忘れ薬

昔話に時折『惚れ薬』が出てくる話がある。

私なら、それとは逆に『忘れ薬』が欲しい・・と思う。
終わった恋だけを封じてしまえる、そんな特効薬。

ま、そんなものありはしないから、今日もこんなに多くの人が世界中で心を砕いているのだけど。


特効薬は『時間』or『新しい恋』

後者はまだちょっと無理っぽいから、前者に賭けているのだが、これもちょっと難しい。

でも、前者でも・・・自分はそのためにいったいどのくらいの時間を積まねばならないのだろうかと思うと、気が遠くなる。


♫♪♫♬


ミッキーさんとの再会は楽しみだ。

楽しみだけれど、それは、少なくとも今は久しく会っていなかった女友達と会うのとそれほど変わらない気持ちで。

どこに何時とかそんな待ち合わせの取り決めをメールし合っても、心から感情が湧き出てくることはない。
きっとこれが好きで好きでたまらない相手なら、ひとり、部屋でニヤついているはずなのに・・だ。


少しでも兄ちゃんに避けられていることから気を紛らわしたかった。


だって、(なんて言葉、あんまり使いたくはないけれど)
やっぱり、ものすごく、

心が折れる。


落ち込んでいるときに、それを察して電話をしてくれるようなミッキーさんに変に甘えているだけなのはわかっている。

私が男なら、そんな女絶対嫌だと思うだろう。
他の男を忘れたくて、自分と飯を共にするような女など。

自分でも愚かだと思う。



最初のうちこそ、非日常な出来事に浮き足立ちはしたものの、少し冷静さを取り戻すと心に少し暗雲が立ち込める。

自分から『会いたい！』と切望するわけではないし、ミッキーさんとのご飯の為にどこに行こうかとか、何を着ようかと考えることで紛れるのはほんとうに初めのうちで、それは幻想に近いことを悟ってしまったのだ。


兄ちゃんの影は薄くなるどころか、濃くなるばかりで。

私もどうしていいのかわからない。


窓から顔を出して見せた笑顔とか。
私の車を見つけたら手を振ってダッシュしてきたときの顔とか。

寝坊して朝ごはんを抜いたから、早く昼になってほしいと破顔したときとか。


全部、ぜんぶ、愛おしい。


顔もそんなにかっこいいわけじゃないし、体型だっておしゃれな服がさらりと着こなせてしまえるというわけでもない。


でもそんなもので判断できないたくさんを、彼は持っている。

それこそ共感する力とか。



この狂おしいほど、胸の底から滾ってくる想いをどこに捨てれば楽になれる？


これをただの恋だと言うのなら、今までの恋は、恋と呼ぶにはあまりに儚い。


何より、私が初めて会った瞬間から自然体で接することができた唯一の異性。

好きな人の前で、等身大でいられる心地よさを知った。


これを知ってしまったら、いつも少し背伸びをしなければいけない君との関係が窮屈なものに感じて苦しい。


君との約束の為に、新しい服も買った。

けれど実際、この服を着たいと思って買ったのでも、
これを着たら君が褒めてくれるかも・・と思って買ったのでもない。


隣を歩くはずの男性に恥をかかせるような格好で行ってはいけない・・なんて思いからだ。

いわば礼儀。

最低限。


はぁ
学生時代だって、常にリーバイスだったし、格好なんかほとんど『リンネル』(雑誌)系だったのにね。
そんな私を、ミッキーさんはよく知っているはずだ。


いつも身長より少し深い海にいるようだ。
簡単に立ち止まれない。


その上、兄ちゃんの想いが途切れることなく押し寄せる。


その狭間で、ひとり、息もできない。