。


「この子ねぇ~『大学の近くに住んでます』っていうのにどのアパートか言わないんだぜ~」とお決まりのセリフをI先生に言う。「熱心に一番最後まで研究室にいたのになぁ・・・」

するとI先生が静かに「それ(アパートを言わない)が賢明だよ」と言い放ち、A先生は高笑い。



初めの7、8分、試問らしい真面目な雰囲気で内容についての質疑応答があった。

I先生の答えにくい質問&忠告、見解も飛びつつも、圧迫にはならずに終わり、後は世間話で終わった。


「リサーチも文献を綿密に調べられているしね、非常に良い論文になったと思いますよ」とA先生。
「こういうこと(論文内容)を現場で語れる同僚に会えればいいねぇ」と九州訛りの残る関西弁で話すI先生。

A先生が張りのあるテノールなら、I先生の声は地面に染み入る慈雨のようだ



口頭試問が無事に終わって、副主査がI先生だったので思い切って切り出した。


「先生、私の入試のときに面接官でいらっしゃいましたよね?」


きょとんとするI先生。


「AO入試の二次試験のときに」

「・・・・4年前かぁ。もうひとりはI子先生だったよな?」

「はい」

「じゃぁ間違いないわ」

「合格させて下さってありがとうございました本当に感謝してます。●●大来て人生変わったと思ってるんで」

「あの面接ではかなりいじめたんだけどなぁ~」と飄々と言うI先生。


うん、帰り道は落ちたかと思って泣きそうになったよ・笑


「もっう、英語(での面接もあった)もほんまにしどろもどろやったのに・・・・ほんまにありがとうございます




そのやりとりをじっと横で聞いてたA先生が、

「なんだ、俺に憧れて入ってきたんじゃないのか・笑   それは初耳だな~。別に心に秘めた男(笑)が居たワケやな」

「そうそう僕」・・・とそのジョークに飄々と応じるI先生。やっぱり仲がいい


「でもすっかりこっち(A先生)に洗脳されてしまったな」とI先生。


「いやでも入り口が肝心ですからー」とフォローするA先生


「入り口こっち(自分)で出口こっち(A先生)やなぁ、ははは」とI先生。


お互いを理解しあっているお二人のやりとりは聞いていて安心感があるし、見ていて微笑ましい。
そんなお二人の学生を見る眼差しは穏やかでやさしさに満ちている。時折厳しさも混じる。


そんな眼差しに4年間見守られていたのだった。


もう友達やA先生、I先生とも卒業式でしか会えないんだなぁ。謝恩会でA先生には会えるけれど、I先生に会うのは本当に卒業式だけだ。


寂しいなぁ


でもこのお二人の教授がこの大学に居なければ、今の私はない。


本当にA先生とI先生に出会えてよかったと思う。

捨て犬の真実基準

卒論を書き終えた。先生のオフィスアワーには、何とか間に合った。


書き終わる前は、書き終えたらきっと清清しいと思っていた。確かに書き終えた瞬間は達成感があった。


でも今は・・・・・・・。。






オフィスアワーの時間帯は大学院の演習室にいると言っていたので、先生が居る筈の演習室へと向かった。ドアをノックしようとして、ふと思いとどまる。中から聞こえてくる声が、どうも声の質が違う。


後ろ側のドアから前側のドアの方へまわり、中から聞こえてくる声に耳をそばだてた。


『・・・・金剛山の・・・・・・・キジが・・・・』


途切れ途切れに聞こえてくるのは、そんな単語。

『金剛山のキジ?』何の授業やねん 奈良の桃太郎か



何かあったら電話をするようにと言われていたので、居る筈の場所にいるのがA先生ではないのがわかると電話を入れてみた。

いつもなら、どんなに忙しくても電話には必ず出はるのに何故か出ない。


うむむ???



とりあえず言われた場所にいないのは確かなので、大学院棟から文学部の研究棟に向かった。個研は真っ暗。合研も真っ暗。。


Where ??



もう一度、大学院のほうへ向かうも、状況に変わりなし    



帰ろうか。しかしせっかく書いたのだから何かコメント(またの名をダメ出し)を貰ってからにしたい。もしかしたらその前の授業のあと、学生の質問に答えているのかもしれない。その教室に行けばいるかもしれない・・・と5号館に向かって歩き出した。すると見覚えのある姿が前方から近づいてくる。


やっと見つけた(学校に着いてから40分後)


院生とお茶を飲んでいたという。初めから学食行けば早かったのね・・・   


今回も『』とか書式の問題での訂正をするように言われただけで、文章の訂正はほとんどなし。いいのかな?コレで。。


一応その訂正箇所を直すこと、くらいで内容はOKを貰った。


「よくやった」と先生。


一箇所、文献の解釈に疑問を持っていたが、私の解釈で合っていると言われ、ほっとした



その後、春から教員になることについて少し話をし、いずれ修学休暇を利用して院に進みたいことを改めて言うと、いつもは即座になんらかの返事をする先生が、「良いことだと思う」と言いながらも言葉を濁した。


その表情と様子を見て、悟った。   


あ、私が大学院に行くのは、あまり賛成でないのかもしれない・・と。


論文の事で初めにスラングについて研究したいと言ったときも、ダメだとは言わず、ただ首を縦には振らずに言葉を濁し続けた。


先生は余程の事でない限り「ダメ」とは言わない。ただ、そう言わないだけでそう向かわないように仕向けるのだ。


あ、私には出る芽はないと言うことか。。わかってはいたけど、はっきりした。

ただ先生はしきりと教頭・校長になるのに必要な大学院の課程の話をしていたから、それに気が進まないのかもしれないが、私の意図はハッキリ伝わらなかったらしい。
私は管理職にあまり興味はなく、定年までいち、教諭で在りたいと思っている。まぁでもそれは、教頭や校長の職務についての詳細を知らないというのもあるし、またそれらの仕事を知れば「なりたい」と思う日が来るかもしれないが。

私が院に行きたいのは、別に教頭や校長になりたいからではない。英語学をもう少し勉強したいという気持ちからだ。
ただ現職でありながら行く場合、何の専攻であろうが専修免許状を取得するのが条件だが。


まぁ、そっちにしても出る芽がなければ、いくら水をやっても意味がない。



大学院に進むことはもうないかもしれない可能性が、また濃くなった。


そう思ったら、急に寂しくなった。卒論を書き上げた私は、数ヵ月後にはここを去る。


無意識でずっと来たけれど、この大学は私が思っている以上に私の精神的な土台であったらしい。


まるで捨て犬のように心細い。ここを卒業したら、本当に私はひとりなのかもしれない。


帰る家をなくすような、そんな哀しみにふっと覆われている。。。

ラストスパート

床ずれ疑惑は、少しずつ払拭されつつある。

あれから、同じような傷ができていない・・というのと、看護師である友達が「できるとしても、そんなところに床ずれは通常はできない。まぁ、めぐさんの体の支え方に癖があったとするならまた別だけれど、めぐさんの今の状態から考えても、床ずれができるほど動けていないとは思わない。」とのことで。


医療のプロからそんな回答が得られれば、安心する。単純だけど、それが知識のない一般市民というものかも

このまま何事もなく、疑惑が去ってくれればいい





18日は14時から22時までゼミ。先生もほとんど何も食べずにしんどいだろうと思う。


ほとんどの子が完成して、事務に提出するのとは別にコピーを取って先生に出していく中、私を含め5人はうんうんと唸っていた。
英語における命名法を研究しているKくんは、「俺、先生に『好きに書け』って言われてんけどさぁ、好きに書いたらダメ出し食らうねん


「好きに書け」が一番困るよな



風邪のひどさがピークを迎えていた私は、「もう組み合わせなんて・・・あったかけりゃいい」とくまみたいにもこもこに着膨れてゼミに行き、バッグからはMy箱ティッシュ笑   皆の笑いを誘ったけど、これネタじゃなくて真剣
そんな私を見て、またもKくんが「めぐさん、点滴してもらってき」


効くのか?と尋ねると、ゼミ生の何人かが「なんか知らんけど、めっちゃ元気になる」と口を揃える。


この「なんか知らんけど」元気になるというのが、点滴のミソらしい





ゼミでただひとり教採に全滅だった女の子が、某大学の付属高校の試験に合格し晴れて就職が決まったそれも私学では珍しく、教諭で採用。待遇もいいらしい
先生は、院のゼミ生は全員、そして学部のゼミ生でも3人、教員になる者が出たのは快挙だとご満悦
確かに快挙かもしれない。英語教育学を専門にもしているB先生のゼミでも教員志望者は多くいたけれど、そのうち1人は院に進学するし、他の子も受かったという話を聞かない。


そして、いそいそとその子の論文になにやら書き加え、高笑いをする先生。そして「共犯者になってくれよな。まぁ・・(学会で)叩かれるのは私だけど」とにやっとその子を見やって笑う。
結構Aゼミのゼミ生は先生の持論を代弁するような卒論が多い。私のものだってそうだ。しかし、私の論文内容はそんなに意外性はない。
でも、その子の論文内容はおそらく英語学者たちを揺らがせること間違いなし。だって・・・・


『英語に未来時制などない』     なのだから。私もその持論は初めて聞いたから、ド肝を抜かれた。


そんなのは知らなかったと言うと、大学院の講義では正式にこの新理論を思いっきり展開しているらしい。なるほど、知らなくて当然か。


高笑いした瞬間の先生が、「教授」ではなく「言語学者」の顔になっていて、やっぱり先生はこういうときがいちばん生き生きしているなと感じた瞬間だった。
ただ、生きる糧を得るために教授職に就く人よりも、こういう研究が好きだというのが滲み出ている先生はいい


さて肝心の卒論だが、先生に見せても添削らしい添削は一向になく、あると言えば空白をあけるべきとか、ここは詰めとくべきとか、ここは『』じゃなくて' 'の方がいいとか、そのようなことが主だ。


ちゃんと書けていると言えば聞こえはいいが、若干こうまで添削箇所が少ないと不安になってくる。



今現在、第三章の第二節まで書き、あとは月曜までに第三節と、結論を書き、目次や参考文献、表紙をつければOKだ


「めぐさんの論文はねぇ、隙がないんですよねぇ。・・・いや、隙がないのは良いことなんですよ、きちきちっと理論的に書かれてあるから。でも、だからなかなかページ数が埋まらない」


あははバレてる~ 頭で文章を考えてからでないと書けないし、論理的な文章にするために必要なもの以外の余計な言葉は削ぎ落としているのだ。それでもどんどんページが埋まっていくのが、学を積んでいる人なのだろうが、かなしいかな、そこは私も所詮は学部生・・・なのだ。。


「こことここの間もスペース取ってしまえ~wwページがだいぶ違うぞ。ほら、ここもここも



そんなん勧める教授もまぁ珍しいだろうな  スペースを取ったって稼げる行数は限られてくるから、論をもっともっと膨らまさなければならない。


さて、今からバイト行って、帰ったら明日までに仕上げるぞ
土曜にチェックを入れてもらって、月曜に本提出

ことばはいきもの

「めぐさーん。元気でやってるかぁー?」


背後から張りのあるよく通るテノール振り返らずとも声の正体はわかる。A先生だ。


木曜の3限目。確かA先生は「英語学基礎研究」という2回生配当の授業の筈だ。A先生が学舎内にいるということは、もうチャイムが鳴ってから15分は過ぎているだろうと、「今日は急ぐからー」と言いながらも悠々と去っていく先生の背中を見届け、自分の講義の教室までダッシュ


エレベーターがなかなかこないので、仕方なく6階まで駆け上がった。。4回ともなれば学部内では高齢者だ10代の子らは階段使えよ・・・と思う。年寄り・・もとい先輩優先だろうが


めっちゃくちゃ急いだにも関わらず教室に着いたのはチャイムから10分も過ぎていなかった。A先生、今日は(いつもより)早かったようだ。
どうも学年が上の授業になるにつれ、遅刻の分数も比例する気がするのは私だけだろうか。おそらく上位年次生になれば「もう俺の癖知ってるだろ」的なものがあるような気がしてならない。1回生とかなら、先生が遅れるなんて・・って言う子もいるからね。。




苦し紛れで進めた第3章の初めの1000字は一蹴されてしまった。


書くことは同じなのだが、それを書いていく過程でどの理論を前面に押し出すのかは後々結論を出すときにも重要になってくる。
はじめOEDの細かい文字と睨めっこをして、どこを抜き出すかいちいち頭をひねっていた私だったが、

「そこは語義や意味で以て立証するんじゃなく、歴史的観点からアプローチするほうが良い」と言われた。


ひねり出した1000字ではあったものの、先生が出してくれた方向性の方が私のやり方よりもすごく書き進め易い方法だったので、躊躇なく第3章を振り出しに戻した。


一応の提出期限は12月18日。ちょうど一週間後。

しかし今年はなかなか込み入ったことをしている学生が多いので、最終は25~27の間ということになっている。その間に修正が必要な学生は個別に研究室に呼び出される。



本格的に冬期講習が始まるのが25日から。それまでに卒論にはカタをつけたい。




先週預けておいた第2章の原稿は、「めぐさんの論文ねぇ、見たんだけども、どこへ行ったのやら・・・」



今日、文章校正したものを持ってきてくれている筈という淡い期待は、やはり裏切られたしかし、この程度で腹を立てていては先生のゼミ生など務まらない。


先生の研究室は一度足を踏み入れたら出られない樹海だという噂もあるし、とりあえず本や学術書その他もろもろのもので迷路のようになっているであろうA先生の部屋で、なにかをどこに置いたかわからないとなれば、探し出すのは余程の気合を入れて臨まねば無理だ。


大事なものをあずける際には、必ず控えを取る、それが無理なものならば先生の個研に預けるのではなく、合同研究室か院生の友達のロッカーの片隅を借りる・・・がAゼミの暗黙のルールである。



「えーーー先生なくしたんですか」と文句を言いつつ、内心は予想済み。想定内の出来事なのだ。文献から引用した箇所の邦訳が完璧であるという保証もないので、また来週同じ原稿を持っていって改めてチェックしてもらおう。



Aゼミにいると、英語がコミュニケーションツールとしての言語なのだ、と改めて実感させられる。

英語学や英文学を専攻している子の中にも、「英語ってパズルみたいじゃん」と言う子もいるし、予備校等で、「英語も数学と同じだ!公式(構文や文法事項)を覚えて、それを暗記し、使えばいい」と教える講師も多々いる。


私も高校2年までは、そんなものかなぁ・・と思っていた。


でも、オーストラリアに行って、実際に「言語」として使われている英語を聞いて、衝撃を受けた。

教科書で習った英語は、ほんの一部分で、日本に流行語や若者言葉があるように英語にもそれらがあり、言語だから当然方言もある。
私たちが「これが英語のすべてです」みたいな感じで教えられてきた英語は、氷山の一角の、そのまたひとかけらでしかない。
それまで漠然と、「大学では英語を専攻して、英語が話せるようになって教員免許も取る」と思っていたけど、そのときはっきり「自分は英語学をする」と決めた出来事でもあった。

たった20日の語学研修とは言っても、結構な費用が掛かる。あの時祖母が「おばあちゃんが出してあげるから行っておいで」と言ってくれなかったら、そもそも今の大学を選んでいなかったし(平凡に教育学部とかに行ってただろう)数ある英語の分野の中でも、特に英語学を専攻したりもしなかっただろう。Aゼミを選ぶことも。。


保守的な祖母だが、叔母が英語を専攻していてアメリカの大学への留学経験もあることから、母親より海外で勉強させることへの抵抗がない。それも幸いした。
当初、母親は20日といっても許しはしなかった。



今、私は現在完了形について論じている。日本での教育の特性上、agoは現在完了と共に用いられないとあるけれど、最近の話し言葉では、現在完了とago を一緒に使う例も増えている。でも、それでも非文ではないのだ。それが何故かは、論文の核心になるのでまだ言わない。。


言葉と言うのは生きていると改めてひしひしと思う。

あとわずか・・・

「馬鹿やろ、このやろぉ」


スペイン人もびっくりの・・・でもってヤクザなら絶対怖くない(笑)すんばらすぃ~巻き舌で怒声が飛んできた


声の主はA先生


「卒論はもうそろそろ書き終わりそうか」という問いに「全然です」と答えたら飛んできた


高校の同級生で、大学の良き先輩でもあるK君が「論文やってなかったら『ばかやろこのやろ』って言われる。」と以前話していたが、ついに私も生でそれを聞いてしまった


そう締め切りまで1ヶ月を切ったというのに私の進捗具合は微々たるもので、5000字。普通のレポートじゃないのよ・・・なんて我ながらその遅さに呆れてしまう。
私に限らず文学部の学生にはよくあることだと思うが、文章の美しさとかにやたら気を遣う。その結果、頭でっかちになり、なかなか手が動かない

考えるより書け。文章校正ならあとでいくらでもできるとよく先生に言われるがまさにそれ・・・。。




結論も出、資料もあり、あとはひたすら書くだけとなった私は最近放置である。自分の個人指導の番を2、3時間待ってコメントは僅か10分弱。 大学病院の診察さながらの放置プレイだ


昨日はちょうどB先生が合同研究室のPCを使いに来ていたので、「I haven't seen you for a long time.(しばらくぶりですね)」と声をかけると、そうだね、ここのところどうと返してきた先生。

「Yeah,fine.But I have been busy lately.(元気ですけど、このところ忙しい)」

こういうとき、馬鹿みたいに「fine」としか言えないのが、英語教育の改善すべき点かも知れない。ほかにもそれと同じ表現はたくさんあるのにとっさには「fine」しか出てこないのだ。


私とB先生が話しているのを見て、A先生が「おや、知ってるのか」と声を掛けてきた。そういえば私がA先生の前で英語で話すのはこれが初めてだ。。
B先生はばっりばりのネイティブスピーカーだし、A先生は大学時代から博士課程を出るまでずっとアメリカのC大学に居て、とっさに英語が出るくらいの人だ。そんな中、私はカタコトEnglishなかなかきんちょぅ~


「She took my class last year(彼女去年僕の授業取ってたんだ).」とB先生が説明する。


「彼女はねぇ~まじめな学生ですよ」とA先生。続いて「ウン、マジメ」と短い日本語で返事があった。


「真面目」・・・先生たちは褒め言葉のつもりなのだろうけど、最近真面目なだけではいけないと思う。

真面目なだけの人は人間としての面白みに欠ける。真面目でありながら、どこか面白みのある人間・・・そういうのが理想だなぁ・・・と最近思うのだ


そのままA先生と先生の個研(個人研究室)の前までご一緒し、自分はそのまま暗い階段を駆け下りて帰路に着こうとした。
研究棟の裏口の重い鉄のドアを開けて、滑り込んできた風に一瞬体温が持っていかれる。首がひんやりして、

(あ、マフラー・・・)    合同研究室に置き忘れてきたことに気づいた。


大好きなブラックウォッチ柄のマフラー。1回生の秋に、某セレクトショップで3000円強で購入したものだった。何でも子羊のウールを使用しているらしくやわらかくて暖かい。毛玉もぽつぽつあるものの、まだ当分変える気にはならないマフラーだった。
最近某通販カタログに違うチェック柄の同じブランドのマフラーが紹介されていて、定価を見たら、5000円超・・・。Glen Lossieという英国のブランドらしい。確かにタグにもMade in United Kingdomって書いてた気がする使い心地から、その辺の量販店で売られているものとは違うなとは思っていたけど、まさかこんなに良い物だったとはもっと大事にしよ


冬はマフラーがないと生きていけないと豪語する私、急いで元来た道を駆け上がり、研究室へと走る。

そこにはまだB先生が居て、カタカタとキーボードを打っていた。
元々スレンダーで背が高く、かっこいい先生なのだが冬になるとユニクロのフリースをはじめとしてもこもこに着込みはるネイティブの先生は寒さに強い人が多いのに、先生は寒がりだ。それもこれもハワイ大学出身のせい?

(くまさんみたい)と思っていると、先生が私に気づいた。

「(Did)you forget something?(忘れ物?)」
「Yea, I left my mufflers。」

答えた直後、違和感を感じた。。私、マフラー1枚しか持ってないょ。。。笑
これだからいつもB先生に「メグミの英語は時々どこかおかしい」なんていわれるんだな~


何はともあれ軌道に少し乗り始めた(やっと)卒論執筆。。ガス欠にならないうちに、できるところまで書き上げたいものだ
 

DEEP THURSDAY

都会の夜の闇は偽りだ。本当の闇でない。深海に行ったことがあるならば「深海のようだ」と表現できるのに。


蒼い。蒼く深い。深く蒼い。そこに一滴の漆黒をたらしたかのような、そんな闇。





私はその蒼を美しいと思う。夜でも空が青いことを教えてくれるから。。










えへへちょっと詩人モードで入ったw



「魔の木曜日」・・・友達のお母さんがこう言ったそうだ。サドンデスで体力勝負のゼミだ。そういわれるのも無理はない。
体力云々よりも、気力や集中力の維持、眠気との闘いが大きい。


今日は先生がたこ焼きを差し入れてくれたので、ゼミ生一同、その時間特有(ゼミは18時半から)の空腹からは免れたけど、人間食い気が満たされれば眠気である・笑
文献を下を向いて読む振りをしながら、こっそり笑   先生もわかってはいるだろうが、それぞれのゼミ生への個人指導もあるし、そこは目を瞑っていてくれる。卒論に必要な材料はもうほとんど揃っている。あとはそれを自分がどのようにカタチにしていくかだ。


序論を出せと言われてはや●ヶ月・・・・待たせすぎだろう・・・と言われそうだが、今日土壇場でゼミに行く前数時間で仕上げきった。今までごちゃごちゃつらつら書いていたのを一度全部白紙にして書き直したのだ。序論で何ページも引っ張られても、卒論程度の量の論文では読む側が読む気力をなくすだろう。要らない部分を剥ぎ取ったらなかなかスマートになった(筈)。


問題提起のための例文も文法書には納得のいくものがなかったので自分で考えざるを得なかったが、予想外に例文に関してのお咎めはまったくナシ若干の変換ミスとここはどうしてもこの用語をという先生のこだわりのほかは、訂正なしで済んだ


先生の授業は、筆記試験で成績を評価するのが主流のため、レポートなど文章を見られる機会が極端に少ない。実のところ卒論が、先生に初めて文章を見せる機会になるのだ。なかなか緊張である。



先生のいつもの下ネタ系ギャグをあえて何もツッコまず、平然と「序論持ってきました~」と封じ込めたら、帰り支度をしていたK君は噴出し、先生は拍子抜けたようで「そうか、その路線(卒論)がいいなー


先生のギャグに色んな切り返しをするのもなかなか楽しいかもしれない


ってか、ウチのゼミ、カ行の男子が多すぎる・・・。おかげで誰の事を書いても「K君」になってしまうものだから、ややこしいこと極まりない



今日助言を伺ったのは「序論」だけだったので、1ページ半やそこらの序論でそうそう長い時間は取らない。しかし私だけ23時って・・・というのは、


<時間の内訳>

英語英文学の専攻と英米文化をもう一度統合できないか、策を練っている話

新設の外国語学部に負けていられないと文学部はどうすべきかの先生の持論

チョムスキーの言語学について 主に言語の深層構造と表層構造について

英米文化の某准教授に期待をしている話


中高の教員にどうあってほしいという願い




これだけ並べてみると、内容的にはいかにも鬱陶しそう(笑)なのだが、なかなか興味深いのよ

特に学校の先生にこうあってほしいというのは、一番興味深い。もちろん私が教員になることがわかっていて言うのだから話にも具体性がある。


今までA先生の講義はいかにも大学の授業という感じだし、先生には中高の教員は向かないだろうなぁ、先生はやっぱり大学教員が一番しっくりくるんだろうなぁと思っていた。
でも、だからと言って、中高での英語教育のやり方を知らないわけでも批判的なわけでもなく、ちゃんと大事なポイントと核心はこちらがハッとさせられるほど、よく知っている。


長年、大学生ばかりを相手にし、アカデミックな世界に浸る教授がである。やっぱタダ者じゃないわ、先生



先生と話をしていると、どこかへ追いやってしまった筈の院への進学意欲がまた復活してくる。やっぱりお金を貯めていつか絶対院に行こう。


序論をいざ書いてしまうと、書く意欲も深まった。この週末で一気に第一章くらい書いてしまいたいな。材料は揃ったのに、なかなか書いていき方が難しい。頑張るぞ

 

My hunch is you passed

時期的なこともあってか、最近ゼミが本格化している。今日は研究室に23:30まで居た。


明日、教採の合格発表で気が気じゃなく、文献を読んでいてもまったく実が入らない。英文が右から左へ流れていく
あまり胃の調子も良くなかったし眠かったので21時過ぎには早退しようかとも思ったが、文献に腑に落ちない点があったのでそのまま残っていた。

個別指導は家が遠い子から順番にするようになっている。そんなわけで下宿である私はチャリで数分で帰れるのでいつも最後のほうになることが多かった。

しかし、今日は殊更遅く私の論文指導が始まったのは22:10から。そこから文法学者たちが書いたナンセンスな例文について1時間議論。なかなか面白い
しかもその日は、他のゼミ生はもう帰ってしまっていて、もうその時間は私と先生だけ。


「かわいそうにめぐさん。俺の餌食にされるな~笑。何されても知らないぞー」

出たネタ笑   こっちもそういう先生のネタは心得ているので、

「いいんですか?それをネタに先生が退職するまでゆす(る)・・・(怖)


高笑いする先生。最近私に限らずゼミ生の切り返しが鋭い伊丹空港に就職の決まった子に先生が、


「あーじゃぁスーザンとかメアリーとかジャクリーンとかジーニー(また増えた・笑)とかバーバラをお出迎えにいったら●●さんにバレちゃうってわけかい?」

●●:「先生、伊丹は国内線です

他のゼミ生:「ジャクリーン入国拒否やぁーーーーん」笑


面白いなぁもう


「こうなりゃ『密輸』ですよ先生」   密輸?不法入国じゃなくて?笑 



何はともあれ、今日は意図的に私を最後まで残したのだとわかったのは、ナンセンスな例文にあぁだこうだと言い終わったあとだった。


「まだ・・・気が休まらないだろ?」

何の話かはすぐにわかった。

「ちょっと明日なんですよぅもう~


おぉぉ明日か~という先生。


「明日先生3限に音声学ありますよね?合格してたら授業後に報告に行きますね」

「ダメだったらどうする?」

「メールでサクっと報告します


そう言うと、ダメでも直接報告に来いと言われた。


それから、もしダメでも大学院進学という選択肢は今は選べない・・・という事をはっきりと告げた。


話は進路の事になり、先生自身の話に及んだ。

ウチの大学に来る前、関西地区の別の女子大で勤務していた先生。てっきり今専門分野にしていることを教えていたのかと思いきや、まったく別の分野を教えていたのだそうだ。しかも先生自ら女子大での勤務を志願していたわけではなく、付き合いでどうしても断れず受けてみたら受かったというのだ。


「N.Y.で荷造りしていたらね、泣けてくるんですよ。向こうでの仕事も軌道に乗ってきた矢先だったからねぇ。」


先生がアメリカで働いていたところは、ニューヨーカーも憧れるであろう、両脇には高級ブランドショップが立ち並ぶきらびやかな通り。


紆余曲折を経て、今に至ることは何となく聞いてはいたが、そんな過去があったのか・・・と驚いた。



帰り際、先生がふとこう言った。

「My hunch is you passed」

声が小さかったのでよくは聞こえなかったが、おそらくこういったのではと思う。意味は「私の勘ではあなたは合格してる」


そう信じたい。いよいよ明日10時。怖い
 

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