Think&Said to Myself
日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw
1杯のコーヒーの向こう側
本格的に授業が始まった。絶対取らなければならないのは教免に必修の科目が1つ、それにゼミ&卒論。
これらは同じ曜日にあるので実質週1しか講義がない。しかし、45万超の学費を半期で納めているのに週1とはなんとも勿体無い話。そこで何科目か興味のある授業も履修してみた。
今日は久しぶりに例の「オジサマ」からメールが来ていて、授業の空き時間を生協のカフェで過ごしているからお茶でもどうか、との誘いだった。
わざとらしく「A先生の授業のハンドアウトを勉強中」とかなんとか書いてある。
今回そのA先生の授業は英語史が講義のメインテーマであるらしい。
英語史・・・本格的に学んだことがないので是非とも聴講したいけれど、教免のための科目が同じ曜日・時間なのだ。。去年きちんと履修しておけば、聴講に行けたのに・・・と思うと悔しい
ノルマンコンケスト以後の英語の変容とか、フランス語の大量流入とか、大母音推移とか。。知りたいことはまだまだある。
英米文化の初回講義に出た。去年はカルチュアル・スタディーズがメインテーマで、抽象絵画とかモダンアートとか興味のかけらもなかった・・・けれど、今年はグローバリゼーション。なかなかおもしろそう
初回の今日は、コーヒーから見えてくる世界の現状。
最高級のコーヒー豆の産地として知られるアフリカのエチオピア。しかし、品質は最高級でありながら、その豆に支払われる対価は驚くほど安く、コーヒー農家はコーヒー豆の価格の暴落により貧困に喘いでいる。
別に車やオートバイが欲しいわけではない。家族が栄養のある食事をし、きれいな水を飲み、子どもを学校に行かせ、必要最小限の清潔な衣服が手に入ればそれでいい・・・と農家は言う。しかし、そんなささやかで生きていくうえで最低限度の事さえ、彼らはままならない。
そのコーヒー豆は驚くほど安い値段でいったいどこへ行くのか。
アメリカや日本など先進国のコーヒーチェーンだ。ス●バやタ●ーズなどのような。
そこではコーヒー豆1kgにつけられる何十倍もの値段で、1杯のコーヒーが売られている。
そんなこと考えもしなかったなぁ・・・。むしろもう少し安くならないか・・・と思っていたくらい。
私もス●バ大好き人間なので、身につまされる思いがした。自分が何の気なしに買っている「本日のコーヒー」とか「フラペチーノ」とか「キャラメルマキアート」(大抵この中のどれかになる)。
それを飲み、至福の時に浸るとき、その裏ではコーヒー農家が身を粉に働いている姿など想像もしたことがなかったから。。
K先生は(前期には信じられないが『優』をくれた
自分でそのとき書いたレポートが、自分で信じられない・笑 こんなこと書いたっけ?という感じなのだ)「ス●バに行った際はフェアトレードのコーヒー豆を使ったコーヒーを頼むのも自分たちにできることのひとつかもしれない」と言った。
・・・でもそれも、どこまで「フェア」なのかは誰にもわからない。。
いつも見慣れたK先生のTAのFさんが見当たらないと思ったら、なんと今期からフルブライトの奨学制度を利用してアメリカの大学へ日本語を教えるプログラムに参加しているらしい。活動的な彼女だが、留学はこれで二度目。その行動力には頭が下がる
基本、Kゼミの人・・・特に先生のTAをするような子は、留学経験ありな子ばかりだ。そういうゼミらしい。
留学・・・一度は本気でしてみたいと思うけれど、大学の寮に入って・・・というよりは、ホームステイしながら現地の学校に通えたらなというのが私の理想。なかなか大学レベルの長期留学でそれは難しいけれど
今日はひどい偏頭痛でゼミを休むハメに。。そろそろ自分の見解や調べたことを活字化していかなければヤバい今日この頃。。そういえば友達のKくんは去年12月の頭にはもう書き上げたって言ってた気がする。。
骨組みとしては、序論で現在の文法事項(私の場合は現在完了)を取り巻く状況を述べ、1・2章で現在の文法書に書かれてある見解をまとめる。 そして第3章では持論を展開し、1・2章で述べた見解を覆す・・・と言った具合だが、なかなかハードだ
偏頭痛の原因は、ひどい肩こりだった。凝り性なのに普段は無自覚だから、凝りかたまるまで気がつかない。
今日も頭がいたいので、何気なく肩を押してみて、「ぃ・・・(たぃ)」
「凝りが痛みに変わったら・・・」てやつ、リアルに買いたい。。笑
カルテ
深夜1時。卒論作業の合間に小腹が空いたのでコンビニへ。
ふらっとジャージにTシャツで外に出て、気温の差に驚いた。さ、寒い
秋は確実にすぐとなりまでやってきているらしい。
夕焼けが一番澄むのもこの季節。オレンジ色の羽衣をまとった大学院棟と図書館が好きだ。レンガ調の壁にその色はよく映える
秋のうちに、そんな学舎をデジカメにおさめておこう。ここで迎える最後の秋だ。





「ぐぅぅぅぅ~」
地味だが派手な音が響いた。私は苦笑いをP.T.に向かって投げる。
昼食はしっかりと摂った。まだ昼の14時。おなかが減るような時間帯ではない。自分の腹の虫が鳴って気がついたが、私の胃は朝から何も食べていないかのように空っぽだった。腸も蠕動運動が活発になっている。
P.T.は笑って、「この訓練してるとねぇ、腹圧が掛かるらしくて胃腸の動きが活発になるみたいなん。ちっちゃい子なんか訓練中にウ●チしちゃう子もいるのよ~。おもしろいで」
便秘解消に良さそうね・笑
いつもリハビリが終わると、ピンク色のナイロン製のバッグを渡される。それを受付に持っていって、診療に掛かった費用を支払うシステムになっているのだ。
いつもはピンクのバッグの中に何が入っているのか気に留めたことはない。しかし、今日はふと気になった。
更衣室に行き、そのピンクのバッグを開けてみた。一つ目は、医療点数を書いた紙。
もうひとつは、私のカルテ。
リハビリはどこか、医療とはまた別のカテゴリに入れてしまいがちなので、はじめカルテというものがピンと来なかった。
好奇心に駆られるままにめくって見る・・・。そこには状態が事細かに記されていた。何気ない世間話で言った足の状態なども落とすことなく書かれている。会話をしながらメモを取ったりなどということを担当のP.T.はしていないので、全部記憶していることになる。
「0歳からP.T.を開始(ボバース)しかし、泣いて訓練にならないため、3歳ごろまで中断。再開してから高校卒業まで続行。大学入学と同時に来阪。一人暮らしである。それからは帰省時にのみP.T.を受けていたが、本人が身体能力の低下に不安を感じ、当院を紹介され、受診に至った模様。」
こんなことまで喋ったっけ??(・ω・?)
「歩けなくなるのではないかと不安を訴える。以前と同じように何かができないことが歯がゆいようだ」
「就職活動開始。パンプスでの会社間の移動に疲労を訴える。『キツい』と漏らす。足裏に多数のタコが見られる」
「右股関節に多少の縮みあり。痛みあり。一過性でよくあるようだ」
「右足首に擦過傷あり。サンダルのベルトで負傷。」
・・・・・「負傷」って・笑 そんな大げさなもんじゃないのに
「自動車教習開始(上肢操作用)手動装置の難しさを訴える。運転中に上肢の傾きあり。シートベルトをめいっぱい閉めるよう伝える」
そういえば、そんなこともあったなぁ。。教習を始めたばかりの頃、運転中に上半身が左に傾くのだ。元々何かに集中したり熱中したときにそうなりやすく、子どもの頃なんかはゲームをしながら体がぐんぐん傾いていって、それでもコントローラーを放さない私に両親は呆れ顔だった・笑
教習のときも運転に集中するあまりだと思う。そういえば最近、傾きはほとんど見られなくなっている。それだけ運転に慣れてきたということなのだろう
「本人談『最近ヒールのある靴をほとんど買っていない。見ても買おうと思わなくなった』機能低下のためか?」
靴箱で眠ったままになってるなぁ・・・昔の靴。。
一箇所、リハビリではない日に記述があった。
「本人から電話。教員採用試験一次試験合格」
足とは直接関係ないことだけれど、ちょっとそれを見てうれしくなった
あとは何語かよくわからない言語で機能的(足の)なことが書いてあった。カルテだからドイツ語だろうか。
カルテの中にも、普段はわからないP.T.の心遣いが見て取れる。なかなか、ここまで細かく普通は見ていないものだ。
P.T.やO.T.を受けている皆さん、機会があれば自分や自分のお子さんのカルテ、見てみるのもおもしろいですよ
和んだふる☆
- 2008/09/23 (Tue)
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後期が始まった。もう聴講を入れても週に2回しかないので、なんだか夏休みが明けた・・・という感じが一向に湧いて来ない
昨日大学前通りを歩いていて、学生が多いのに気づいてようやく「あー今日から学校か」と実感したくらいだ
昨日は、卒業式で着る袴の展示予約会に行ってきたw
事前にネットのレンタルも調べてみたが、こちらは驚くほど安い
・・・が、そのほとんどが絹ではなくポリエステル。
学校と提携しているレンタルメーカーはどこもそれなりの値段がするので絹かと思いきや、絹のものは少しだけでほとんどがポリエステルだった。
振袖のレンタルもポリエステルが増えてきているらしい。まぁ触ってみなければ素材の差などわからないし、遠くから見たらどちらも一緒の見栄えだけど
ポリエステルの方が絹より軽いからきていて負担も少ないし、クリーニングが容易。更に虫に食われる心配もない。こうした利便性が大きいから絹
ポリエステルになってきてるんだろうな。
母は「どうせ借りるのなら絹を」と言ったが、絹のものは柄が寂しいものばかりだったので遠慮することに。やっぱり卒業式は人生で1回だし、気に入った柄を着たい
今回の袴選びは、私自身並々ならぬ気合を入れていた。
元々私自身、和服がすきなタチらしい。インターネットの和服のページとか見ていても飽きないし、まして本物を眺めるとなればもうテンションは


こんな感じw笑
それに加えて、色々思い入れがあったのだ。
幼少期から服の事などまったく興味がない母であったということで七五三は普段着。浴衣に関しては欲しがる私を見かねて祖母が買ってくれた。少し大きめのサイズを買って、みあげ・肩揚げをして小学生の間は着続けたw 物を捨てられない母の事だからまだたんすのどこかで眠っているだろう。
成人式のときも母は着物を着るんなら着なさいと言った。・・・が、母は振袖のレンタルがせいぜい4、5万で済むと思っていた。何もかも含めると、大卒の初任給より高いかも
姉妹が多く、全員使うならレンタルより安くつく・・・と買った子の話では、買うと100万近くするらしい。着物1枚なのに軽自動車が買える・・・・

というわけで、成人式も着ず。。自分もそれまで振袖レンタルがいくらするのか調べなかったし、お金を貯めようともしなかったから仕方がないけどね
笑
その年の3月。たまたま大学の卒業式の日に大学を通りかかったら袴姿の女の子がたくさんいた。大学の卒業式が袴だということは何となく知っていたが、こんなにキレイなものか驚いた。
それ以来、「私も卒業式には袴を着る
」と思い続けて・・・昨日予約してきましたw
人生初和服
それももちろんうれしいけど、4年間色んなものを吸収して、4年前よりいくらか成長した自分にご褒美というのも大きい

展示予約会の初日はおばと、最終日はゼミの子と行ってきた
和服にあまり詳しくなく息子ばかりのおばは、
「へぇ~、着物の上から袴着るんやね」「袴用の着物は短いんや」と終始オドロキっぱなし
何を見ても真っ先に値札をチェックする(笑)私を見ておばが、「何やったら卒業祝いでおばちゃんが出すよ」と言ってくれたが、それは断っておいた。はい、お願いしまーすというには少々高い
でもその気持ちはすごくうれしい
ありがとぅおばちゃん(*´∀`*) 
一番安い着物&袴なら上下で15000円ほどで済む・・・が、やはり超シンプル。。今回多少の値段の違いは気にしないことにした。晴れの日に着るものだ。この際、貧乏根性は捨ててやる・笑
赤・黄・白・青・黒・緑などなど、本当に色んな色柄があるし、同じような色味でも微妙に違ったりもしてみてるだけで楽しい
特に袴は色の濃淡が違うだけでも着物の印象までガラリと変わる。
前々からあこがれていたのは真っ赤。1回のとき、袴姿の先輩たちを見たときひときわその中で目を引いたのが真紅の着物に深緑の袴。きていた人がきれいな人だったというのもあるけどね
でも合わせてみると着ているというより「着られている」という感じ
普段あまり服でも赤は着ないなぁ・・・そういえば。。
赤の着物の横を後ろ髪を引かれながらスルー・・・スルー
うにゃん
カタログでベッキーが着ていた深めの赤もキレイだったけどそれを見て母は(実家にも学校からカタログが届いている)「これはベッキーちゃんが着てるからかわいいのよ~あんたは・・・」
ふん・・・わかってるわょ プ━(-ε´-。)━ゥ
憧れていた赤が「・・・・」なのがわかったところで、もうこれは私の普段のコンセプトでもある「淡い色がいいです」
目の覚めるような青も着たかったし、これは似合わないこともないだろうけど、袴が濃い色にする
と決めていたので、目の覚めるような青にすると下は濃い色にできない
なかなか難しい・・・・・。。
ためしに白を着てみたwやっぱし落ち着く
笑
ターゲットを白に絞ってみていくと、初日で着物は「コレ
」というのが見つかった
が、袴がどうもしっくりこない。ので2日目に持ち越し。
店の人はすそに刺繍の入った袴を薦められる。ぱっと見はそっちの方が華やかに見えるのだが実際私が着てみると何もないシンプルなのの方が似合うと判明
やっぱ着てみないとわからんもんやねw
着たい色と似合う色はやっぱり違うなぁ・・・と痛感
大正浪漫なんて言葉がピッタリの矢絣柄もあった。着る子は少ないだろうと思ったが進んで選ぶ子はやはりよく似合う
私も、着物はさっと目星をつけたものの、それに合わせる袴に悩んでいた。はじめはまったくの無地を予想していたが、着物コンサルタントに「ぼかしも合いますよ」と薦められた
濃い紫に水を含ませたような紫の濃淡。裾が一番濃く、胴に上がって行くにつれ薄くなっていく。
合わせてみるとなるほどかわいい
が、胴の色が薄いので、どうしても「ぼわ」っとした印象になってしまう。
むむむむ~ん
(悩)
そうすると「(卒業式)当日は重ね襟もつけますので印象が変わりますよ。つけてみますか」と落ち着いたスモーキーピンクの重ね襟をつけて頂いたwこれだけでもコンサルタントのおばちゃんが言うように印象が変わる。
和服ってフシギ
そうすると胴が濃い袴より最初にいいと言っていた方にした
はじめにイメージしていたのよりはだいぶ違う着物&袴になったが、自分の好みに合うものを選べてよかった
最後の最後にクリーム色の着物とめちゃめちゃ迷って、友達にも着比べたのを見てもらったが、白にもクリームにも違う良さがある。
クリーム色の方が「元気!」っていう感じもするし、明るさも加わる。白は凛とした印象になる。
クリーム、着やんかったらよかった・・・(めっちゃ迷ってる)
そしたらコンサルタントの方が、「柄はどちらが好きなの?」
「柄はこっち(白)です」
「じゃぁ柄の好きなほうで選んだほうが確実よ」とおっしゃったのでそれに決定
白地に桜やのし模様。小振袖の下になるほど白から薄紫に変化していく。袴は紫から深い紫のグラデーション。
バラにリボン・・・なんて姫系の柄もあったけど、やっぱ和服だから日本伝統の柄がいいゎ
袴を相変わらず毛嫌いする母には「まぁ一番無難なんじゃない」とそっけないコメントしかもらえなかったが、まぁ母の事だから否定されなかっただけあり難い。でも「似合うんちゃうん」とか言って欲しかったな。。お母さんと一緒に見に来てた子も結構いて羨ましかった。
みんなレンタルの値段を聞いてびっくりし、親に大丈夫なのかどうか確認を取る子もいたりして、不思議な感じがした。
・・・そうか。皆は親に出してもらうのか。。そうよね、普通はそれが当たり前・・・なのかな。
親に写メを送ってどっちがいいか意見を仰いでいる子もいたり。。
私はすべて事後報告。。笑
一応卒業式当日に「え~そんなんかよぉ~」なんて文句を言われても楽しくないので、一応これにしようかと思うんやけど・・・ということは告げた。
着物と袴を気に入ったのにする分、切り詰められるところは全部切り詰めようと、腰紐や伊達締めなど着付けにいる小道具はおばあちゃんが持っているものを使うことにして、2100円節約。さらに友達と同じ店で契約したので「友達割引」で1050円OFF
ふふふ~ん
そこで面白かったのが、
め:「もしもしお母さん。おばあちゃん着物着ることあったやんね?腰紐とか伊達締めとかあるかなぁ??聞いて」
10分後・・・
母:「あー聞いたよ。あるって。腰紐と・・・伊達巻・・・」
・・・・・・・・・・・・ぷっ・・・・・・。。笑
伊達巻(食べ物)
伊達締め
やってくれるぜ・・・オカン。。笑
父親は「気にいったん予約できてよかったわら(よかったやん)」
「カタログに載ってるのんやでぇ
見た?」
「見るかい、あんなん」
まぁね・・・男の人が熱心に見てても親ばかみたいでキモいしね・笑
今日は祖母から電話があり、「お母さんから紫のんにしたって聞いたよーw紫がいいよ。学生らしい」
深緑と迷ったと言うと、「深緑は宝塚の色やね」
そうなんか。知らんかった
何はともあれ、おばあちゃんの反応もいいしよかった
卒業式には実物を見て欲しいけど、ウチの大学の坂道は半端ないし、おばあちゃんは86歳。無理かな
その分当日はいっぱい写真を撮っておこう
Bridge between........
関西テレビで午後行われていた「ザ・ドキュメント」を見た。
以下、関西テレビのHPより抜粋させていただいた。
自立への絆 ~地域療育の現場から~
語り:豊田康雄(関西テレビ放送)
- 企画意図
平成17年の「発達障害者支援法」、18年の「障害者自立支援法」、19年には「特別支援教育を推進する学校教育法の施行」…。障害児・障害者を取り巻く環境がここ数年で激変している。これまでの療育を支えていた自治体の福祉予算は頭打ちとなり、「病院から在宅へ」の時代の流れが加速した。支援の現場は金も人も火の車。医療的ケアが必要でも、医師が不足している。家族による介護にも限界がある。
障害児支援は、「施設から地域へ」の舵は切られたが、「地域で障害児が自立する」ための明確な処方箋は、法律や行政からは見えてこない。その上、障害者と家族にとって、お互いの事情はそれぞれ異なる。一致しているのは、障害児を育てる親と本人たちの、自立への懸命の模索だ。番組では、さまざまな障害児の親子の家庭・療育現場を通して、「地域での自立」には何が必要かを考える。
- 番組内容
「兵庫県立のじぎく療育センター(神戸市西区)」。今年3月、50年の歴史に幕を閉じた。「医療・福祉・教育」の3つが併設され、30年前は、理想的療育環境の施設と言われた。その頃は最新の医療技術を求め、220のベッドは満床状態だった。しかしその後、医師不足や赤字財政などさまざまな要因で、廃止となった。ここに通っていた700人は、バラバラになった。「医療的ケアも必要な障害児の施設をつくる」という当初の説明は反故にされ、医師不足もあって、リハビリ病棟さえオープンできていない。
由良典子さんは、「のじぎく療育センター」で歯科衛生士として働いていた。障害児をもつお母さんたちに「障害児の母だから仕事できないはおかしい。自立しましょう」と声をかけてた。息子の中学3年の泰輔さんは筋ジストロフィー。筋ジストロフィーは筋力が落ち体が硬直する難病。限られた時間、出来るだけ泰輔さんと一緒に居たいと思うので、仕事は短時間だけにして家族との時間を大事にしている。その時間を預かってくれる施設のデイサービスに頼るのだが、体調が悪い時は、吸引など医療的ケアが必要で、受け入れてくれる施設が極端に減る。同じように「のじぎく」に子供が通っていた家族会副代表の平山真由美さんとともに、療育施設「ルネス花北(姫路市)」を見学にいく。そこで出会った宮田所長のある言葉から、自分たちの将来の有るべき姿が少しずつ見えてくる。
この「ルネス花北」に通う障害児の3つ子(6歳)がいる。姫路市に住む萩原さん一家。2歳から5歳の間、外来保育で障害児の子育てを伝授された。学んだことはリハビリの方法や抱き方などのノウハウだ。それはすなわち、「子どもをどのように自立させるか考える親の姿勢を作る」ことだった。3人で障害が一番重い、レナさんは就学にあたって、他の兄弟とともに「普通小学校へ行く」と譲らない。両親や「ルネス」の職員は、レナさんの強い意思をサポートする。この地域では、公立小学校に進学するためには、「就学指導」という壁がある。「加配」の先生のための予算繰りが、教育行政では先行してしまうのだ。6歳児3人兄妹はこの壁に向かってゆく。
- スタッフ
ディレクター:塩川恵造
撮影:松本比呂之
編集:中島福夫
http://www.ktv.co.jp/b/document/index.htmlより。
豊田アナの声が密かに好きなので、ナレーションが豊田アナだとうれしい
笑
家では子どもに絵本を読んだりもするのだそうで。結構演技もお上手な方なので、子どもさんが羨ましい
ま、そんなことは置いといて
このHPに書かれている「加配」とは担任の先生とは別に、障がい児のサポートのためにその児童にもうひとり先生を配置することだ。私も小学生のときは体育や遠足、さらには低学年のときはお手洗いまで隣についてきてくれた(尤もトイレの個室までは入らないが)。私の場合、先生についてきてもらわねば何かができないというわけではなかったけれど、担任の先生の負担は減る。
特に低学年だとごちゃごちゃしてしまいがちな児童に加えて私にまで気を配るとなれば、神経を研ぎ澄ませていなければならないだろう。
私はまだ恵まれていた。自治体にその予算を組むだけの余裕もあったし、自治体の受け入れ態勢が非常に整っていたのだ。
このドキュメントの兵庫県の例のように、特別なテストをさせられることもなく他の子がする就学前検診と少しの知能テストのみで普通学級に入れた。
もちろん、入学前には両親と共に何度も何度も学校をおとずれ、階段の手すりの増設だとかトイレに洋式便器をひとつつけてもらう事など、さまざまなサポートをしていただいた。
私はまだ人の親になったことがないので、親の話を聞いたり同じような障がい児を持つお母さんの話を聞くしかないのだが、今まで障がいを持った人と関わったことがほとんどないお母さんたちが、自分の子どもに障がいがあると知らされてまず思うのは「育てられるのか」ということらしい。うちの母親もそう思ったらしいし。
しかし、親は強くなっていくものだと周りのお母さん方を見て思う。
でもそんなお母さんたちとて、ひとりで頑張れる筈はない。なかには一人で乗り切ってしまう超人的なオカンもいるのかもしれないけれど、どんなに肝っ玉母ちゃんでもやはり心細い時、しんどい時、悩む時はある。
そういうときはやはり専門的な知識を持った人が相談に乗ったりすることとか、そうでなくても悩みやグチを気軽に言える誰かがお母さんの近くにいることが理想的。
私のように、望めば普通学級にいけることの裏にはいくつものハードルがあるということ、このドキュメンタリーを見るまでは感じなかった。
特別支援学校も特別支援学校の良さがある。本人の障がいの程度にあわせて、負荷の少ない環境で学校生活が送れること、本人に合わせた訓練の時間もあることなどなど。
しかし、最終的に彼らが適応していかなければならないのは健常者が圧倒的多数であるこの社会で。普通学級に通うことは特別支援に比べて困難も多いかもしれないけれど、いつかも書いたように、それに適応していくことが本人の力にもなるし、周りにも良い影響を与えるものなのだ。
私が一般枠でも受けられるのに身障の採用枠で受けたのもこういうところにある。もちろん先生の後押しというのもあるが・・・。。
本人も親御さんも「普通学級に」という意思があるのに、入るまでにこれほどの大変さがあるのは理不尽だ。本人に、少しこちらが助けることで適応できるだけの力があるならば、個別にテストやその他もろもろの大変な手順を踏まなくてもいけるように対応していけるのが理想的だ。
そういうハードルが高い一因は、やはり障がいに対する知識が少なかったり、前例がないとしり込みすることであったりするだろう。あるいは何か起きたときに学校側が責任をもてないということかもしれない。
でも多くの子どもやその親御さんは、学校側が故意に見落としたりほうっておいたのでなければ多少のケガ等では何も言わないし、学校側を責めもしないだろうと思う。普通学級に・・・と言った時点で、ある程度は覚悟を決めているだろうしね。健常児だってケガはする。
私が教師になったら、事例は少ないかもしれないけれど、そういう生徒がいた場合、積極的に間に入るなどして普通学級への適応を助けたい。と同時に不安に思ってる親御さんの相談にも乗れたらと思う。障がい児の育児不安とかだと小学校が主なんだろうけど、中学・高校になってくるとお母さんがどう育てる云々もあるけど、やっぱ本人がこれからどうやって社会に出、そこに自分の居場所を見出すかも中心になってくる。
大変だけど、やりがいはあると思う。
障がいを持っていない生徒たちには、自分の経験の中の些細なこと、これも折に触れて語っていきたいな
案外、その道のプロであるP.T.や相談に乗る機会も多いであろう保健師・社会福祉士でさえ、当事者でなければわからないことが多々あると言う。
そういえば私が「●●(某ショッピングセンター)のエスカレーター、レジの近くのほうは流れる速度が速くて怖いけど、エレベーターの近くのは少しゆっくり目だから乗りやすい」と友達に言ったら、その後、
「めぐさんに言われてから色んなとこのエスカレーターの速さが気になるようになってもた」と笑いながら苦情を言われた・笑
でも、そうして少しでも多くの人が気がついてくれるようになると私はうれしい。
バリアフリーは昔に比べるとだいぶ進んできたけれど、まだまだ多くの人にとって快適とは言えない。スロープだって、あっても角度が急ならば車椅子は転がり落ちていってしまう。
2つの世界の狭間で生きてきた私。中途半端かもしれないけれど、これからはその世界の架け橋になりたいのだ。これからを担う多くの子どもたちに何か伝えられたら
その思い、教委の人に伝わったかな。
あくびがでるような・・・
- 2008/09/20 (Sat)
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四国から隣人が戻ってきた。長い長い帰省を終えたらしい。
駐車場には見覚えのあるヴィッツに、家からは煮炊きをするいいにおい。お母さんも一緒に来たらしい。ヴィッツがいなくならないから、今日はお母さんが泊まっていくのだろう。
隣人は長男なのか、ちょくちょくお母さんがこうしてヴィッツに乗ってやってくる。そしてせっせと世話を焼く。快活そうないいお母さんだ。
冷凍庫に入れてある作り置きのカレーで済まそうと思ったけれど、隣から漂ってくるいいにおいがなんか悔しかったので、急遽スーパーに行ってエビを買いエビチリを作って、換気扇で盛大にそのかおりを振りまいておいた
笑
最近、前ログに書いた靴下のほかに秋物をいくつかそろえた
その中でも特に気に入ってるのがコレ
NANATONE(ナナトーン)というブランドのブラックウォッチ柄のキュロット
BW柄、昔からほんまに好きで気づけば街でもこの柄を見つけると吸い寄せられていくので友達に呆れられる・笑 「めぐさんが目をハートにしてどこかに吸い寄せられたらその店にBWの品物がある」なんていわれる始末。当たっているだけに何も言えない
ナナトーンはナチュラルテイストのブランドの中では結構いいもののうちに入るので、お値段も結構・・・なのだが、オークションで半額以下でGET
出品者の方が数回着用したものらしいけれど、届いてみると新品同様にキレイ
生地もしっかりしていて、自分の体型さえ維持すれば長い間着られそうな質のいいものだった。さすがイイものは違うなぁ
値が張るものは絶対定価では買わない。私の鉄則
今年の秋冬はこれとブーツwwわくわくする~
なんかここのところ、買ったものの購入報告とかあんまり中身のないログで申し訳ない・・・
4回ともなれば卒論以外何も変化がないのだ・・・
学校が始まればもう少し面白みのあるものになると思います。
教習の方はたぶんお情けで縦列駐車のハンコを4回目にして貰い、次は一通り近所を走って回って、立体駐車場へ進出するらしい。
百貨店や駅ビル、都会ではその駐車場のほとんどが立体だけれど・・・怖いよぉぉ
私の地元なんて、立体駐車場探すほうが難しいよ。。1000台でも余裕で平地で確保できてしまうからなぁ。
最近にわかに免許に現実味を帯び始めたので、口をついて出る自作の鼻歌が・・・
たとえば洗濯物を干しながら・・・
童謡「ちょうちょ」の替え歌で「まーち」笑
まぁち、まぁち、めぐさん乗るぞ。さくらのまぁちにめぐさん乗るぞ
とか。とにかく車の名前は「マーチ」しか出ない・笑 あの車はかわいい
まぁ・・・無事教採に受かったとしても初任給で新車を買うのは厳しいので・・・中古車になると思うけど、中古だろうがとにかく現行の(ライトが細長くてカエルみたいなフェイスの
)まーちに乗りたい。
数年前にマーチがフルモデルチェンジされて、今のかわいいカタチになったのは私がまだ中学か高校のはじめごろだったけど、CMを見た瞬間、「免許取ったらコレに乗る
」といったほど。
途中でヴィッツがいいとかなんとかふらふらもしましたが、やっぱ私の相棒はまぁち君
父親は昔勤めていたメーカーの車を進めるけれど、マーチにはかなわないよwwごめんね父ちゃん
笑
明日は袴の展示会に行ってきますww馬子にも衣装~
笑 そしておばさまとランチ
別に私はおばちゃん家の冷蔵庫整理とかでもいいんだけどなぁ・笑 まぁ息子が2人もいればおかずは余らないか
久々にいとこの家の柴犬チャンにもあいたいんだけど
わんこ~
(犬超好き)
月曜は友達2人についてきて~と頼まれ・・・私、保護者的な要素が強いのでしょうか??笑
☆秋☆
- 2008/09/18 (Thu)
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靴下を買うときは、行く店が決まっている。
靴下専門店(レギンスとかちょっとした部屋着も置いてあるけど)で、結構支店の数も多いのでどこに遊びに行ったときでも大抵寄れる。品数も多くて靴下なら3足1000円(この値段は譲れない・笑)。しかもココのストッキングは安いのに伝線しにくい
そろそろサンダルの時期も終わりに差し掛かっているので、久しぶりに店に行ってみた。秋らしく茶色や紫、マスタードなどの色や、アーガイルやチェック柄が目立つ。
今年は柄物のタイツが流行るのか、アーガイルやチェック柄のタイツまで売っていた。かわいいけど、私が履いて似合うのかな・・・柄物タイツ。。間違ったゴスロリに見えそうで恐ろしい・・・笑

バイトにはストッキングか無地の地味な靴下を履いていくことが多いけれど、もう無地の靴下はバイトで十分回るくらいは持っていたので思い切って柄物を買ってみたw普段なら子どもっぽいかな・・・と敬遠するような柄も初チャレンジ
写真のファイルサイズが大きすぎてココには載せられないのが残念だけれど、不思議の国のアリスをモチーフにしたものでアリスと時計うさぎの刺繍があります
めっちゃかわいいでぇ
みなさんによくなじみのあるのはディズニー映画の「不思議の国のアリス」だと思うけれど、(私は幼心にあの白地に真っ赤なハートのパンツを履いたイジワルなオバサンが強烈に印象に残っている・笑)原作はあんなににぎやかなものではなくて、アニメのイメージの強い人には違和感を覚えるかもしれない。
私のゼミにも今、アリスを英語学的観点からのアプローチで卒論を書いてる子がいる。
アリスといえば「英文学」っていう括りに入れられがちだけれど、なかなか語学的観点から見れる箇所もたくさんあるのだ。私は原書はさらっと冒頭の穴に落ちるところに講義で触れただけだから、全然詳しくないけれど・・・でも冒頭だけでも1600字のレポートにできるくらい奥が深いw
とりあえず秋冬のあったかい靴下GET
最近、リハビリの帰りに梅田やI駅などの駅ビル周辺の店をうろうろしてまわり、小額の買い物をするのが楽しみの1つなのだ
それは今回のように靴下3足であったり、紀伊国屋で文庫を買ったりすることもあるし、些細な化粧品であったりもする。尤も化粧品は一旦買ってしまえばなかなかなくならないので、買うことは稀だけどね
たいていは本や便箋などの文房具であることが多い。
春先から使っているアイシャドウがもう掘り込むまで使っていてなくなりそうなので、そろそろ買いたいところ。
学校が休みの間はバイト以外そんなにマトモな化粧をしなくても済んだけど、始まるとそうもいかない。
まぁ後期は卒論やゼミも入れて合計7単位。実習の単位も含まれているから実質ゼミと教職で必修の英米文化以外は授業がなく卒論執筆に専念すればいい状況。
楽だが、制限単位である28単位だろうが1単位だろうが、履修している単位数に関係なく学費は一定だから、登録はしなくても色々な授業にちょくちょく顔を出してみるつもりにはしている。
特にB先生の英語学研究は本格的に聴講しようと思っているものの1つだ。教育実習の事後指導が同じ時間に登録してあるのだが、9月に実習に行く人向けで、実質6月に実習に行った人は秋学期は出席しなくていいことになっている。しかし、単位の都合上講義がなくても登録しておかねばならない。
なのでB先生の授業を正式に登録できないのは残念だけれど、最後だし単位にはならなくても是非聴いておきたい
B先生に本格的に聴講する旨を伝えなければと思いつつ、自分の言いたい事を翻訳するのが面倒くさくてメールはまだだ。早くしな
問題がひとつ。B先生の講義を例の「オジサマ」も受講するらしいということ
まぁA先生のときみたいにおじさんとウマが合わない先生というわけでもないし、(B先生の授業なら嬉々として質問に行く。どうせ取ったんならどの授業もそれくらいの気合で行けよと思ってしまう)私もB先生の研究領域にはA先生のものほど、講義に精通しているわけではないので、当てにもされないだろう。笑
いよいよ、大学最後、ラストセメスター
季節のせいもあるのかもしれないけれど、無性に「あと半年」に切ない気持ちになる。今まで私にとって学校とは居心地の良い場所ではなく、小学校の時は早く中学校に行きたかったし、中学のときは早く高校にいって大学に行きたかった。
長年焦がれた大学という場所は、私の想像以上に素晴らしく有意義で居心地の良い場所だった。
今までは早く先に進みたいという気持ちばかりだったのに、はじめてだ。卒業するのが寂しいと思えるのは
社会に出ても忘れないように・・・めまぐるしい時に擦り切らせてしまわぬように・・・。
こころにからだに、刻み付けておきたい。この大学を。
燃えるような夕日に包まれるキャンパスも、青い空に緑の芝生が鮮やかなことも、学食や購買の建物の屋上から見えるキレイな梅田の夜景も、芝生を囲む街路樹の安っぽいイルミネーションも・・・
鼻歌を歌いながら、チャリで5分走れば見にこれる・・・という当たり前の環境は、半年後には「贅沢な環境」になってしまうから。
でも私は時折来ると思う。着慣れた服のようにはきなれた靴のように、さらりとはじめから居心地のいい場所だったから。
今はいけるだけ行って、大学の空気を吸い込んでおきたい。
I Wanna Be Free...
数日前から兆候はあった。
洗濯物を取り込んでも畳む気になれず、ベッドの端のほうに服の山ができていく。着るときはその山の中を発掘して、裏返したままのそれを表返してそのまま着ていく。
一時的に面倒臭くてほうっておくことはよくある。しかし、3日以上続くことは極めて稀だ。山になる前に気づいてまとめて畳んでしまうから。
「あれが食べたい、これが食べたい」と思い浮かべて、それを作るための材料を買う。しかし、家に帰ってくると調理する気力がなくなっている。結局簡単にできるものや出来合いのもので済ませてしまい、食材は冷蔵庫に放り込んだまま。気づけばカビている。
こんな無気力があらわれはじめたら放置していてはいけないんだけれど、自分では「なんかしんどい」くらいにしかそのときは思わない。昨日みたいな明らかなモノが出るまで、それがその兆候だったことに気づかないのだ

馬鹿みたいに泣ける。呼吸も浅く速くなる。過呼吸になって倒れるのはマズい。一人暮らしだと倒れても誰も助けてはくれないのだ。
こういうときの対処法は心得ている。小さな袋を口元にあて、自分の吐いた二酸化炭素の多い息を吸うのだ。過呼吸からくる神経的な発作は血液中の酸素濃度が高くなりすぎることによって起こる。ひどい場合、脈拍は200を超え、全身が硬直する。それで病院にいくのはばかばかしいというものだ。病院に行ってもビニール袋という原始的な治療しかなされないし、まぁせいぜいそこに安定剤が加わるくらいだろう。それで高い医療費をとられるのは分に合わない。
絶対に死ぬことはない。しかし、その発作の最中はいっその事死んだほうが楽だと思うくらい苦しい。吸っても吸っても、酸素が自分の中に入ってこないような苦しさ。
頭の一角はひどく冷静で、これ以上過呼吸が続くと神経発作につながるとわかる。自分で深呼吸するように心がけ、ビニール袋を手に取り鼻と口を覆う。十分もすれば、いくぶん落ち着いてくる。
はじめてなったときは四肢が突っ張り、それはそれは苦しかったが当時同居していた両親は狭い家に住んでいるのにまったく気づかない。
母親は朝になるまで踏みつけようが何をしようが起きない。もしかしたらこの人は刺されても起きないんじゃないかとさえ思う。阪神大震災のときも、揺れがほとんどようやく終わるころ「何
」という具合だった。私はいつも自分ひとりでどうにかしてこなければならなかった。
・・・してこなければならなかったと言うより、そうするのが当たり前だと思っていた。
過呼吸の対処など慣れっこである。過呼吸に限ったことではない。過敏性もお手洗いに行こうとして倒れ、ガラス戸に体ごとぶつかってひどい音をたてるまで親は気づかない。胃が不調でもお手洗い以外の場所で吐かなければ親は知らない。熱があっても言わない。自分で体温をはかり、8度5分を超えていればやたら規則正しい生活をする。21時ごろ夏なのに布団を被って早寝をする私に両親がおかしいと思うまで、熱があることにも気づかない。
でもそんな自分がかなしいと思う。
誰彼かまわず夜中だろうが叩き起こして、「しんどい」「苦しい」と言いたい日もあった。突然襲ってくる途方もない不安感や寂しさに素直に「怖い」「寂しい」と叫びたい日もあった。
でも何が怖いのか、自分でもわからない。。
それを物心ついたころから実行したことはなかった。そして、そんな苦しみに周りのものは誰一人として気がつかなかった。
幼い頃の私にとって、夜が来るのが途方もない恐怖だった。夜の何が怖いのかさえ、怖がる自分がわからなかった。
自分は今日無事に眠りにつけるかとそればかり考えた。朝が来たときの安堵感は計り知れない。そんな綱渡りのような精神状態だった。
それが物心ついてから小5くらいまで毎日毎日だ。お化けが怖いのではない。暗闇が怖いのではない。
実体のない恐怖におびえることが、もしかしたら一番の恐怖かもしれない。
思えばあのときに誰かが気づいて、専門のカウンセラーにかかっていればよかったと思う。
他の家の子どもが不思議でならなかった。なぜTVなど観て笑ってご飯を食べられるのか。遊びつかれて、皆と別れ家路に着く。子どもにとっては楽しい夕食の時間である。
でも私は「ばいばーい。明日もまた遊ぼなー」なんて言葉を交わすと、恐怖に捉われた。
あのときの自分のどうしようもない不安感を思い出すのはひどく苦痛だ。
先日からあまりよくなかった母親との関係が一気に緊張状態になった。
彼女が人間として許せぬ言葉を吐いたのである。それが私の神経をささくれ立たせているとはつゆ知らず、彼女は今日も脳天気な声で電話を掛けて来る。。
彼女の精神年齢は、第二次反抗期の頃の子どもほどだと思う。何か言われて言い返さねば気がすまない。それがたとえ道徳的に許されるものではないものでも・・・である。
加えて、彼女は反抗期を経験せずに大人になった。厳しい母親のもとで、それでも子どもは親の言うことを利くものだと反抗しなかった。だから今度は自分の子どもを自分の意のままに操らねば気がすまない。
封を開けた手紙を無防備に置いておこうものなら読む、交換日記も了解なしに中を見る。机の引き出しすべてに鍵をつけたいと思った。
だが、彼女の意図に反して私は自我の強い子どもだった。たとえ親の言うことでもしたくないことはしたくない、したいことはしたいのだ。
そうして私がまだ小さいうちはそれでも力や何やらで私を抑え込むことはできたが、今やもう彼女の精神年齢をとうに超えてしまった私に彼女は理論では勝てない。彼女の持論が世間からずれているというのもある。いつだって正論を言うのは私ばかりになってしまった。
昔のように力で押さえつけようにも、もう今や母は私の片手で突き飛ばせてしまう。今となっては彼女がプライドを維持できるのは私の「親である」という客観的な事実だけだ。
だからまるで子どもの喧嘩のような台詞を吐いてまで私をぎゃふんと言わせたがる。
が、もうそこまで私も無分別ではないので、ぎゃふんどころか彼女をますます軽蔑する。悪循環だ。
いっそのこと関わりをなくせたら、この荷がどれだけ下りるだろうか。
しかし、父に電話しても日ごろからかかわろうとしないのを気にかけてかすぐ「おかんにかわろか」と言って、かわってしまう。数秒後には、あの脳天気な声が聞こえる。私はまた母親の居る世界を憂う。
牛丼のつゆと共に噛み締める・・・・・・。。
今日は久々のゼミだった。夏休み中ということもあってか、出席者は少なかった。すると先生、一人ずつ電話し始める
笑
受話器から漏れ聞こえる学生の声。
「あ~今向かってる途中ッス」という子から、「今から行きます」と言う子。はたまた先生の「待ってるから
」に失笑する子・笑
いやぁ休み明け早々おもしろいゎ
肝心の卒論系は教採があって、なぁ~んにも進んでいなかったけれど、先生と個別面談する間際にとある発見をして「よく見つけたな
」と褒められた

・・・がしかし、しばらく作業していなかったのが災いしたのか、また見解が伝統文法に戻っていると言うお叱りを受け・・・
とりあえず章ごとに何を書くかの骨組みは決まった。
あとは調べてきたことと、自分の意見を文章にすることに徹するのみ。。それもなかなか難しいけれど
ゼミの後は女子数人で、先生に大学前の某牛丼屋サンで晩御飯をご馳走になった
いつも先生は、先生のネタを真に受けやすいTさんを狙ってよく苛めはるのだが、「Tさんにさぁ『2人っきりで食事しよう』って言ったら『めぐちゃんが行くなら行きます』って言うんだぜ~ひどくないか?」
必死に「別に先生と食事するのが嫌って意味じゃないです
」と弁解するTさん。おもしろいなぁ。からかい甲斐があるから先生も余計言うんだろうな
人生初
牛丼屋~

なかなかああいう類のお店って女子一人や女子数人では入りにくいし、かといって大勢でノリで入ろうにもそうそうそんなに人数が集まらない・・・ということもあって、結構牛丼が食べたくても入れない子が多いと思う。
お肉ぅ~おつゆ~半熟卵
VIVA
牛丼
(意味不明) おいしかったです
完食
そこでとある事実が明らかに。。
「そうそう、めぐさん。あのオジサマ、試験の点がそれはもうひどくてねぇ・・・仕方がないから、お情けで点を上乗せして単位はあげたんですけれども・・・でもあれ、選択式だったでしょう?勉強したんですかねぇ??」
オジサマというのはむろん、少し前にここでも書いた科目履修生だ。
「え
本人に試験はどうでしたか?と尋ねたら『完璧でした』ってスゴい自慢されましたよ」
その場にいた全員失笑。。笑 でもほんまに自信満々やったし・・・
「名簿を見ましたらですね、後期も別の授業取ってるんだよなぁ。。・・・・参ったな。」
先生のささやかな本音だな~笑 まぁそう思うのもわかる。その履修生がろくに勉強もしないのに良い成績を取りたいなんて思っているのが丸わかりだから。
でもそれは2回生配当のクラスなので、私は聴講にでも行かない限り、出席することはない。オジサマの頼る相手がいないわけだ。自力でどうにかしなさいよ。ウチの大学はそんなに甘くない。
まだ大学に慣れて間もない2回生がカモにされないことを祈るばかり
一緒にいた院生の友達に内密の話があるというのでご飯を食べて少しして解散になったが、私は大学に自転車を置いていたため、その友達や先生と同じ方向に歩き始めた。
・・・が、そこで「内密」だと言っていたのに、先生、友達と話を始める。。
私が聞いていていいのか
と思ったが、もちろん私も口外する気はないし、話の中に出てきている人物が誰なのかもサッパリわからない。
まぁ私が信用されてるって事だろうなと思っていい風に受け取っておいた。
やがて大学に着いて、「私、自転車をこっちにおいてるので・・・」と2人とは反対方向に帰ろうとすると・・・
「明日どうせ用事ないんだろ~君も来なさい」
と有無を言わさず院生の友達ともども拉致られる
笑 行き先は先生行きつけのバー。ゼミの打ち上げや先生のお気に入りはよくここに連れてこられる。親友の卒業生Kくんもかつて何度か連れてこられたようだ。
バーの女主人に「彼女は細っこい割にガッツがあるんですよ~逆に彼女(院生)は体は大きいけれども・・・」
ちょっとうれしかったけど
・・・何のガッツ?地声の大きさとかなら泣くょ・笑
院生の方も決して・・・ということではない。彼女の人前では絶対に弱音や泣き言を言わないところはいつもすごいなぁと思わさせられる
飛び級で入った大学院で、年上の人たちに囲まれながら、勉強も難しく大変だろうにそれでも「辛い」とかは聞いたことがない。努力も人一倍している。
私はやっぱり「絶対」言わない、ところまでは到達できない。
でもそういう彼女だからこそ、誰か支えになる人が絶対に必要だと思うが。自然と集まるだろう、そういう人らは。
今日のゼミで卒論の具体的締切を言い渡された。ゼミ内提出は12月18日。どうしても無理なら25日。決して冬休みにはずれ込ませない。
リアルに数字として出されると、危機感が沸いてくる。早く書かねば
明日は久しく行っていなかった教習に出て、お昼からはUNIQLOに行こうと計画中
最近また痩せて、前までは少し大きめだったジーンズがとうとう「腰バン」に。。だぶだぶはやだー
本当はリーバイスがほしいところだが、そんなお金どう転んだって今は出ない。それにスキニーを買うならUNIQLOが安くて質もいい。伸びやすいから頻繁に洗わなきゃやけど。。
ついでに麻婆豆腐3人前(くらいなら1度で平らげる
)が分けずに入れられる大皿をGETしに行く予定です
明日はまぁぼちゃん
Me&Her
今日は久しぶりに、楽しさと虚しさが入り混じった日だった。
半年振りくらいに大学の友人に会い、映画「セックスアンドザシティ」を観て来た。元は海外ドラマだったのだが映画化されたらしい。どちらかと言うと女性向きの映画だが、男性が観ても女性の心理等が描写されているので興味深いかもしれない。ただ、カップル(特に付き合い始めて間もない)で行くと、若干気まずーくなる恐れ大である。。
映画はPG12だったが、友達と「子どもをつれてこういう映画は観たくないよね・・・」と言い合っていた。いっその事、R指定にした方がいい気がする。
若干きわどいシーンも入っているものの、アメリカの映画なら往々にしてこの程度はあるかなwという感じで、官能映画というよりは、ラブコメディの要素の方が多い。笑いを誘うシーンも多々あったし、最後はしんみりと考えるところ多いシーンで友達は泣いていた。
結婚、恋愛、妊娠・出産。。女性にまつわる人生の節目的トピックが多々盛り込まれている。
最終的には離婚の危機に瀕していた夫婦も仲直りし、主人公の女性も恋人とわだかまりが解けてハッピーエンド
でスカっとする展開であった。
再会
- 2008/09/01 (Mon)
- ☆日記★-日常全般-☆ |
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彼女と会うのは高校卒業以来である。休日でごった返す天王寺駅の改札。何しろ約4年ぶりの再会だ。こんな人ごみの中から見つけられるのか
とケータイを握り締めながら流れてくる人の群れに目をこらす。私の高校は化粧も髪の毛のカラーもパーマも校則で禁じられていて、バレない程度に薄化粧している子やストパーをあてている子はいたけれど、いたって飾っていない子が多かった。故に大学等に進んでから、「あの子誰?」的な変貌を遂げる子もいる。
黒のワンピにスキニーデニム。あとは面影。それだけが手がかり。
彼女の方が先に私を見つけ、声を掛けてきた。高校のときの面影はそのままだった。
「化粧をするのが面倒」とほとんど化粧っ気のない彼女だったが、そのかわいらしい容姿は変わっていない。
なるほど、オジサマによくナンパされるってわかる気がする。相手がオジサマじゃうれしくないだろうけど

まずカラオケ
カラオケに行くことがわかっていながら、前日クーラー直下で口を開けて寝てしまうという失態をしてしまった私。。普段寝ているときに口が開くことはあんまりないけど、疲れているときによくなる・・・。寝相も自分の健康を表すのかもしれない。風邪ではないものの、扁桃腺は真っ赤。。。違和感ありあり。でもカラオケをやめようっていう選択肢は微塵もない・笑
朝からお茶うがい、のど飴等々でのどをケア

歌うこととなればとてつもない気合が降って沸くのだ。
小6のとき、合唱団の演奏会の前日まで風邪で咳が止まらなくて「出たら迷惑かけるんちゃうか」なんて親に言われつつ、翌日起きたら咳は止まっていた
モチその日は熱唱
そして昨日も違和感なんて何のその
歌いまくる
私は小・中学時代と市の合唱団に所属していたが、彼女は高校時代、学校の合唱部員だった。
たぶん、廊下の端まで声が聞こえていたことだろう。やめてからも腹筋が増えた分、声量も増えた。彼女も声量の多さで合唱部でもピカイチだった。
いつも洋楽ばかり歌っているものの、今回は幅広く。
Ne-Yo、鬼束、宇多田、YUI、BSB、ゆず、ホイットニー・ヒューストン、合唱らしくラピュタの「君をのせて」笑 などなど。「君をのせて」は二人でハモってもよかったんだけど、二人ともパートはソプラノなのよね
ハモれな~ぃ。。どれだけ大きな声で歌っても苦情が来ない・・・のはカラオケのいいところ
笑散々歌って、日頃のストレスや鬱憤を晴らした(少なくとも私は
)後は、彼女のリクエストでプリクラを撮りにww私プリクラとか3年ぶり

最近ではすっかり写真メインになってしまってるからなぁ。PCにも取り込めるし。年々プリクラの機械ってゴツくなってるよね。。笑
3年ぶりのプリクラは感動でした。
すごぉ~い
毛穴が消えてる
笑肌すべすべ
笑私の顔には見えません
こんなん見せたら詐欺ゃろ・・・笑こんなに毛穴レスなお肌を現実にも目指したいものです。。
その後は、駅ナカのとんかつ屋でごっついボリュームのある定食を平らげる

ごはん、味噌汁、白身フライ・エビフライ・おろしハンバーグ・トマト・キャベツの豪華盛り


ごはんはおかわり自由で、これで1000円
素敵
笑友達は海鮮定食を頼み・・・二人で「とんかつ屋やのにとんかつを頼まへん私らって・・・邪道
」でもとんかつがメインのやつはいっぱい乗って(皿に)ないもんwww笑
とにかく食べたい人。揚げ物なんてなかなか普段しないから、揚げたてのエビフライとか白身フライとか・・・幸せ
ハンバーグのおろしソースもめっちゃおいしかった
その後色々と赤裸々トーク。4年ぶりとは思えぬスムーズな会話。高校のときも話はしても遊びに行くって事はなかったから新鮮

水曜は大学の友達と映画
遅ればせながらの夏休みが始動したwwCALENDAR
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プロフィール
詩を創るのが趣味。でも最近は忙しくてなかなか創作できません。
夕暮れの空が大好きですww
良い空があれば撮り貯めてますが、キレイに撮れないのがなやみ;
このブログでは日常や好きな音楽、本のレビューを綴ります☆徒然なる独り言にお付き合い下さい♪