Think&Said to Myself
日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw
衝動買い
- 2010/05/02 (Sun)
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買っちゃった~~~

じゃ~~んっ
実は、友達にもあまり知られていないことだと思うが、何を隠そう、金本選手の大ファンなのだ
彼がいるからこそ阪神ファンである、と言っても過言ではない。
だから彼のフルイニング出場の記録が途絶えたときは、他のファン同様ショックだった。
取ったボールをまともに返球できないほど、肩がひどい状態にあるというのは心配である。
先日父が甲子園へ仕事仲間と野球を見に行ってきたらしい。
その時、金本選手はすでに代打での出場だった。
「金本の写メ撮ってきて
」と頼んだ私に、
『アルプス席やから、撮っても米粒以下にしか見えんぞー』
・・・・・ちっ。笑
もっと良い席取らんかい。。。
じーーーっくり読んでいるが、やっぱトラのアニキはカッコいい
ゆっくり肩を治して、また4番として帰ってきて欲しいものである。
(no subject)
- 2010/04/19 (Mon)
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PCに向かうだけの体力が今はありません。。
今週中に1つは何か書きたいと思うけれど、無理なら大型連休まで待ってくださいm(__)m
いつも見に来てくれてるあなた!
ごめんなさいね(TT)
パノプティコン

引越し準備やら、引越しやら・・・その間ネットが使えなくなったりで・・・こんなにもこんなにも放りっぱなしに

さて、新居。
直感どおり、すごく落ち着く


1DKで2部屋合わせても前の部屋の半分ほどしかないけれど、それでももうちょい狭くてもいいかな・・・なんて思うほど。一人暮らしには置く家具にも寄るけれど、8畳くらいがちょうどいいんじゃないかなぁ。
だいぶ狭くなったとは言え、一人で住むには余裕の広さ。でも前までと違い、仕切りの引き戸をすべて開け放しておけば一続きの部屋にもなるので、自分の気配をそこここに残すことが出来、前みたいに自分の気配のない部屋がもうひとつ存在する・・・という落ち着かなさもなくなった。
それにやはり、校区から出たことが一番の落ち着きの原因なんじゃないかと思う。
校区を出てみて、ふと『パノプティコン』を思い出した。
昔の囚人監視システムのことだが、様々なメタファーとして今も時々使われている。
受刑者の房を円状に配置し、その真ん中に看守の見張り部屋を設け、どの部屋も見えるという状況にし、看守の見張り窓は受刑者から見えないように布で覆っておく。
実際にその部屋に看守がいなくても、受刑者からはその実情を知ることが出来ない。しかし、窓からは常に看守が見ているという観念があるので、無茶な行動は起こせない。
実際見ていなくても『見られている』と思わせる状況を作っておく・・・それがパノプティコンの本質。
校区に住むというのは、パノプティコンに似ている。
生徒や保護者がいつも見ているとは限らない。見たとしてもこちらのことは気にも留めていないかもしれない。しかし校区と言う場所柄、こちらはいつ見られているかわからないという気持ちに陥る。
結果、何をするにも「教師とはこうあるべき」という型に自分をはめて行動する結果になり、息が詰まる。
教師という仕事は好きだ。 でも、定期的に教師ということを抜きにしてただのひとりの人間に戻らなければ、この仕事を続けるのはとてもしんどい。
それをこの1年で思い知った。
パノプティコンから脱出した今、窮屈だった心が一気にほぐれているのを感じる。
引っ越してよかった。
If Only For One Night
彼を詩にしたい。
1編でも多く、彼に関する物事を詩にしてしまいたい。。
最近、そんな欲がむくむくと心の奥から湧いてくるのだが、かなしいかな・・私の想像力は最近枯渇寸前もいいところだ
尊敬する人を詩にしたいと思ったことはこれまでにもあるし、実際に良い言葉が生まれればかいた。
でも彼に関する詩は、たくさんかいたのだ。もう既に。
それでも書きつくせるだけ書き尽くしたいと思うのは、何故だろう。
はぁ
2月はこれでもか!と言うほど、癒し系の公休日と重なり、結局は1回も顔を合わさなかった。
少しがっかりする反面、ほっとしているのも事実だった。これで揺さぶられずに済む・・と。
先日、病院の自動ドアを抜けると、のっけから癒し系に遭遇。自分のクランケのものらしい大量のカルテ束を小脇に抱え、歩いているところだった。
私は例のごとく、軽く会釈だけして着替えをする部屋へと急ぐ。
よかった。今日はそんなに揺さぶられなかった。
その瞬間の本音。
いいの。
万に一つさえ可能性がなくても、
わたしはあなたの信念を
ふかくふかく心に突き立てて
それを柱にして静かに生きると決めたから。
尊敬しているんだということは、いつか伝えたい。
何度も何度も救われたっていうことも。
実はめっちゃ好きだったことがあったってのは永遠に秘密にしておこう。
なぜか私は、自分の尊敬する人物に、心を救われることがすごく多い。
高校時代の恩師。
大学時代のA教授。
そして癒し系。
担当の小学生の女の子を、叱り飛ばしていた。
彼の叱り方は、決して感情を荒げたものではない。
「諭す」に少し、熱のこもったような感じだ。
でも生半可に叱るのではないから、きっと力の要ることだろうと思う。愛情をこめて叱るのはしんどいことだから。
クランケのためならば、キツいことも平気で(かどうかは本人のみぞ知るだけど・・)言う。
そこに躊躇いは微塵もない。
どのクランケに対しても、一所懸命。全力でぶつかる。
そういう姿、やっぱかっこいいよ

めっちゃかっこいいよ

その夜、久々に会った親友を前に、ジンジャーエールの入ったグラス(運転手なので)をドンっと置き、
「ちょっともう~、先生、マジかっけぇ
」(親友は事情を知っている)『その頭の悪そうな形容やめようや』笑
感情がほとばしるとき、言葉の良し悪しなんて関係ないって。(適当な言い訳・笑)
男としてとかじゃなく、人間として惚れるって言ったほうが正解かもしれない。
本当にかっこいい生き方をする人だと思う。少なくとも仕事を通しては。
いちど、先生とじっくり語ってみたい。
己のCPについて。
先生の価値観について。
焼酎とかウィスキーとか交えつつ・・・いや、交えたらマジメに話ができないか
笑いやでも、いちど飲みに行きたいものだ。サシでじっくり語りたい。
その場で私はまた、良い意味で心を抉られるだろうと思う。
ま、そんな事はあるかないかわからないけれど。
癒し系を思い浮かべるとき、Luther Vandrossの『If Only For One Night』(You Tube)という曲が共に浮かぶ。
Let me hold you tight If only for one night
Let me keep you near To ease away the fear 君の恐怖をやわらげるために傍にいさせて
It would be so nice If only for one night たとえ一晩だけでもそう出来たなら何と素敵だろう
I want tell a soul No one has to know
If you want to be totally discreet
I'll be at your side If only for one night
If only for one night
Your eyes say things I never hear from you
And my knees are shaking too
But I'm willing, willing to go through
I must be crazy Standing here this way
While I'm feeling no disgrace
For asking
Let me hold you tight If only for one night
Let me keep you near To ease away your fear
It would be so nice If only for one night
If only for one night
I tell you what I need (one night, one night)
One - what I needed one night (one night, one night)
Your love, your love, your love
I'm asking
Let me take you home to keep you safe and warm
Til the early dawn warms up to the sun
It would be so nice
If only for one night
If only for one night
If only for one night
If only for one night, one night
If only for one night
Luther Vandross - If Only for one night Music Lyrics
この歌詞自体はもっと物理的で、もっと精神的なものを指しているのだろうが、私の場合、彼の考えから発せられる言葉がまさにTo ease away my fear...なのである。
そんな私は先日、オペを早めるべきだとアドバイスを受けた。
ただ、つらつらと日々CPとうまく付き合うだけではいけない局面にきているのかもしれない。
関節の痛みは慢性化している。まだ生活に支障が出るレベルではないにしろ。
今までのようにはいかない、色々。
そうなれば尚更、私にはきっと、力が必要なのです。
何も特別なことはなくていい。
その仕事への情熱と、クランケを心底大事に思う気持ち。それだけで私は、頑張れるのです。
しずかに、しっかりと、ひそかに。
私は心の真ん中に、柱を突きたてて生きる。
貴方のような生き方を、私もいつかしてみたい。
新住み処☆
- 2010/03/01 (Mon)
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苦笑やっぱり平日は疲れきってなかなかPCに向かえないから、こうしてログが遅れ遅れになってしまうのが何となくもやもやする。。
やっぱり何かあったときには、「伝えたい
」という気持ちが新鮮なうちに形に残したいな、と思う。それができないから、こうして休みの日にまとめて回想しながら過去の日付で書く・・・のが精一杯。
たまにリアルタイムで更新しているときがあれば『今日は余力があんねんな』と思ってください。


2月の終わりから、にわかに本格始動した新住み処探し

今は勤務先の校区の町に住んでいるので窮屈極まりないし、プライベートもプライバシーもあったもんじゃないのだ。
しかも、よく利用する駅で保護者が働いていたり、極めつけは同じアパートに生徒のお姉さんが住んでいたり・・・

だから何?と流してしまえない状況。
やっぱり休日は、教師っていう仕事のイメージから少しでも解放されたい・・・というのが凡人の考えなのである。
私が住みたかったのは、隣の市。それも開発に取り残された南部ではなく大阪市内に行くにも近い北部。
本当に今でも住みたいのは学生時代を過ごした街だけれど、勤務の都合上そうもいかない。
地下鉄も私鉄もJRも走っているし、中層や高層の建物もちょこちょこある。
少しでも都会に住みたいのだww
今のように、国道の横に普通に田んぼがあって、ビニールハウスがあって、街灯もまばら・・・閉塞感が漂う。
賑やかな場所を好むと言う事は、自分が寂しい証拠なのだけどね。事実だから仕方ない。
ここよりもずっと地価が高いこともあって、私の条件に見合う物件はぐずぐずしているとすぐに取られてしまう。
いくつかピックアップして問い合わせたときには「空室」だったのが、実際に不動産屋へ行く頃には「部屋止め」(他の人が入居の申し込みをした状態)だったりする。
4、5件ピックアップしていたけれど、残っていたのは1件だけ。それも前に申し込みをした人が入居審査をクリアできなかったとかで、かろうじて残っていた物件だった。
建物の名前は舌を噛みそうなイタリア語だったが、外観もオシャレで、広さや設備もまずまず。
駅徒歩6分にしては格安の物件だった。
しかし、中に入ってみるとどうもしっくりこない。築浅で良い物件なのに、きっとここに住んだら私は落ち着けない・・・という直感があった。
なんだかんだと理由をつけてその物件を断り、不動産屋に戻ると、営業担当のNさんは1枚の物件情報を私に見せた。
近く空き予定なので、まだ不動産情報には載っていないが、オススメとのこと。
見てみると、ハイツなのにオートロックがついており、ピッキングしにくいディンプルキーw
大手ハウスメーカー施工で質も確か。
若干理想の広さよりは狭いけれど、それでも浴室乾燥機があるのはありがたかった。
就職してからというもの、晴れている日でもしんどくて洗濯が出来ない日もある。自分の体力がある日が雨でも洗濯を干せるので、できれば浴室乾燥機はあるほうがよかった。
しかし、予算を2000円オーバーする。
たかが2000円か。
されど2000円か。
とりあえず翌日、前の住人の退去立会いが終わると言うので、まだハウスクリーニングが入る前だが見せてもらうことにしてその日は帰った。
翌日、同じ物件の中へ。偶然にもその物件は学生時代住んでいたハイツと共通点が多かった。
建物の名前も似ているし、外壁もグレーで同じ。
今の家はヨーロピアンテイストで、南仏にありそうなおうちで、はじめ私の心をめっちゃくちゃくすぶったのだが、いざ住んでみれば・・・室内が広すぎてどうも落ち着かなかった

決してオシャレな家とは言いがたい普通のハイツだが、入った瞬間、今まで見てきた物件より心がほっとするのを感じた。
玄関のすりガラス部分や、ベランダの窓のガラスは網目状の強化ガラスで防犯も良さそうだ。
1DKなのだが、DKと居室は一続きで、仕切れるように引き戸が付いている。
夏の暑い日や冬の寒い日は、戸を開けてしまえばエアコンの風を両方の部屋に通すことも可能だ

幹線道路にも車で2~3分で出れるというのに、1歩住宅地へ入っただけでものすごく静か

『閑静な住宅街』は大げさではなかった。
南向きバルコニーで日当たりも充分。
何より室内にいて落ち着くと思ったし、ベランダから周囲の景色を眺め「ここだ
」と思った。私のこういう直感はカナリ当たる

というわけで決めて帰ってきた

遂に念願のこの町を出る!!を達成できそうだ。
今の部屋は学生時代と同様、オレンジやピンク系のモノで室内を統一しているが、引っ越したらグリーン系で統一してしまいたい。
もう仕事から帰って、元気なビタミンカラーを眺めて元気が出る・・・なんて次元ではもはやもうなくて
できるだけやすらぎを感じる色にしたいのだwマイナスからの出発
- 2010/02/28 (Sun)
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隣の市にあるカウンセリングセンター。個人病院の心療内科に属するもので、別に心療内科で診察を受けなくてもカウンセリングだけでも可。しかも料金は1回2000円と格安
保険の効かないカウンセリングでこの値段は破格だwはじめ、私の母校の大学の心理学科が開設しているカウンセリングルームに行こうかと考えた。
料金も大学付属の施設なら良心的だし。
しかし、今の自宅からは遠いし、カウンセリングをしている臨床心理士が、大学時代、般教でお世話になった教授だった・・。。気まずいので、却下
苦笑教師になるまでは、いい先生になれるという自信があった。
自分こそ教師にならずして何になるんだと思っていたし、生徒に好かれる教師になるという確信もあった。
それは塾講時代に培った経験からの自信だったのだろう。
ほとんどの生徒が「先生、先生」と慕ってくれたし、「講習はめぐさん先生ではないと嫌」と言ってくれる子もいた。周りのスタッフともうまくやっていけていたと思う。
でも。
そんな自信をなかったものにされるのは、いとも簡単だった。
仕事量の多さ。目が回るような慌しさ。子供同士のトラブルの処理。
余裕がなくなれば、色んなことが見えなくなる。
洞察力は鋭い方だった。些細な変化も見極める自信もあったし、察知できていたことも多かった。
しかし一気に自分が見なければならない生徒が増え、その洞察力はどこへやら・・・。それでも社会人になってからしばらくはピンと糸のように張り詰めていた緊張感のおかげで、その洞察力を少しは維持できていたけれど、最近はまるで・・・。
ガラスが割れるほどのイタズラが起こっていながら、私自身割れるまで気が付いていなかったり。
昔は、些細などうでもいいつまらない事まで細かく覚えていたのに、生徒との約束を忘れてしまう。
生徒の声をうまく聞き取れない。。
こっちの余裕のなさを知ってか知らずか、子どもたちは大人のミスを許してはくれない。
以前、一足先に小学校教諭になった友だちが『子どもらって、教師をスーパーマンか何かに思ってる。頼んだことはその日中に出来てて当然とか思ってるもん。こっちだって色々仕事あるし、忙しいのに』
その意味が今、ようやく理解できた。
小学生の場合は『先生はなんでもできる』と思っていることに起因し、私ら中学生の場合は『教師はそれくらいの仕事をして当然』と思っていることに起因するんだろう。
先輩の先生は『何年経っても、無力感に苛まれるのは一緒。教師は神様じゃない』と言う。
本当に、スーパーマンでも神様でもない。凡人だ、教師って。。本当にただの、人。
自分が自信を持っていた事がいとも簡単にできなくなっていく。
否、元々出来なかったのかもしれない、この現場では。
でも、出来ないということが自分自身に対する自信をそぎ落としていくのは容易かった。
至らぬ部分を指摘され、叱られる。 新人ではよくあることだと思う。
一度は先輩の間違いを私のものとして叱られたこともある。でも、そこで「それは私ではない」と言う事は美徳ではないし、後で却って見苦しいだけだと思い、私の間違いにしておいた。別にそれで私の評価が下がるわけでもないし、取るに足らないような注意で済んだのでよかったのだが。
自分のすることすべて、裏目裏目に出てしまい、結果がギクシャクする。
そのたびに注意を受ける。
そういうことが度重なれば、何かをする度『ミスらないように、叱られないように』が先立ってしまい、萎縮する。
自分の判断さえ、信用できない。
何を基準に判断していいのかわからない。自分の判断はすべて間違っているかもしれないのだ。
軽くパニくっていた。ここ数ヶ月。
自分が今何をしているのかさえわからなくなりそうな日も1日や2日ではなかった。
もっとしっかりしていたはずだった自分。他者からも「しっかりした人」という評価を与えられることが多かった自分。
それが今や、職場で一番頼りのない人間になっている、歯車どころか荷物になっている現実。。
その事実を客観視したら、耐えられない。
さらに、ここだけの話だがひそかに同期がストレスであったりもする。
別に悪い人ではない。よく気遣ってくれるし、いい人なのだが、自分でもよくわからない。見ていると息が詰まるのだ。
今、その同期が体調不良でしばらく休みを取っているが、もうすぐまた復帰する。
その時私は大丈夫なのかと思う。
協調性があると思っていた自分が、管理職には「協調性がない」とバッサリ。でも何でも突っ走る・・・はみ出すという意味ではなく、何でもかんでも問題を抱え込むことを意味しているらしい。
周囲の人間に頼らなければ円滑に進まない職業なのに、私はどうしても手を伸ばせない・・のだ。
先輩の先生に言われた一言が刺さる。
『うちら、そんなに頼りないかな??』
そんなわけじゃない。すべて私の中の問題。先生が頼りないんじゃない。ぜんぶ私が悪い。
でもそれを言っても理解されなさそうなので、「そんな事ないです」しか言えなかった。
全部ひとりでしなければという心理が、心の奥深くに根付いていて、それが足かせになっている。
人の手を借りることは迷惑で図々しいことだというのも深層心理のどこかにある。
でも同時に頭では、人は迷惑掛けて掛けられてナンボや、とか、頼ってもいいと言う事を理解してもいるのだ。
でも出来ない。
私だって苦しんでるんだ。もがいているんだ。でもどうにもできない。
でもこんな私のままじゃ、いい教師になれないと皆が言う。現に子どもの評価も私が最悪の教師であることを物語っている。
他のクラスの子どもたちの中には『来年は先生が担任がいい』と言ってくれる子もいるにはいる。
かつて教育実習の事前指導でお世話になった教授は『9割の生徒に嫌われたからと言って、その教師が悪い教師だとは言い切れない。』と言っていた。
その意味も、輪郭では理解できるが、本当にしっくり意味を成して自分に落ちてこない。。
私だって、しんどいときは頼りたいよ。
でもその方法がわからへんねん。
甘えられたら、気持ちも楽だとは思うよ。
でも甘えるってどうやったらええのん。
わからない・・・
わからない。。。
人間として間違ってるんかな・・・
頼っていい、甘えることも大切。頭では、理屈では理解しているけれど、そうすることを阻む何かが、深層心理の中にある。
いくら心理学に興味があって、般教で取れる心理学はすべて受講したとは言え、その知識は所詮、一般教養レベル。そういう自分の状態を客観視できても、そこからどうすればそれを改善できるのかはわからない。
そんな自分でもほじくり出せない心の奥深くにある問題をどうこうするには、やっぱプロの手を借りるしかないでしょう。
それが私が達した結論だった。
やっぱり今の私の人格形成の元になっているのは幼少期だから、その頃生じた何らかの問題を、理解して納得させて行かねばならない。
やっぱ生育歴に何かあるんだろうな~。
初回の今日は、特に込み入った話もしなかった。初回なので心理士の方の自己紹介やら、私がカウンセリングを受けるに至った経緯・・くらいで1回の時間は終わった。
心理士の方は、おそらく仕事用なのだろうが、グレイのナイロールフレームのメガネがよく似合う、いかにも臨床心理士!という感じの女性。年齢はアラサーという感じ。大学院を出てすぐのひよっこっというようには見えないので若く見えるが30前後だろう。
偶然にもウチの学年主任と同じ姓だった。 大阪市内の中学校でスクールカウンセラーとしての仕事もしており、中学校現場にも詳しいので、心強い。
初回のカウンセリング予約のとき、名前と連絡先の電話番号しか伝えていないにも関わらず、担当になった心理士が偶然にも自分の仕事にも繋がるものがあって驚いた。
『中学校の先生は大変ですよねー。何もなくたって病気になっちゃいますよ・笑』とあっけらかんと言う。
こういうサバサバした人は好きだ。
実際、私もカウンセリングを受けようと本当に決心したきっかけが、共済組合から届く会報誌の『うつのセルフチェック』というページを何気なく見ていたら、9割の項目にチェックがついたではないか

このまま本当に欝になってたまるか!というわけなのである。。
体の病気なら、病休を取った後も医師の許可さえ出れば職場復帰は容易だが、心の病気は審査も厳しいと聞く。しかも、休暇の間、給料の何パーセントかが保証されるのは最初の数ヶ月だけで、それを越えて休むとなれば生活の心配もしなければならない。
逃げ出したい。休めるものなら休みたい。毎日そう思うけれど、ここで倒れても自分にとっていい結果には絶対ならない。
心理士の方には、カナリこれからがしんどくなるだろう、と言われた。でもそれも覚悟はしていた。
『癒し』とは、本当は優しいものではない。むしろ厳しいものだ。
心が癒されるには、自分の傷を知り、認めなければならないから。
普段、あえて見ないようにしている傷を白日の下に曝すわけだから、しんどくないはずはない。
でもその時、独りなら不安だが、臨床心理士っていう心のプロがいる。
しんどくても何とかなるし、逆にそれを超えられないと、本当に自分は過去から解放されない。
今、自分を追い詰めているもうひとつの要因は、自分の味方や帰る場所がないと思うことだ。
職場では何もできない迷惑な自分だし、生徒も今私を必要としてはいない子がほとんどだ。
自分の存在価値を他者からの評価でしか認識できない。
どんなときも最後の最後まで自分が自分の味方で居てあげな。
生徒とかにはよくそう言うのだが、そういっている自分が一番そうできていない。お笑い種である。
自分の価値を他者からの評価でしか認識できないから、その評価基準である他者に一斉に非難された時、自分の価値を自分で認識できない。
誰がなんと言おうが、個人個人絶対によさはあって、それは決して容易く壊れるものではないというのに。
たとえ周りがすべて敵になっても自分を信じられる強さ。最低限の自尊心。それを身に付けたい。
それより身近に、こんな頼りない自分でも、何かしらいいところを見ていてくれる、認めてくれる人がいればいいのだけれど・・・それもなかなか難しい。。
心のサビをそぎ落とせる日はまだ近くないだろうが、でも溺れそうな中で藁を見つけた気がする。
こだま~支え続ける言葉~
この言葉を思い出すと、今でも溢れるものを堪えられない


先日のリハビリの帰り。擦り切れそうな心を庇うために、A駅で自宅とは反対方向行きの電車に乗り換えた。
私がキャンパスに向かうのは、大抵病んでいるときだ。
大学前通りを行き交う学生のほとんどは自分より年下になった。ついこの間まで自分も「20歳になった」と騒いでいたかと思ったら、そこからもう、大学生活と同じだけの年月が過ぎてしまっている。日々を重ねていくというのがたまに少し、恐ろしくなる。 時間が光よりも速いような気がして。
休日だから、周囲の学生たちとしている格好はさほど変わらない。
愛用のリーバイスにブーツ、ビジュー付きのチュニックにPコート、と言った具合。どこにでもありがちな服装。しかし、私の表情はもはや学生には見えないのだろうな、と思う。
学生たちの表情は、罪なほど無邪気だ。
目前に迫る社会に無限の可能性を持っている。私もかつてはそうだった。
しかし、一歩社会に出れば、無限だった可能性は有限であることを知るのにさほど時間は掛からない。
心理面でも、制度の上でも。
そんなことを考えているうちに、見慣れた正門が現れた。思わず深く息をする。
・・・あぁ、やっぱり落ち着く。
図書館横のベンチに腰をおろし、しばし冬枯れのキャンパスを眺める。大学はこの時期、もう春休みだからサークルがある学生や、家が近所の学生くらいで、あとは人の姿はまばらである。
大学院棟横の芝生を散歩し、坂の下に広がる工学部棟や、学食や購買部のある棟を眺める。
すべてがあの頃のままだ。
4年と言う歳月は短いが、その短い時間を過ごした場所は、私の心にもうすっかり、しっかりした根を張っていたのだ、と気づいた。
当初、キャンパス内を1周りして帰るつもりでいたが、ふと研究室棟の前を通りかかると、A先生の研究室の窓から明かりが漏れている。
いるのかもしれない。いるなら少し話をして帰りたいと思った。
メモリの一番初めに入っている番号を呼び出す。ほどなく懐かしい声が聞こえた。
大学にいるという先生に行っても良いかと尋ねると、快くOKしてくれた。
研究棟の懐かしい鉄の扉を開ける。
やけに音の響く階段も、懐かしい。
合研を暖めて、先生は待っていてくれた。
『風邪をひいたのかい?寒い日が続いてますからねぇ。もうすっかり先生の声だな』
『先生の声』というのがどんな声なのだか、私にはわからないが、私は自分で自分を教師だと、まだ思うことが出来ない。
最近、仕事に行くのが辛いこと、教師という仕事の限界を感じること・・・などを告げた。
『今年は、めぐさんという人間を知らしめるための1年ですよ。来年(度)からはきっとうまく行くはずです』
A先生の声が心に染み渡る。
今も時折思う。少しお金に苦労してでも院に進んだほうが幸せだったのではないか、と。
最近、勉強したくて、論文が書きたくてたまらない。その一方でどんどん私の英語力はほころんでいく。そのジレンマ。。。
きっと無いものねだりなのだろう。
仮に院へ進んでいたとして、お金に苦労していることは想像に難くない。そんな時、一足先に社会に出て、社会人として相応のリッチな生活をしている友達を見たら、不安と、自分も就職すればよかった、なんて考えが過ぎるのだろう。
でも、やっぱり大学院には進みたい。たとえ、その日が来るのが、中年のおばちゃんになったときだとしても。
学歴(それが高かれ低かれ)は自分を裏切らない。絶対。 記憶から学んだ一切が抜け落ちる日が来るとしても、学んだ証は、やったという事実は、誰にも消せやしないからだ。
私が教師でいていいのかわからない・・・という私にA先生が放った言葉がそれだった。
涙が出そうになるのを必死で堪えた。教採に受かったのを心底喜んでいる人間なんていないと思っていたからだ。
『僕が一番印象に残っている学生がめぐさんとHさんです。二人とも1回生の頃からずーっと僕の講義を一番前の席で受けてくれてたでしょう。』
『こういう言い方をすると「心外だ」と思われるかもしれないけど、めぐさんはずーっと特別な事情を抱えながらも一生懸命頑張ってきた。だから採用試験に受かったときは、やっとそのがんばりが報われたんだと、嬉しかったですよ』
赤の他人で、ここまで自分を見ていてくれる人が他にいるだろうか。
この先生との出会いがなければ私は、教師になるという夢半ばで挫折していたかもしれないのだ。
自分の実力よりはるかに上の大学に、どういうわけか入れたはいいが、周りとの学力の差にクサクサしていた。
授業にも無気力になっていた。英語が「好き」なだけじゃ、やっていく資格はないと思った。
そんな中、バイトの帰りに偶然A先生と出会ったとき、『いつもがんばっている姿を見て、知っていますから』と言ってくれたのだった。
その当時、真面目とは程遠い学業成績だっただけに恐縮したが、同時に(こんな私でも、頑張っているといってくれる人がいるのか)と衝撃ですらあった。自分を認めてくれる人がいるというのは大きい。
その日を境に、特別な事情無く講義をサボることはなくなり、勉強にも意欲的になった。
先生がこういう効果を意図して言ったのか、何気なく言った一言だったのかはわからないが、私は大いに救われたのである。
そして、卒業してからも、先生には救われっぱなしだ。
辞職願を書こうかと、半ば本気で考えるとき、脳内で先生の声がリフレインする。
『僕はねぇ、めぐさんが教員採用試験に合格したときが一番嬉しかった』
『僕はねぇ・・・・・・教員採用試験に合格したときが一番嬉しかった』
『・・・・・一番嬉しかった』
そう言ってくれる人をがっかりさせてはいけない。
その思いで、辞職願を書けと迫る悪魔な自分を振り払う。この言葉はこれから先もきっと、教師の私を救うだろう。
私は本当にいい恩師に出逢った。
先生の白内障の手術、うまく行きますように。
限界
- 2010/02/15 (Mon)
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近いうちに、人には言えないようなグチを書くと思います。ごめんなさい。。
倒れたほうが楽だよね。
でもまだこの体はまっすぐに立っているのだ。
生きていくんって、しんどいな。。。
あまの寂
不意に自分がこの世に独りだと感じるときがある。
無論、そんな事は一時たりともありえないのだが。。
休みが終わる、その夜になるとわけもなく泣ける。
明日からまた闘えるのかを憂いて。。
職場のことを考えると、逃げ出したくなる。
別に仕事が嫌なわけではない。
周りも総括すれば良い人に恵まれていると思う。
でも。
自分の身をそこに置くと息苦しくてたまらないのだ。
酸素のない場所に放り込まれたみたいに。
脳みそに酸素は供給できても、心にはできない。。
そんな場所。。。
管理職と話した内容が1日と経たぬうちに同じ部署の人間に筒抜けになっていたり。
失敗談を飲み会の話のネタにされたり。
元気なときにはいずれも取るに足らないことだが、精神的に打撃を受けている今は些細なことと流してしまえない。
誰を信用し、モノを言えばいいのかわからなくなってくる。
『自分をもっと出せ』と言いながら、ほんとの私は『おもろない』と一喝。
元々私はそんなに面白い人間ではないのだ。
『自分を出せ』と言いながら、彼らはつくりあげた私を期待するではないか。矛盾している。。
結局誰もが自分の型にはまる人間でなければ好きにならないのだ。
人の心に泥のついた靴で土足で上がりこんでくるような、そんなデリカシーのなさ。
腹が立つ。
失望する。
やっぱり私はひとりなのだ、と思う。
ほんとうの心を判ってもらえる人はかんたんにはいない。
いきなり喋れと無茶ぶりされて、ネタに困っているとダメ出し
だいたい、出勤して仕事をして帰ればご飯を食べて寝るだけ。
休日はリハビリと休息と、時々スタバで息抜き
で終わるのだ。
そんな毎日のどこに面白い話があるというのか。
そんな毎日のどこに変化があるというのか。
話になるような日常を送ってはいない。
子どもと相対することのしんどさに加え、大人と相対するのも疲れるんじゃ、職場はストレスの塊だ。
しばらくは誘われても理由をつけて飲み会は断ろう。
そして、そんな状況を吐き出せるのもここだけ、というのも皮肉な現状である。
とてつもなく寂しい。毎日が。
孤独を意識しない日はない、と思う。特に就職してからは尚更である。
このままいつまで持つのかわからない。ちゃんとした私が。
このままではいつか、潰れてしまう。
このままではいつか、崩れてしまう。
でも潰れられない、崩れられない。
崩れ落ちたところで、誰も「辛かったのね」なんて私の気持ちに共感してくれる人はいないから。
結局「気の毒だけど、負けてしまったんやな・・」そして淡々と忘れていく。
カウンセリングを受けに行きたいと、最近切に思う。
このままではいつか、欝になってしまう。
9年前の二の舞は踏みたくない。
あの時も常に「寂しい」と感じ、ワケもなく涙が出ることから始まった。
耳鳴り、胸痛、頭痛・・・だんだん症状が増え、無気力になった。学校に行く気力さえなくした。
もう、胸痛が復活している。まずい。
自分は誰にも必要とされていない気がするのだって、あの時と同じ。
ひとりきりでがんばることに疲れた。
寄りかかる支えが欲しい。
じゃなきゃ、倒れる、いつか。。。
だれか、助けて。
動揺 3 ~どうしようもなく揺れる心は~
というわけで、1枚のアルバムに浸っている。。
i Tunesの中に取り込んだまま、しばらく存在さえ忘れていた1枚だった。
112「Hot & Wet」
その中の「Slip Away」
イントロからピアノの旋律にメンバーの声が映える
涙を、その旋律のせいにして私は少し落ち着きを取り戻す。
でも、
だれかに
となりに
いてほしい。。。
「動揺」続編。






私は担当のP.T.に自分が知りえる限りの事実を話した。
未熟児だったことから、そこでの病院の対応、今までの経緯。。
オペの話を未だに両親にはしていないことをP.T.は不思議がっているようだった。
『そういえば、夜間装具を購入するかしないかの話になったときも親に言わないで自分で買うから就職するまで待ってって言ってはったよねぇ?話せないのはやっぱりお母さんが否定的やから?』
「それもありますけど・・・弱い人なんですよ、すごく。元々医者嫌いってのもあるし。心の成長が途中で止まってしまったような人やから。重い現実は受け止められへんのです。目の前に確かに見せ付けられても、いやいやをするような感じで、絶対認められないと思います。お父さんには心配これ以上掛けられないし、だから自分の事は自分でやるしかないんですよ。まぁ・・・否が応でも、3ヶ月以上入院しなあかんってなったらバレるんですけどね」
P.T.とはかなり打ち解けてきているので「父」や「母」のように改まった言い方をすることもあるが、「お父さん」「お母さん」という言い方をすることも増えた。さすがに家で言っている「親父っち」「おかん」という言い方はしないけれど・笑
3日に1度は用がなくても掛けてくるから・・・の一言は飲み込んだ。
それはただのグチだ。
『お父さんは(障がいを)肯定的に受け止めてはんのよね?』
「少なくとも私の前では。でもやっぱり当時の対応とか腑に落ちひんと思ってしこりを残しているとこはあると思う」
しかし、私の前では肯定的にいてくれたから、私は卑屈にならずに生きてこれたのだ。
「本人は私の知らんとこで苦悩してるんかもしれませんけどね、案外子どもの側は脳天気なんですよね。別に自分の持って生きてかなあかんものに対して何らマイナスの感情を持ってない。後天性のものなら嘆いたりもするやろうけど、物心ついたときから、これが自分やしねぇ。(一応私の場合も後天性ではあるのだけど)」
「こう言うと、意外に思う人が多いんですけどね、私別に治ってほしいとは思ってないんです。これも含めて自分やから、なんかアイデンティティの一部ってかそんな感じで。たとえば誰か、どんな願いでも叶えられる人に何かをお願いするとか、とてつもなく神の手を持つ医者がおったとしても『治して』とは言わへん・・かなぁ。なくなったら自分じゃないから。今以上に悪くならなければいい。欲を張るなら、一番状態がよかった6年生の頃のコンディションに戻れたらいいかなw」
『よくそこまで、受け容れられてるよねぇ』
そうかなぁ。癒し系P.T.の大学生クランケ(最近顔を合わせれば喋っている)もだいたい同じ事考えてんじゃないかなぁ。
ふと、私の頭の前方にいる癒し系P.T.に意識を集中した。
今の話、聞こえてたかな。別に聞こえてたら何ってもんでもないけれど。
自分の考えをちょっと知ってもらいたい・・・なんて願望もある。あわよくば共感してほしかったり。。
癒し系P.T.の治療のスタンスがどういうものか私にはまだよくわからないから何とも言えないけれど、もし、
<治せないけれど、出来るだけ完治に近い状態に持っていく>ところにあるのだとすれば、私はそんな思いをバッサリ斬り捨てるクランケなことだろう。
だって、「治らなくてもいい」って言い切ってるんだもんな・・・
私の発言が彼の士気を下げるものでない事を祈るばかり。
そして今週末。 そのP.T.は公休日だった。
もう切り離している筈なのに、落胆したのをはっきり自覚した。
呆れて自分に苦笑する。
その仕事への情熱を、クランケとして静かに心の支えにし、生きる。
そう強く思った筈なのに、自覚した感情は「落胆」ともうひとつ。
寂しさ。。
さて、これは尊敬の範疇におさまってくれるものでしょうか。
我ながらわからない。
そして厄介。 「動揺」 完。
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プロフィール
詩を創るのが趣味。でも最近は忙しくてなかなか創作できません。
夕暮れの空が大好きですww
良い空があれば撮り貯めてますが、キレイに撮れないのがなやみ;
このブログでは日常や好きな音楽、本のレビューを綴ります☆徒然なる独り言にお付き合い下さい♪