Think&Said to Myself
日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw
complicated
自分自身の心のよわい部分を曝け出すというのは、多分に勇気がいる行為である。
規模は小さいながら、それをついこの間してみた。
普段はここにしか書かないような事を、友達がたくさん閲覧するSNSで書いてみたのだ。このブログのように主観的文体は排除しようと思ったが、なかなかうまく行かなかった。それでも曝け出すという行動そのものはうまく行ったように思う。
担当のP.T.から宣告されてしまったのだ。
『25歳を過ぎれば、日々が闘いになる』と。
初めは実感が伴わなかったが、言葉の重みを知った瞬間、叫びたくなった。
何をかはわからない。言葉にならない思い。
自分は常に残酷に変わりゆく運命を受け入れていると周りの人に思われたかった。
本当はそうではないけれど、でもその方が楽だから。
心配を掛けなくて済む。変に取り繕う必要もなくなる。
憐れみに満ちた眼でみられることもない。
でも、「本当はそうではない」けれど「そうである」ように見せるというのは、根本で取り繕っているのと同じなのだ。
自分の弱い部分を曝け出す勇気を持つ云々以前に、ただもう吐き出したくて仕方ないと言うのもあったかもしれない。。
クランケとして甘えたいだけ、と悟ったところで、私の精神状態が変わったわけではない。
顔を見たいと思うのは相変わらずだし、本当はSNSなんかにじゃなく、彼に弱さを曝け出せたらと思う。それ以上のことも・・たとえクランケとしてではあれ望んでしまう。
それが満たされれば満足するのか。
それとも更に彼を必要としてしまうのか。
私にだってまだわからない。
今日はひとり車を飛ばして、地元でお世話になったP.T.に会いに行ってきた。
リハビリセンターには私が小学生の頃、リハビリを受けていた人がまだ来ていて久々の再会となったが・・・
その人のひざから下を見て、愕然とした。
膝から下の筋肉は、歩きづらくなり運動量が減ったせいか脂肪に変わり、歩くたびにぷるぷる揺れている。
足首のくびれは内反足の影響でなくなり、更にそこも太い。
私ももうすでに足首のくびれは目立たなくなってきた。
これから私もああなっちゃうのかな・・・・。
ぼんやり考えたら、ひどく憂鬱になった。
地元のP.T.に宣告されたことを告げても、少し前の担当P.T.同様、言葉を濁す。
やっぱりみんな同じなんだ。クランケの傷つく表情は見たくない。
リハビリ施設に行くと、自分の10年後、20年後に重なる姿をよく目にするから、最近は行くのがあまり乗り気ではない。わかっていても辛いから。
どんな物事も時が過ぎるにつれ解決へ向かうことを私は知っている。
たとえ能力が低下しようが足が変形しようが、時間を経れば必ず飲み込める日が来るだろうし、自分はそうできる人間だと思えるくらいには、私は私を信じている。でも、それは結果論であって、そういう日が来るまでの過程を思ったら、耐えられるのだろうか・・・という不安も残る。
そしてそんなときは、彼の存在を渇望する。
私はクランケという立場を超えてはならない。
でも、クランケという立場に留まるには些か重すぎ、恋愛対象という範疇にいるには少し軽い。
自分でもややこしい感情を抱いたものだな、と思う。
希望を隠された夜は、子どものようにすがりついて、来るべきものへの精一杯の抵抗を叫びたい。
運命を呪いたい朝は、自分を一切取り払って、枯れるほど涙を流したい。
そして泣き疲れた夜は、確かなあたたかさの中で恐怖から護られて眠りに落ちたい。
でも、そこに居る相手が貴方であっては、いけないんですよね・・・・。
何よりも大切にすべきものをもう既に両手に抱えているから。
8月8日 Ⅰ~いよいよ取付~
- 2009/08/10 (Mon)
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8月8日。
大阪では淀川の花火大会、兵庫では宝塚の花火
と人々が沸き立つところだが、今年は別の理由で私の心は沸き立っていた。
この日は、愛車「まーち君」に手動運転装置が取り付けられる日
いよいよ助手席ではなく、運転席に乗り、自分でハンドルを握れるようになる日なのだ
取付を行う業者は豊中市にあるので、お昼ご飯を食べる時間なども考えて午前中の早い目に家を出た。往きのハンドルは父親が握る。
阪神高速に乗り、なんばや梅田のビルの中を抜けていく。今まで名神や近畿道、阪和道くらいしか通ったことがないので、こんなにもビル・ビル
ビル
の中を車が走っていくなんてなんか不思議な感じ。
予定よりもだいぶ早く、豊中の工場周辺に到着。途中、ことごとくナビの音声案内を無視して走り続けるも、どうにか到着・笑
予定時刻は13時だったので、土曜と言う事もあってか工場のシャッターすら開いていない。業者の人が来るまで腹ごしらえと言う事で、某和食のお店に入り、『昼膳』をいただく。
ごはん・味噌汁・甘エビとホタテの刺身・天ぷら(or刺身の盛り合わせ)胡麻豆腐・漬物
これだけ付いて、780円
いやぁ~余は満足じゃ・笑
お腹も満たされ、いい時間になってきたところで店を出ると、駐車場の私のまーち君の隣にはまったく同じ色のマーチ君
わぁい
ふたご
それから業者の工場へと再び。
大阪空港から車で10分程という位置関係なので、着陸態勢に入って低空で飛んでくる旅客機が間近で見られる。音も大きさもド迫力。大人でも思わず、おぉ~
と目を奪われるのだから、小さい男の子なんか連れて来たら大興奮なんだろうね
昔住んでいたところもよく飛行機が通るものの、ただの通り道なので小さくしか見えず。。はじめてみる飛んでいるデカい飛行機にいい年こいた親子は大興奮だったけれど、地元住民はこれが普通なので別段変わった様子なく、そ知らぬ顔。
でも工場密集地帯&住宅地のこの辺にあの飛行機が1台でも不時着すれば、大惨事になること間違いなし・・・そう考えたら、怖いね。
小さい作業場しか表からは見えない業者で、しかも周りにはコンビニしか時間を潰すところがなかったので、これでクーラーの効いた部屋がなかったらどうしよう・・と思っていたが、小さいながらも事務所が奥にあり、きちんと快適な温度に設定されていた。TVも置かれている。
徒歩でいけるコンビニで、お茶と簡単なお菓子を買い、つまみながら作業している様子を遠目に見学。
父親はポルシェのカタログを見たり、高校野球に見入ったり。。
「もう外車ら見て喜ぶ年でもないけどなー」とか何とか言いつつ。・・・確かに。
作業するスペースは外にあり、外気が入ってきっぱなし。おまけに扇風機しかないので取り付けをしてくれるお兄さんは首にかけたタオルでしきりに汗を拭き拭き、時々お茶を飲み、見ているだけで暑いのが伝わってきた。
途中、近くへ行き作業する様子を見てみると、エアコンのスイッチなどがある周辺のフタなどが外されていた。
なかなかこんな中、見る機会ないし、新鮮
3~4時間掛かると言われていた改造だが、思いのほか早く2時間半弱で終了。教習所で使った手動装置と同じメーカーなので使い方も説明されなくてもわかる。そのまま乗って帰ることに。
工場の前の道で試しに運転してみたが、教習車よりも新しいということもあってかブレーキがよく効く。
教習車の感覚に慣れきっていたので、踏み込みすぎてつんのめったり・・・を繰り返す
「どの車もそうですけど、ブレーキやアクセルの効き加減て、車によって違いますからね。そのマーチの感覚を早く掴んでください」
と営業さん。
代金を支払い(私の給料一月分
)前後に初心者マークをぺったん②
いよいよ乗って帰ります
次回へ続く。
DEEP BLUE in my mind
学校の昇降口から撮った1枚
深い蒼のグラデーションが実物はもっとキレイだったのだが、それを写真で表現できないのが残念
良い教師になる近道は、経験を積み、場数を踏むことだと言われる。
恋愛もそうなのかなぁ・・・と思う今日この頃。
今日は同期と終業前の30分、恋バナに徹していた。
「人肌恋しいよねぇ・・・」
今日の共通理解・笑
こんな夏の真っ盛りから人肌恋しいようでは、冬の寒さにどうやって耐えるんだと思うのだが、いかんせん事実なのだから仕方がない。
前ログで、普通の恋愛感情とは違うと自覚している・・・と書いたが、その側面が少し見えてきたような気がする。
私はきっと、苦しみが判る誰かにすがりたいだけなのかもしれない。
溺れる者が藁をもつかむのと同じくらいの自然さで、すがりたい相手が彼であったに過ぎないのかも。
よくよく考えてみれば、私が彼に求めることはすべて受け身なのだ。今のところ。
自分が崩れ落ちて行きそうな日に抱きしめられたいとは思っても、
彼を抱きしめたいとは思わない。
悔しさでこぼした滴を受けた手を握っていてほしいとは思っても、
彼と手を繋いで歩く姿は想像できない。(年齢が離れているから?)
そういうもの。。
だから、どうやら本当に彼と恋人同士になりたいとかそんなんではないらしい。
でもややこしいのは、
彼の剥き出しのプロ意識を目の当たりにした瞬間、突き上げる感情は人を好きになったときのそれと同じなのだ。
だから自分でも紛らわしいし、どう自分で対処していいのかわからない。
季候が暖かい今、冬と同じぎこちなさを感じる足。
「人肌恋しい」ではないけれど、こんなに暑いうちからこんな状態じゃ冬になったらどうなるんだ?
普段は触れぬようにしている不安。
最近は飼いならせるようにさえなってきたように思う、自分の限界が狭まることへの悔しさ。
でも時々、飼いならしたはずが暴れだす。
暴れる感情でえぐられていく心を横目で見ながら、声にならぬ叫びをあげて、そんな日は世界に私1人。
そんな時に怖いほど私を見抜くその眼差し。すがりたくもなるわな・・・
「私が私じゃなくなってくみたいで」
「怖い」
「情けない」
「悔しい」
そのどれにも当て嵌まらない感情はただの声になる。
ぶつけたところで何の救いにもならないけれど、1人きりで涙を流すのと、それを受け止めてくれる人がいるのとでは大きく違う。
でも、そこまでは、彼の仕事ではないんだろうな。
クランケ~月の心の裏側~
「会いたいなぁ」
思わず漏れた自分の独り言に、自分で驚いた。そのときに連想していた人の顔を反芻して、今度はため息が漏れた。。
私の馬鹿。。。
幸か不幸か、会えない日々がかれこれ一ヶ月続いている。会えないなら会えないで、想いを風化させる絶好のチャンスだと言うのに、私の心はどうしてこうも聞き分けがないんだろう。
でも、普通の恋愛感情とは少し違うのも自分で意識している。
一緒に映画に行ったり、ショッピングしたり・・・いわゆる普通のデートをしたいという願望は彼には抱かない。
でも、触れられたいとは思う。・・・・が、そこに性的な要素はないに等しい。
なんていうか、もっと精神的なもの。精神的なぬくもり。
こんな感情、初めてだからどう扱っていいのかわからない。
触れたいとか、触れられたいとかいう願望は、異性に対してである場合、性的要素を伴わないと多分にややこしい。
まして、ここは日本なのだ。アメリカではない。
それに私の抱いている感情はハグや挨拶といったような軽いノリでもない。
なんていうか、精神的なもの。
結局、考えても考えてもそこに思考が落ち着く。じゃぁ、彼に求める「精神的なもの」っていったい何なんだ。
自分で思考を落ち着かせておいて、この問いを投げかけたら私は落ち着かなくなる。
自分でもうまく言葉で表せない。
もどかしい・・・。
彼を強く意識するときは、決まって自分自身の調子が良くない。
この間は1週間に2度、派手にチャリで転んだ。1度は車道に自分が飛んだ。車が来なかったのが幸いだ。
リハビリに行っているのに、左足のガタも半端ない。
歩くのさえ嫌になる日もある。。
私は彼の、いちクランケ。それも、間接的な。
甘えたいのならクランケの立場から思い切り甘えればいいじゃない。
辛い。
かなしい。
悔しい。
怖い。。
ぶつけたって、跳ね返すひとでも、受け止められないひとでもない。
でも、でも。。
もう既に彼の中で私はそういうキャラではないのだ。きっと。
彼の中の私は、入学式で歯を食いしばっても前を向き続けた私・・・そんな私しか印象にないだろう。
ほんとは泣き虫。
ほんとはよわい。
でも、それを覆い隠し、笑みを浮かべることで、今まで私は自分の周りに人を集めてきたのだ。
私の生きていく手段のひとつ。
下を向いている花に太陽は当たらない。。
でも、そういう私も知ってほしいと思う。そしてそれは、誰にでも判る苦しみではない。
でも彼はカウンセラーではない。
この前も、彼は彼のプロ意識を剥き出しにしていた。
「悪くなってるよ。」
あまり、こういうことを本人を前にして言える人は少ない。
それはクランケを傷つけたくないとかではなく、クランケが傷ついた顔を見て、自分が傷つくのが嫌なのだ。
できれば、そんな役回り、自分じゃない誰かがやってほしいと思うだろう。
それをあえて彼はする。彼はどう考えているのか、私にはわからない。でもクランケの境遇丸ごと、自分が背負う覚悟でなければ出来ないことだ。
クランケの傷と、自分の傷、2人分の傷を抱えて生きなければならない。
飄々としているようで、その背中には独特の存在感があるのもきっとそのせいかもしれない。
この業界は、病院と違って病気が治って退院していく・・・というゴールではない。
やれどもやれども、どうにかして現状を維持するのが精一杯。
変化はあっても微々たるもの。
特に18歳を過ぎれば、その変化は悪い方向へと向かう。
そんな絶対的なカベを前に彼は何を思うのだろう。
無力感を感じたりすることはあるんだろうか。
機会があれば問うてみたい。
あのプロ意識を保つ原動力はいったい何なのか。彼の核を突き動かすものは何なのか。
私がカベを前に往生際悪くあがくのと同じようなことがP.T.にもあるんだろうか。。
彼の心の裏側をのぞきたいと思った。
それがたとえクレーターのような歪さがあっても構わない。
付き合いたいと思うわけでもないし、まして結婚を望んでいるわけでもない。
でも何故か、惹かれる。引力のように。。
月みたいなひと。。

わたしは、わたしがくやしいんです。そんな思いをぶつけたら、貴方は何と言いますか。
やさしくしてくれますか。それとも、きびしく戒めますか。
それとも、いつもみたいにぎこちなく笑うでしょうか。
Shift The Way You Move
- 2009/07/19 (Sun)
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『Think &Said to myself』をご覧のみなさん
カテゴリが1個増えたのに気が付きましたか
そう、私の「愉快な仲間たち」の仲間入りを果たしたのは・・・まーち君
中学生の頃、フルモデルチェンジされたマーチを見て「これは乗りたい
」と思って以来、およそ10年・・・
ようやく手に入れることができました
教習所に通っている頃もマーチに乗りたい、とは言っていたけれど、まさか本当に買うことになるなんて思ってもいなかったし。。
当初の予定では、冬のボーナスを頭金にして買う予定だったのだけれど、親戚の方々が予想外に「就職祝い」をくれたおかげで少ない少ない社会人1年目の夏のボーナスでも頭金を捻出できたので買うことに
はじめはキレイな中古車
と決めていたので、ネットで中古車を掲載しているサイトをかたっぱしから見ていく。その中でもハッチバックや軽に焦点を当てて走行距離が少ないのばかりを片っ端からあたる。
ハッチバックではマーチかヴィッツ、軽ではライフに絞り見ていくと、信じられない物件が
念願のマーチで、平成20年式、走行距離は4000km
ナビ付
これで70を切る安さだったので、即決w
中はこんな感じ
内装色はカカオ
はじめはエクリュという、ベージュに近い色の方がほしかったのだが、そちらのマーチは一足先に売れてしまった、とのこと
しかし納車してみて思うのだが、カカオの方が汚れにくいし落ち着いていておしゃれで、却ってよかったかもしれない
ブラックの内装は多くても、あまりブラウンはないもんね。
まだ手動運転装置は付いていません。来月あたまに付けてもらう予定
駐車場の敷地内でひそかに前進したりバックしたりはしているものの、道に出ると限定付き免許の私では「無免許」扱いになってしまうので、まだ実際に運転はできず
早く乗りたいな
改造したら、ビフォーアフターみたいなカタチでまたアップしますね。どんなんか気になっている人も多いだろうから
街で走っているのを見かけるよりも、近くで見れば見るほどかわいくて、それがしかも他でもない自分のものだと思ったら、顔の筋肉が自然とゆるんできてしまう・笑
眺める度、シアワセな気持ちにさせてくれます
眺めてはにまーっとしているめぐさんです。
4行の近況
またも、どえらく久しぶりになってしまった日記。。
なんだかんだあった1学期も無事終わった
夏休みは定時にはあがれそうなので、もっと更新したいな。
詳しいログはまた後程。
ぽーるすみす
- 2009/07/15 (Wed)
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メガネを新調した。
縞模様のクーパーのメガネ拭き
らしさ全開である。
言わずもがな、アコガレのPaul Smithのメガネ

ボーナスの約3分の1をコレに費やしてしまった
元々コンタクト派ではない私はメガネにはお金を掛けるのだが、それでもこんなにメガネにお金をつぎ込んだのは初めてである。
当初、今回はそんなにお金を掛けるつもりは毛頭なくて、プライベートで本屋なんかに掛けて行ってもオシャレなメガネを安く手に入れようと考えていた。
そんなわけでセット価格が安いZoffへ行って、今のメガネと同じ度数で作ってもらおうと思ったが、念の為レンズを合わせてもらうと近視が5段階くらい進んでいて、「次回の免許更新はこのメガネでは通りませんよ」とのこと・・・
サブメガネなら安いもので十分だけれど、こんなに度数を変えるならばやっぱし日本製のフレームの方が安心・・・と熱心に接客してくれるスタッフさんの隙を見てZoffを後に・笑
次に向かったのが某全国展開のメガネ屋。オリジナルブランドから大手ブランドまで幅広い取り扱いが魅力の店舗で、実は高校の頃、地元の支店でアニエス・ベーのメガネを購入している。
前々から次のメガネはJill Stuartのものがイイ
と思っていたので、ジルのものを中心に探すけれど、やっぱりナイロールのフレームはおとなしくてつまらない。
今の度数でも仕事に問題はないから、当分仕事は今のピンキー&ダイアンのメガネを使うつもりだったし、どうせなら遊びゴコロあるデザインがよかった。
で、ジルのセルフレームに焦点を当て掛けてみるんだけれど、悲しいことにどれも「ザアマスおばさん」にしか見えない
これをかわいく掛けこなす女の子が羨ましい
手近にあったCOACHのフレームも掛けてみたけれど、どうも私には気取って見える・・・。
そんな時、目に留まったのがポール・スミス。
Paul Smithのブランド自体は前から好きで、母親にもポールの財布をプレゼントしていたし、自分もパスケースを愛用している(いずれもオークションでGETしたやつだけど)。
なんとなく、ポールスミスのメガネって、モード系の男子が掛けるようなイメージがあって今まであまり興味は持たなかったけれど、それが目を引いたのにはひとつの理由があった。
お分かりだろうか。表は茶色なのに裏がピンクなのだ
なかなかニクイ仕事ぶり、Paul Smith
一見シンプルなのに、こういう見えないところに小技を忍ばせているのがPaul Smithらしい。
↑こういうところとかね
さりげないコダワリに惹かれ、それに決定。当初の予算を7000円もオーバーしてしまった
車の運転がし易いよう、1.0くらいに合わせてもらった。
メガネ屋のオリジナルではなく、Paulの専用ケースが付いてきた
Paulで買い物したわけじゃないのに、Paulストライプのショップ袋に入れてくれる
ちょっとラッキーww笑
社会人1年目、夏のボーナスは、車のローンとメガネ、それから実家の洗濯機に消えました・・・。
COACHのバッグは買えず
まぁ、でも手術代も貯めなやし、当分そんなあってもなくてもいい物は買えないけれど
最上の一瞬
久しぶりに日付が変わってからの帰宅となった。就職してから初めてかも知れない。
今日は急遽、昔の塾の仲間に呼び出され、飲みに行くことになった。ここのところ、仕事のことでかなり精神的に参る日々が続いていたので良い気分転換になるだろう・・
と二つ返事でOKし、約束の場所へと向かった。
気心の知れたメンバーばかり
良い意味で気を遣わずに話ができるので、つかの間の「ほっ」とする瞬間
今日は他のメンバーには申し訳ないけれど、同じ教員として働いているN先生とばかり話をしていた。とにかく仕事でのストレスを誰かと共有したくて仕方なかったのだ。最近、本当に余裕がない。
駅で声を掛けられるなり、私の口からは「今日はいっぱい話聞いてください
」
図々しすぎる
でも、そんな風に口に出してみて気が付いた。私がいかに今の職場で打ち解けられていないか。。
良い先生だと思う先輩教師はたくさんいるけれど、学校の中にはやはり派閥がある。関係が読めるまではうっかりと下手なことはいえないし、思うことを安心しきっては話せない。
話を聞いてみると、やはりウチの職場は少々特殊な環境にあるらしい。
塾のバイトをしていた頃は、仮に職場がとてつもなく働きにくい環境にあったとしても生活の中心を占めるのはあくまで大学だったから、自分を見失わないで済んだだろう。
尤も、そんな事考える必要はないくらい働いていて居心地のいい職場だったけれど
でも今は違う。私の生活の中心は仕事であり、そこがぐらつけば私一人生活するにも困ってしまう。
逃げ場はない。
そんな状況下だから、色んなことが見えにくくなる。
きっと私は友人の目から見ても至らないところだらけだと思う。でもそこには敢えて触れないでいてくれるのが今は有難い。おそらくその「至らない点」を取り上げて日々言われっぱなしなことが容易に想像がつくのだろう。
職場でも言われ、おまけに今、自分が信頼を置く人たちからも言われれば私はきっと折れてしまう。
N先生とは同じ職場で働いていたときよりも彼が教員として働きはじめたときからの方が話をする機会が増えたのではないか・・と私は思うのだが、私がいつか喋っていたのか、それとも彼の観察眼なのか、私の頼るのが下手な性格や褒めるのが苦手なところはすべて見透かされていた。。
「気楽にやればいい」
なかなか実行が難しい一言ではあるが、心の重荷を取るには十分だった。
私が常に持ち続けている1つ。
どんなシチュエーションであれ、どんな理由があれ、「死ね」と言う言葉を吐いた生徒は許さないということ。
「その信念を持ち続けて、軸をぶらすことがなければ今辛くてもきっと大丈夫。」
教師を見ていて思う。40代、50代になったとき、教師は二極化する。
生徒から信頼され、しっかりやっている教師
はたまた、
生徒にナメられ、収拾のつかなくなってしまう教師
私が40になったら、後者になる気がする・・・と漏らしたら、笑い飛ばされた。20年も先の話・・と
そしてそう言われたのだった。
絶対ぶらしてはいけない軸。それを持ち続けていたい。
やっぱり、持つべきものは友(というか先輩だけれど)だな
と実感。
お酒の入ったメンバーたちの、暴走発言もなんだか聞いていてほっとした
今の職場ではお酒が入ってもこんなにざっくばらんに話をしないから。
ほっぺたの筋肉が痛くなるくらい笑ったのは久しぶりだ。
こんな瞬間を定期的に持たねばならないな、と思った。
何も考えず、ただ純粋に笑える瞬間を。
日々のストレスに打ち勝つ、最上の特効薬
そんな瞬間を与えてくれる人たちと出会えたことは私のひとつの財産だ
ありがとう
画像の写真は約束の時間まで暇つぶしに寄ったバーゲンでGETした品
パンプスみたいな見た目のスニーカーは通勤の必需品。
ロバのプリント入りTシャツは、一目ぼれして買ったもの
職場には着ていけそうにないけれど、かわいいのでご満悦
ロバを見ると、昔「電波少年」に出ていた『ロシナンテ』っていうロバを思い出す。きっと今の中学生は知らないだろうなぁ・笑
ロシナンテ、結構好きでしたw
Sシック
瞼の裏にはかつて自分が過ごした道が今もありありと浮かぶ。駅からかつての自分のかつての家までも正確に思い描ける。
このところ、家に帰ればうわごとのように「Sに帰りたい・・・」を繰り返す。でも、もう帰る家はない。。
昨日友達の車に乗っていて、かつて住んでいた市と、今自分が住んでいる市の分岐点になる道が現れた。
まっすぐ行けば今住んでいる市。
左折すればかつて住んでいた市。。
当たり前のように車はまっすぐ直進する。
でも心は叫んでいた。
(左へ曲がって
)思わず本当に声に出しそうになって焦った。
大学の有無に関わらず、自分にとっていちばん居心地のいい場所はS市なのだ・・・と実感した瞬間だった。
でも、私はここで働くことを命じられた。ここで生きていかなきゃならない。S市から通うのはかなりしんどい。
特に今住んでいる市は、地元に愛着を持っている人が多くて同僚の7割が珍しく市内に住んでいる。
そんな7割に「ここよりもS市の方が好きだった」と言っても共感してはもらえないし、敵意を持たれるだけだろう。
地域の子どもを預かる仕事なのに、その地域が好きになれないのは苦しい。
同じ大阪なのに、なんでこうも違うのだろう。どうもここは自分の水に合わない・・・
しんどいな。みんなこんな思いを抱えるものなんだろうか。
S市に帰りたいと焦がれる思いと、実現できない苦悩。
でも本当に帰りたい。こんな思いいつまで抱えていればいいのだろう。。苦しい。。。
Greatest Teacher O
およそひと月ぶりの日記。
以前は飽きるほど書いていたのに、ちょくちょく見に来てくれている読者の方には申し訳ない思いでいっぱいです
自分の時間が持てるのは、ほぼ土日だけ。それも休息に使うことが多いため、なかなかブログにアップするような内容の生活をしていないという少し悲しい状況
苦笑
学校の事も、全体公開のブログなだけにあったことを包み隠さず書くというわけに行かないしね
学生の立場では、もうないから。。
平日は帰宅するのが平均で19時頃。早い日は18時半くらいに帰れるけれど、遅いときは21時近くになる。家ではゴハンを食べて寝るだけの毎日
自分の時間を大切に出来ないと、どれほど好きな仕事でも嫌になる。それをこの数ヶ月で思い知っている。
でもまだ、力を抜いて良いところと入れねばならないところのポイントがまだよくわからないから、変に必死で疲れる。。
特に先週一週間は、中間テストでのトラブル修正やクラスで起こった喧嘩の対応に追われていて、完全に自分を見失っていた。
転寝をしていても学校のことが出てくるし、休息の時間である睡眠でさえ、夢の中に学年主任が出てきて説教される有様だ・笑
余裕はないらしい。
主任に「この間先生が夢に出てきて、説教されちゃいましたよー
」って言うと爆笑してたけど
今週末こそはゆっくり出来る
と意気込んでいたのに、自分の早とちりで危うく自分の進退に関わる問題に発展するところになって、さらに莫大なストレスを抱えるハメになってしまった

それは無事解決したからよかったのだけど
踏んだりけったりとは、たぶんこういうことなのだろう。。
この1、2週間は自分でもヤバいと思うほど追い込まれていた日々だった。
高1のときにお世話になった担任には二度電話し、ガラにもなく号泣してしまったし。。
でも本当に電話したい人は他に居た。
その人は私の高校1年の時の英語の担当の先生だった。当時あまり体調のよくない日々を過ごしていたわ私は出席できない日も多かったのだが、英語のある日は「今日は先生の話を聞きたいから頑張っていかな!!」と薬を飲んで無理していく日もあった。
テキストの内容がまるで頭に入ってこなくても、先生の話を聞いているのは楽しかったし、面白おかしい話もあったけれど、それ以上に先生の人間性がよく伝わってくるお話ばかりだった
話を聞けば聞くほど、先生の人間性にどんどん引き込まれて行く自分が居た。それまでも教師にはなりたかったけれど、具体的に自分の向かっていく教師像が定まったのは、この先生に出会ったからこそだ。
この先生に出会わずして、厳しい教採に最後まで向かっていけたかどうかわからない。
そんな先生が高校生活も折り返し地点を過ぎた頃に離任されると知ったときには、ひどいショックを受けた。それから高校の間は疎遠になっていたけれど、教採の1次を通過した頃に連絡をしてから、いつでも連絡できる環境にある。
先生も現在は現場を離れ、教育委員会で忙しい日々を過ごしているらしい。
お忙しい先生に、電話をするのはいつも気が引けていた。
でもさすがに自分自身追い込まれていて、ここで先生の話を聞いておかないと「辞めたい」と言う思いが、自分に勝ってしまうのではないか・・・とさえ思った。
数回のコールで聞こえた懐かしい声にほっとした
人の好みと言うのは声にも大きく左右されるのではないか、と思う。大学時代のA先生やI先生にしろ、今回の恩師にしろ、今まで好きになった男にしろ、声の質がだいたい似通っている。聞いていて心地よい声というのは、やはり大きなウエイトを占めるらしい。。
ま、そんな事は措いといて
笑
はじめ、先生は私のことを『先生』と呼んだ。
初任者に話をする機会の多い先生だから、仕事のときの癖が出たのか教師になった私だからそう呼んだのか、おそらくその両方だと思うが何だかひどく違和感を覚えた。なんかこう、一気に距離が遠ざかった気がした。
私がそんな少しの焦燥の中に居るときも話は進んでいく。
だがやがて、先生の方もかつての調子に戻り私の姓を呼び捨てで呼び始めた。それがひどくしっくりきた。
やっぱりどれだけ時が経っても、私にとって先生は「先生」に代わりはない。
同期などは恩師が同僚・・・という立場だけれど、それでも「●●さん」ではなく「●●先生」と呼び、先生の方でも同期に「先生」を付けては呼んでいない。
大所帯な学校であることを告げ、まだなかなか周りの先生たちに対して心を開けないことや、自分の抱えている問題、最近起こったこと、「辞めたい」と考えたこと。。つらつらとぶっちゃけていく。
「そんなに自分を責めんなよ」
その一言がまず固さをほぐしていく。心にも凝りがあるなら、それはきっとストレスなのだろう。。
他人から良く見られたいと思うのは私だけではなく先生もそうだと、弱さを隠すのではなく、それを曝け出す「強さ」が別の形でその人の評価に繋がるのだと・・・・背伸びはするな、と。
心の荷がすーっと軽くなる。
「でも周りになかなかしんどさを受け止めてくれる人がおらんのは辛いなぁ。お前くらいの年でそんなに言われたら辛いわ、そら」
先生が判っていてくれるだけでも救われる。。
「ええか、心を開くとか、殻を破るとか難しいことは考えんでええんよ。ありのままを話すように努力していけばいい」
40分弱話をし、最後に夏休みにゴハンでも・・・という約束をして、電話を切った。
先生の言葉がまた、明日からの糧になる。辛いときは思い出そう。
やっぱり幾つになっても、学生を終えても、先生は永遠に先生。
そんな教師に、私もなれればいい。。
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詩を創るのが趣味。でも最近は忙しくてなかなか創作できません。
夕暮れの空が大好きですww
良い空があれば撮り貯めてますが、キレイに撮れないのがなやみ;
このブログでは日常や好きな音楽、本のレビューを綴ります☆徒然なる独り言にお付き合い下さい♪