Think&Said to Myself
日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw
丸腰になる勇気

更に厄介なことに、立位時や座位で痛むのは判るが寝ていても鈍痛が引かないのだ。そんな日々がもう2日も続いている。寝返りを頻繁にうったり、伸びをしてみたり、自主リハをしてみたりするのだが、多少その時は改善しても数十分経つとまた同じ状態に戻ってしまう。
2~3時間しか眠れない日々がもう2日。たった2日だけれど、前向きな思考を奪うには充分な時間。
夜中、真っ暗闇の中で、出てくるのはため息か「ふぇ~」「うにょぅ・・・」などと言った言葉にならない感情の擬音語ばかりである。
痛みが気になりだすと、余計気になる・・・という負のループも手伝って、もう精神状態はボロボロだ。
心の内では形容しようのない獣のような感情の猛りが渦巻いている。。だが、それを表には出せない。こんな時間に(こんな時間ではなくてもだけど)そんな事をしようものなら「おかしな人がいる」とたちまち通報されてしまうだろう。
こんなとき、人のぬくもりをひたむきに求めずにいられない。
この痛みに差し伸べてくれる手があれば、それだけで私の心は幾分安らげるのだろう。
座位の左寄りも顕著である。時折、意識して正常座位まで姿勢を戻すものの、ふと気づくと元の左に偏った状態に戻っている。脊柱のねじれも自分でわかる。。。
今日は、日直だったので1日中学校におり、来校者や電話の応対などをしていたが、それでも生徒のいない1日は長い。この機会にと、指導要録の記入をしたりフラッシュカード(単語を書いた細長い紙。みなさんの頃にもあったでしょ??)の作成をしたりしていたのだが、直せども直せども数分と経たぬうちに私の体は性懲りもなく、左に捩れ、傾くのだった。
言いようのない苛立ち。 ぶつける場所のない苛立ち。
手に持っていた『マッキー(油性マジック)』を思いっきり投げようとして、理性がそれを押し留め、結果、『マッキー』は机にピシャンと無機質な音がして転がった。
なんで、なんで。。
何を問うのかわからぬ問い。
もう、限界などとっくの昔におそらく超えてしまっているのだった。自分ひとりで持つには重すぎて、誰かに支えてほしくてほしくて仕方ないのだった。
でも、誰にそれを求めよう?
求める相手が決まったところで、私は手さえ伸ばせない。
ケータイを開き、S市の病院の番号を呼び出す。しばらく眺めていたものの、結局通話ボタンは押せず、担当のN先生のケータイ番号を呼び出す。
今はおそらく仕事中だろうから、留守電にメッセージだけでも入れておこうか。
それも結局しなかった。
N先生のクランケは私1人ではないのよ・・・・。。。
いっそ心が潰れてしまった方が楽だ。何も感じずに済む。
潰れそうで潰れないギリギリのところがいちばん苦しい。
そんな最悪の気分でいるところに知らぬケータイから、伝言が残っていた。
再生してみると、地元でお世話になったP.T.である。彼女の方からかけてくるのは初めてだ。
仕事が終わってから掛けなおし、今の状況を端的に話す。さすがに気がおかしくなりそうだ・・・とは言わなかったけれど。。
彼女の元・クランケである今、彼女には遠慮なく物を言う事ができた。
長期的に見て、やはりCPの実態尚且つ私の体の状態を適格に把握していて、それでいて精神面も頼れるような人物は私の現在の精神状態に関わらず、必要不可欠だということ。(そしてそれを満たす人物はP.T.のみ)
今のP.T.との関係が出来上がっているのであれば、気を遣うことなくどんどん自分の思いを伝えていけばいいということ。
それによって、仕事上P.T.はどうすべきか悩むことはあるかもしれないが、自責の念に駆られるというのとは違うということ。
地元の先生の言葉を要約するとこうなる。
口を開けば、負の形容詞ばかりがついて出そうになる。
辛い。痛い。苦しい。怖い。そしてそのどれにも分類されない感情たち。
それらが覆っている今の心は明るい色では決してないのだった。
『言いたくなければ言わなかったらいいけど、めぐちゃんとしては言いたいんでしょ?吐き出したいと思うなら吐き出したらいい。それで重たい患者だと思う人はいないよ。学校の先生も一緒でしょ?生徒が悩みを言いに来たからって「重たいな、うっとうしいな」とは思わないやろ。それと同じこと。』
わかるような、わからないような・・・。
痛みで眠れない夜中、地元の先生の言葉を反芻し、考えをめぐらす。
そもそも一体どんな顔をして、負の感情のオンパレードを並べ立てればよいのか。それを聞いた時の担当の先生のぎこちない平静が容易に脳裏に浮かべられる。
もし、そうなれば私は吐き出したことを後悔するだろう。
そして一度言った言葉は取り消せない。「なーーんて、弱気になってたらだめですね、あっはははー
」と取り繕う自信は皆無だ。でももう、誰かに吐き出さねば、そしてスルーじゃなくしっかり受け止めてもらわねば、私は崩れる。
悪い反応ばかり今は想定しているけれど、これがもしうまく転んでしっかりと私の気持ちを受け止めてもらえたなら、私はそこで精神の穏やかさを取り戻し、闘う力も湧くのだろう。
そして、負の自分を曝け出しても、人は自分を切り捨てない、という自信にも繋がる。
臆病者。仮面を取れ。鎧を脱げ。でなければ、生身の心の温かさは味わえぬ。
前向き。真面目。頑張りや。人を悪く言わない。努力家。明るい。人が私を形容するときの陽の部分。
しかしその裏にはほとんど誰も知らない私も棲んでいる。
悲観的。絶望的。後ろ向き。弱虫。泣き虫。欝。自尊心が低い。否定的。数え上げればキリがない。
そんな自分を人に曝して、人が去るのが怖いから、ある程度人間関係が成立してくると、陽の仮面を鎧をぴっちり身にまとうのだ。
そんな風に防御を完璧にすればするほど、直接生身の私の心に触れてもらう機会は少なくなる。結果、嫌われることもまぁ少ないが、どこかぎこちない。
現に担当のP.T.にも、私が仮面を被り始めた時期から、呼び方は名前から姓にさん付になり、くだけた口調は一転、敬語に変化した。自分より10は離れている私に対してである。
でも、心に鎧や仮面をかぶせないと怖くて怖くて仕方ない、臆病者。
自分を曝さずに相手にだけ曝してほしいなんて、虫が良すぎるのもいいところ。
丸腰になる勇気を持て。
鎧などなくても、仮面などなくても、そんな弱い自分でもあたたかさを求めて、素手で戦え。
確かに怖い。打たれれば弱い。
しかし、丸腰でなければ、手にしたぬくもりの本当のあたたかさは感じられない。
末期がんの患者が担当医に「死ぬのが怖い」と言ってならない言われはない。それと似たようなものではないか。
N先生に告げてみよう。
今辛いのだと。苦しいのだと。誰かに言いようのない苦しみをぶつけたいのだと。助けて、と。
口で言えば強がってしまうのならば、私には文章という武器がある。(と早速気合を入れてLOFTで新しい便箋を買った)
次の予約は21日。
先生の前で、果たして私は鎧を、仮面を捨て去れるのか。
もし本当にそれが出来、それが受け容れられたならば、私と先生は本当の意味でようやくP.T.とクランケになれるのだろう。
【追記】 しかし、どういう書き出しで始めればよいのだろう。無数に渦巻く感情をどこから吐けばいいのだろう。それを文章化するのも難しい。
お盆の間、試行錯誤しそうだ。恋の涯(は)て、螺旋の出口。
最近書きたいことがまた、溢れている。先月行ったライブレポも書きたいし、淀川花火レポも書きたいし、あぁ時間が足りない
先日、SNSのPTのコミュニティに医療従事者と患者の恋愛はタブーか否か、なんていうトピが立っていて、思わず食い入るように全コメントを読んでしまった

トピ主としてはタブー派で、だからこそ精神的なケアは誤解を招き、(患者に)勘違いさせてしまってはいけないので、あくまでP.T. O.T. Dr.なんかは身体的なケアに専念すべきで、精神的ケアはカウンセラーや心理士に任せればいいとか何とか言う持論だった。で、それに対して、他のP.T.やO.T.たちの賛否両論が繰り広げられていた。
なかなか興味深く拝見してしまった・笑
さて、複雑な気持ちを抱えたまま、訓練室に入り、『心のハロゲンヒーター』こと癒し系を一瞥した。
やっぱり彼は、『心のハロゲンヒーター』だった。見た瞬間、心がほぐれていくのがわかる。
絶対、汗腺から汗じゃなくて赤外線出してるに違いないよ、あの人
笑 現にリハビリしてても汗かいてんの見たことないもん
(いや、そんなわけないだろ) 絶対代わりに赤外線でてるよw笑私の方を見ているが、それは私ではなく私の歩き方を見ているのだ、というのは無論わかっている。
私が自分の順番を待っている間に、彼は自分の次のクランケのところへと向かった。
後姿からも、なぜか人を安心させるオーラを滲み出しまくっている。
ぼーっと何ともなしに、そんな背中を眺めていると不意に癒し系は振り返った。いつもなら、なんでもない振りをして視線を外すのだが、なぜかこの日は、そんな目線を受けたままでいた。
クランケの関節可動域を見ながら、穏やかな表情を注ぐ癒し系。
そんな癒し系の穏やかな目線を独占できる、幼いクランケに一瞬嫉妬した。
小学生に嫉妬するなんて、馬鹿みたいだよねぇ


クランケに指示を出す癒し系の声もいつも通り、春の陽だまりみたいで、心が一瞬にして氷解していく。
にじみ出てるのが赤外線なら、声にはα派でも含まれているのだろうか。
私の心に何の抵抗もなくすっと入り込み、すっぽりと心全体を包み込んでしまう。
それが、癒し系本人が持っている包容力なのか、この仕事をしていく上で身に着けたものなのかはわからない。
でも今の私には、必要だった。癒し系が与えてくれる安心感が。
ぼーっと癒し系を眺めているうちに気づいたことは、余裕があれば室内にいるあらゆるクランケを見ているということ。
私の歩き方にしてもそうだし、幼児のクランケの立位保持の様子も食い入るように眺めていた。
自分のクランケじゃないのに、なんでそこまで情熱を注げるのだろう?
私には不思議でならない。
そんな穏やかで優しい目線、優しい声は誰に対しても一律平等。当然だけれどね。。
癒し系を見ていたら、限りなく優しい雰囲気の中にも、そこに私情は一切挟まない強い意志がひしひしと伝わってくる。
もちろん、障がいと闘うクランケを手助けしたい、というP.T.としての、そしてそれ以前に人としての思いはあるにしても。
好意を確実に門前払いする、見えない壁が見えた気がした。
天地がひっくり返ろうとも、この人は女性クランケを決して人間のメスであるというカテゴリで見ないと確信した。
なんかね、彼のクランケを見るときの優しい眼差しの中に混じりけのない真摯さを感じた。そこにそんな不純なものは一切ないから。むしろ、期待するほうが彼に失礼だと・・・。
わかったよ、先生。
よーーーーーくわかったよ。
貴方も背中で語る男ですね

まだ少し時間は掛かるかもしれへんけど、ちゃんと私頑張ります。
純粋に100%尊敬だけに出来るようにね。その中の不純物(
)を取り除けるようにね。やっぱり、貴方は果てしなくプロですね。穏やかなオーラを放ちまくって、クランケを安心させはしても、クランケに隙を見せない。
いや、鑑っすよ、先生
かっこいい

この期に及んで、さらに好感度上げないでよね??

まぁでもそれは、私たちが生徒に女性としての隙は絶対見せないのと同じことだと思うから、理解できる。プロ意識を持ってやるなら当然すべきことだ。
まぁ、先生の場合は教師対生徒なんていう明らかに禁忌なものじゃないにしろ、既婚者だしねぇ。。。
やっぱりでも、癒し系を見ていて気がついたのは、『好き』は『好き』でもそこに性的な要素が絡んでいないということだ。
ややこしくしている原因はここなのかもしれない。
ここにもし、性的要素が絡んでいたならアッサリと結婚してるし
と割り切ることが出来たはず。でも、私が求めたのはどちらかと言えば、彼の「父性」??
ふらふらと彷徨う私が安心していられる大地みたいなあの頼もしさ。
ただあったかく優しいだけじゃなくて、時に鋭く護ってくれるという安心感。
「お父さん」みたいじゃん
笑 でも彼は私のお父さん・・・というような年齢には若干足りないけれどね
この安心感、ずっと欲しかったんだよね、私。
自分の父親も嫌いじゃないし、好きか嫌いかと言えば、好きと答えられるけど、でも、お父さんに心を預けたことはなかったよ。
何の心配もなく、この人に任せてれば大丈夫って思えたことはなくて、そんなぐっとしたものを昔から全部ひとりで飲み込んだよ。。
整外のDr.に『これ以上良くなりません。むしろ段々と悪くなるでしょう。』って言われたとき、辛そうな顔したから、そんな告知は私ひとりだけにしてほしいって思ったよ。私ひとりで受け止められるからって。
でも本当は、抱きしめて欲しかったな。。
そして「からだは悪くなっても、人生が悪くなるわけじゃない。大丈夫」って言ってほしかった。
でも、思わず辛そうな顔をしたお父さんの気持ちもわかるの。だから私はあの日のお父さんを責めない。
そこまで強い親もなかなかいないものね。
それにあんな安心感を放てる先生だって、我が子に似たような宣告をされれば、仕事のときのような感じではなくて「ひとりの父親」の顔になったかもしれないし。
自分のCPのことをほとんど自分で抱えて生きてくるのは、前向きな振りをしてても本当は辛かったし、誰かにすがりついて泣きじゃくりたい日も何度もあった。
それは昔だけじゃなくて今も。
でも、そうしたら、あなたたちが余計辛くなると思って我慢した。ひとりで頑張ったよ。
私が泣いたら、あなたたちが笑えないもん。CPのことでからかわれてもいじめられても、あなたたちに絶対言わなかった。
でもね、誰かに泣いてる自分も受け止めて欲しかった。
不安で頼りなくふわふわ彷徨う心を、ぐっと掴んでどこかに行かないようにしていて欲しかった。
本当はずっと不安だったんだよ。
心を預けきる場所がなくて。
あなたたちは、いつも余裕がなかったから頼れなかった。私がしっかりしやんと、この人たちも崩れるって、小さい頃からわかっていたから、弱音も吐かなかったし、CPのことで泣きもしなかった。
私がしっかりしてないと、周りが皆おろおろ、右往左往するから。今も一緒だけど

だから私は、先生のあったかくて優しいけれど、それだけじゃなくしっかりと男性らしい頼もしさも備えたところに強く惹かれたんだろう。
私の悩みも、おろおろせずに聞いてくれて(仕事だからおろおろしてちゃ困るけど)、しっかり受け止めてくれる。
小学生クランケに嫉妬したのも、長女に弟妹が出来て、そっちに親の関心が集中したときの嫉妬心みたいなものかもしれない。
私って、どんだけ子どもなんだ。。。
苦笑最初から癒し系の「特別な女性」になることは諦めていたけれど、元々の目的が「特別な女性」になることではなかった、と再認識。
「特別なクランケ」になりたい。
前向きである私も見ていて欲しい。
出来るだけ前を見据えて、『この子があれだけ頑張ってるから、俺も頑張らなな』って思ってもらえるようになれば本望だ。
そんなの自惚れかもだけれど。。。
でもその裏側にある、とてつもなく弱い私もいつか知ってほしい。
実の両親にはとても知ってもらうわけにはいかないから。
そんな日は、でもそう遠くないだろう。と思う。根拠はないけど。
最も尊敬できて、最も信頼できるP.T.に変わりはない。永遠に。
最初とはまた違った他意のない意味で、If I was your child....
彼のような人物がお父さんなら、世界一のファザコンになれる
(ぇ・・・・
笑)




自分の気持ちを言葉にするって不思議。
色々、気づきがあるものやね。
私、小さい頃から、なんでもないように過ごしてきたけれど、本当は辛かったんだなぁ、キツかったんだなぁ、って今頃、文字にすることで気がついた。
今まで気づいてあげられなくてごめんね。。。過去の自分。。
さ、先生みたいなオッサンになれそうな、大地みたいなメンズ、探すぞーーーーーーーーーー
笑先生ありがとう。先生がいてくれるから、私だいぶ救われてます。
ほんまに息子を持ったら先生の字、貰おうかなマジで
なぁ、先生。
振休を取って、行ってきたリハビリ。
脊柱の、段々と慢性化しつつある痛みを抱えながら、病院へと向かう。
先生に会える

癒し系にも会える

今の私にはリハビリも、大きな心の拠り所。
電車の降車はといえば、自主リハや超無理やりな『降りられる②』のセルフコントロールのお陰なのか、今日はどの駅でもすんなりと乗り降りできた。どうやら、この前は特に調子が良くなかったらしい。
降りる能力を失ったわけではないことがわかって、ちょっとほっとする

私の毎日は小さな不安や小さな安堵の波打ち際。
毎日些細なことで身体能力の衰えではないかと心配し、それが一過性や思い過ごしであることがわかってほっとする。思い過ごしでなければ、その瞬間絶望し、やがて、その絶望すらもどうにか折り合いを付けて飼いならしていくのだ。
ただ、その過程はいくら腹を割って話せる親友とは言え、曝け出せるものではない。曝け出された側が、その重さに耐えられるかどうかわからないから。
私の親友は芯の強い子だけれど、その芯の強さを私のためばかりに裂いてもらう訳には行かない。
でも最近は私自身でさえ、その絶望を飼いならすまでの作業をしんどいと感じる。
誰かに、たとえ100分の1でも共有してほしいなって思うのだ。そんなの利己的だとは思うのだけどね。
でも、しんどい。
この心の中にしまうには大きすぎ、重すぎる。
今までもそう思うことは何度もあったけど、自分を騙し騙し、ここまできた。でもそれもいつまで持つか。
「電車を降りるのはもう全然大丈夫になりましたぁ
」まずは明るいニュースから
鉄則でしょ??で、言いたくないけど、言おうじゃないの。。本題。。
「脊柱(背骨)の右側、右肩甲骨と脊柱の間くらいなんですけど、長時間同じ姿勢でいると痛くって。引き攣れるみたいな、痺れるみたいな、引っ張られるみたいな・・・んーなんて表現したらいいんかわからんのですけど・・・ちょっとこの前無理したから、肩こりがひどくなったのかな~とか」
少し嘘をついた。私はちっともこの症状が肩こりがひどくなったものだと思っていない。脊柱のゆがみによるものだと確信している。だが、二次障害の訪れをP.T.に告げる数が多くなれば多くなるほど、P.T.が私から遠ざかっていくようで怖かった。
いつか、『もう私の手に負えないから、他のところに行って』と言われる日が来るんじゃないか・・・と怯えている。
だから、本当は二次障害の文献を読み漁っていることをひた隠し、まったく知識のない『ド素人クランケ』を演じきる。
本当にタダの肩こりがひどくなったものだと、懸念しているように見せかけて。
・・・・・・伸ばそうとした手を、また、自分から引っ込めた。
先生、背中が痛いねん。痛いからしんどいねん。
また背骨曲がってんちゃうのん。怖いねん。歌も思うように歌われへんくなって悔しいねん。
なんで私から、大事なもんなくなってくのん?
仕事の負担が少ない今でさえこんな状況なんやから、2学期からどうなるか不安でしゃーないねん。
ねぇ先生、聞いて。
周りに判ってくれる人おらへんのよ。他の人の半分も動けてへんのに「しんどい」言うたら、『甘えてる』『怠けてる』って思われんや。
私だってもっと動きたい。もっと最前線で働けるようになりたい。まだまだ下っ端やねんから、体動かして、動いてナンボやって判ってるんよ。
でも、でも。教師になるまでの私がおもっていたほどに、私の体は良くない。
そんなんで、他の同年齢の人とおんなし給料貰ってんの、申し訳ないと思う。
しかもその出所は国民や府民の税金や。先生が納めてる税金も入っとんのかもしらん。
でも、その情けなさ、申し訳なさに無理やり目ぇ瞑って、それでも働かんと私、食べて行かれへん。親にも仕送りできひん。
自分の100%はしてるつもりやけど、周りから見たらそれは半分にも満たってない。
それが辛くて仕方ない。
先生に『頑張って』なんて言わんよ。もう今でも充分私の為に頑張ってくれてるもん。先生が汗拭いてるのを背中越しに見ながら、いつも『有難う』って思ってるんよ。『有難う』なんてありふれた言葉じゃ足らんほどやで。
なぁ、先生。CPの実態って、まだなかなか浸透してないから、皆は動きにくいだけやとか、足だけが悪いんやとか思う人が多い。
でも頸や背中が痛くてしんどいのん、先生には判ってほしい。
健常者の中で同じように働こ思ったら、肩肘張って張って張りまくって生きてかなあかん。
学生の時、バイトの仕事はしんどいなりに人並みにこなせてたから、わかれへんかった。
でもな、肩肘張って張って張りまくるのんって、思いのほかごっつうしんどかった。
今もごっつうしんどい。
足の筋もぴんぴんやけど、心の筋もぴんぴんやねん。
もういつ切れてまうかわからへんねん。
なぁ、先生。助けて。
何もしんでいい。ただ、今の私でもええよって言うてほしい。
ぎりぎりやねん。
先生助けて。。
そのすべてのうち、ひとつも口には出せなかった。
『やっぱり背骨が曲がってるから痛むんやと思う。今日は(歪んだのを)まっすぐにしきれんかったから、また次、時間掛けてやるねー』
私が嘘を吐いても、これしき専門家は見破ってしまうもの。
だったら最初から曝け出せればよかった。私も脊柱の歪みが原因と思うって。
『お疲れ様』 「ありがとうございました」
いつもの挨拶を経て、訓練室を出たら、急に心細くなって、、更衣室で涙が止まらなかった。
それほどまでに張り詰めてるのに、なんで私は手を伸ばせないのだろうか。。。
引っ込めた手を無理やり掴んで握って欲しい、、、
そういうのは我儘か。。。。
レジスタンス
こんな夜中にチョコアイスをかじりながらブログを書ける幸せ
ようやく私の夏休みが到来しました
宿泊学習の超過勤務分の振休やら何やらが溜まっているのでそれを消化し、あとの数日は年休(民間企業で言うところの有給)を消化し、来週いっぱいは夏季特休を取りました
大阪府の場合、お盆休みは固定されていなくて、自身の都合に合わせて5日間休みの間に取得することが出来るんですw お盆の間に試合・・・なんてなかなかないと思うのだけれど、それでも人と休みをずらせると遊びに行くとき混んでないのが良い
でも結局は友だちと予定が合わなくて、ちゃんとしたお盆休みは所謂お盆の間に取ってしまうのだけどね





『整理が付けられるようになった』とか、『距離を置けるようになった』とか、『吹っ切れた』とか、何度となく書いているけれど、所詮そんなのは大嘘だ、と痛感させられる。
自分に言い聞かせているだけ。本当にそう思えるように。
実際はちっとも距離を置けてなんかいない。
先週1週間なんて、彼のことを考えない日がなかったくらいなのだから。
自ずと彼のことを考えるというのは、それだけ自分の足のコンディションが悪いということでもある。・・・いや、正確には、「足の」ではなく「からだの」と言うべきか。
座位の左寄りが顕著なのは、大学の晩年の頃から感じていたことだが、最近は脊柱の歪みをまともに意識するようになってきた。
と言うのも、立っていようが座っていようが、同一の姿勢を長時間続けていると右脊柱の横あたりに痺れるような痛みが走るようになってしまった。それでも我慢してその姿勢を保ち続けていると、やがて顔をしかめたくなる痛みに変わる。
気がついたのは一週間前の3日。職場で試験問題を作成していた私は、絶対その日中に終わらせてしまいたかったので、かなりの時間PCデスクにかじりついていた。
途中から痛みが出てきたな・・・と気づいてはいたけれど、あともう少しで終わるし・・・とそのまま無理を続け、結果顔をしかめて伸びをしたり、ストレッチをしたり・・・という事態に。
この無理が祟ったのかどうかわからないが、以後、同一姿勢を長時間とると同じ症状が出る。
原因は十中八九、側弯だろう。
側弯が進行しているという仮説に確信を抱くのが、肺活量の低下、それに声量の減少。
以前はホイットニーヒューストンとかゴスペルの歌なんかも、近所迷惑も顧みず結構な声量で歌っていたのだが、最近素人並(と言っても私も素人だけどね。ここでの素人は合唱や歌唱未経験の人という意味で)の声量しか出ない。
こんなヘボい歌声じゃなかったのに・・・
鏡の前で歌ってみた。口蓋の奥の方に注目する。
うまくお腹から声が出せ、それが一直線にあがってくると軟口蓋(所謂「喉ちんこ」)が上に上がり、声の通り道が出来る。この現象をよく『喉がひらく』と言う。
しかし、喉を開かなければならないポイントでことごとく軟口蓋が上がらない。
・・・悔しい。
『二次障害ハンドブック(改訂版)』肢体障害者二次障害検討会 編 文理閣(2007)
こんな本を読んでみた。主に脳性麻痺の二次障害について書かれている本で、二次障害と向き合う本人の話からそれを支えるP.T.の話まで内容は多岐に渡る。
ここにも大きな声を出しづらい・・・と言った症例が挙げられていた。ひどくなると、拘束性換気障害というのに発展する恐れもあるらしい。
なんかもう、大層な病気の名前ばっかり見聞きするの、嫌になっちゃうな

この本では脳性麻痺者へのアンケートで、『二次障害への関心・不安』について、「とても関心・常に不安」が27.2%、「関心あり・ときどき不安」が50%であると出ている。
合わせて7割を超えるCP患者が、二次障害に関心を持ち、不安に思っていることに少しほっとした

私だけじゃないんだなって。みんな怖いんだって。
側弯の進行を少しでも遅らせたい&P.T.に頑張ってるところを見せたい(まぁ、自分の中のあの懸念を払拭するためがいちばん大きい)ので、最近また自主リハを頑張っている。
夏休みで仕事疲れがほとんどないというのも、自主リハを促進していると思う。
スタンドミラーでリハ前・リハ後の自分の姿勢を確認すると、やっぱり違う。それが自主リハ意欲に拍車をかける。
1セット、2セットあたりはまだ、間違った方向に偏っている筋肉が引っ張られるのか特有の痛み・ダルさが付きまとうが、3セットを超える頃には少し楽になってくる。
精一杯の抵抗は、ほくそ笑んでいる神様に通じるのだろうか。
次回は心理面について語ります。
明日はリハビリ。癒し系にごっつ会いたいけど、でも会いたくない。
どうしてくれよう、この気持ち。
月日は・・・
最近、またCPに関する書物やHPを読み漁るようになった。
こんなものを買ってみたw
『脳性麻痺リハビリテーションガイドライン』 医学書院
日本リハビリテーション医学会監修 日本リハビリテーション医学会診療ガイドライン委員会
脳性麻痺リハビリテーションガイドライン策定委員会編集
自分の病状やリハビリについての知的好奇心が、ここのところうなぎのぼりだ。
というわけで3000円以上の大枚をはたいて買ったのであるが・・・・
ちょーーーーーーーーーーーーーーーーーー難しい
私の頭が悪いのかもしれないけれど、これは明らかにプロのPT、OT(作業療法士)向きか、PTS、OTS(療法士を目指す学生)向きだろう・・・。
一応一通り目は通したけれども、内容のほとんどがサッパリ理解できなかった
これなら3000円の服を買ったほうが有効だったかも・笑
リハビリや理学療法、CP関連の本を読むに至って、今更ながらP.T.って国家資格なんだなと気づく。
ってことは、いつもアホな話で果てしなく盛り上がれるN先生も国家試験に受かってんだよなぁ
すごいな
それに比べ、教師なんて大学で所定の単位を取得すれば免許はもらえるし、採用試験はえげつない難関だけれども・・・でもねぇ。子どもが好きで、勉強さえきちんとすれば、なれる職業ですよ・・・。なってからが大変だけどね





人間が生きていくって、ものすごく複雑だ。
ただ、呼吸をしてエネルギーを取り入れて、無駄なものは放出して。そんな自然界の至極シンプルな法則に則らせてはもらえない。
相変わらず、無気力。今日も打ち合わせをする筈の同僚が、子どもの急病で休んだので、それならば私も・・と休暇を取ってしまった。
まぁ、部活もないし夏休みだから、休暇を消化しても誰にも迷惑は掛からないけれど、それでも目的のない休暇は後味が悪い。
「思いっきりからだを休める!」とか、
「映画、買い物!」とか、
目的のある休暇ならこんな思いはしないのだろうが。
生きることに楽しみを見出せなくなって、約1週間。
そもそもなんでこうなっちゃったんだろう。
『電車降りるの怖い事件』が引き金??
ただ時間を食いつぶしていくことがしんどい。
それでもただ日々はながれ、私は生きている。
光と闇②
今日は本来ならば、『出勤』に丸をしていたのだけれど、どうにもベッドから起き上がれず、年休を消化した。
せっかく水曜日に休みを取ったのだから、映画(1000円で見れる
)を観にいくとか、部屋の掃除をするとか、もっと有意義な過ごし方はいくらでもあった筈なのに、1日ほとんど寝ていた。コアラ並みの睡眠時間であったと思う
夏バテもあるかもしれないけれど、胃がむかむかして食べ物を欲しない。
起き上がっても頭重感と、肩の凝りに悩まされ、結局また横になる・・・の繰り返し

おそらく夏バテが大きいと思うのだが、この独特のダルさと立ち上がる気さえ起こらない、この感じ。
以前にも感じたことがある。
過敏性腸炎がひどかった頃に、抗欝剤を処方されていた頃だ。
欝の再来だったら、ヤバい。
もっとも、さなかにいるときは、「なんかめっちゃしんどい」と思うだけで、後になって振り返ったら「あ、あれは欝っぽくなってたな・・・」って気づくものなのだけれど。。
オペを受けると決めたものの、オペの詳細をまったく知らない私はネットでそのオペについて調べてみた。
Dr.から語られたときはリスクの少ない魔法のオペのような気がしたが、それなりにリスクもあるようだ。
神経・筋・血管などの損傷手術の際にメスやクーパー等の医療器具で・・・なんて可能性もあるけれど、それは医師の腕前に頼むしかないわけで・・・このオペの場合、器具を入れるのでその器具のワイヤーやピンが損傷に繋がるおそれがあると言う。
私の場合、大きな動脈が通るような箇所へのオペではないので、血管を傷つけてもそれがすぐに大事に至るわけではないけれど、神経や筋の損傷は大いに心配だ。たった1つの神経を傷つけただけで歩けなくなるおそれもある。
皮膚・筋肉・骨・関節の感染このオペでは、術中術後の感染はきわめて稀らしいが・・・器具を入れっぱなしにしている分、器具に付着した細菌から感染症を起こすことはありえるようだ。抗生物質等の服用で実際発症するのを防ぐらしいが、実際感染症を併発してしまうと、患部の矯正はできなくなるので入院期間が延びるらしい・・・
筋肉のヘルニア、筋肉の拘縮(伸びないこと)筋肉を覆う膜、筋膜を切開することで、オペによって伸びた筋肉が稀に縫合した筋膜を突き破って出てくる・・・とか・・・ああ、なんかマトリックスみたいな世界じゃないか・・・考えただけでキモい
術中の筋肉の損傷によって、筋肉の拘縮が起こることもあるらしいが、これはほとんど筋肉を切らないから大丈夫やろう、多分。これを見て、地元のDr.の術式がハイリスクハイリターンで「失敗したら歩けなくなる」というのに納得。地元のDr.は筋肉を大きく切開して行うものなので、筋肉の損傷に対するリスクも大きく、結果拘縮が起こりやすいのだろう、多分。。
血腫、深部静脈血栓、肺塞栓術中に出血した血液が固まって、血栓や血腫を起こすおそれがあるらしい。エコノミー症候群の重い版??
ピンやワイヤーの破損刺入した器具のピンやワイヤーが何らかの原因で破損してしまうこともあるらしい。折れたピンが骨内に残ってしまった症例もあるとか・・・怖

コンパートメント症候群(意味不明
)、浮腫
変形治癒、骨癒合遅延、偽関節、早期骨癒合その他にも関節拘縮、関節の亜脱臼、脱臼、関節症、新生骨などの骨折などなど、調べていったら両手の数で足りない。。
どんなオペにも必ずリスクはある。
それは避けられないことだ。何事もなくオペを終え、元の生活(あるいは元以上の生活)に戻れるのは奇跡に等しい。たとえそれが虫垂炎のオペでも。。。
この世の平穏な生活を手にしたクランケは最高にラッキーなのだ、ということも理解している。
でも、いざそれが自分の身に降りかかると、どうか。
理解はしていても、やっぱりどこかで・・・・・
怖いよーーーーーーーーーーーーーーー


何もしなくても、このまま徐々に拘縮は進むだろう。側湾(ってこんな字でいいんだっけ?つーかこのPC、医療用語の変換に弱すぎる
)もひどくなっているし、最近はめっきりなくなったけれど、冬場股関節の痛みに悩まされたこともなくはない。オペの成功に賭けて、やるしかないのだ。
でも不安で不安で、すべてに無気力になってしまいそうになる。
N先生、いつもの明るさでこの恐怖を笑い飛ばしてください。
癒し系、ただ、そこにいてください。
オペの話になったとき、あれほど癒し系が必死に話をしてくれた理由が今わかった。
リスクがそこにあるからだ。
ありがとう、先生。 病気や患者と真剣に向き合う先生は、とっても素敵です

こんな精神状態、もうしばらく続いたら、ほんまに私が持たへん

今週土曜はライブ!!!だけれど、今週こそ、ライブではなくてリハビリに行きたい
苦笑The Bomb in My Heart
通勤用のVANSのスニーカー。無論、意図的にこう置いたわけではなく、普通に脱いだらこうなっていた。
画像右側のシュークローゼットの取っ手に掴まって、(つまりからだの正面が画像右側を向いている状態)靴を脱いだ結果がこうだ。
思わず写メってしまったけれど、こういうカタチで自分の内転具合を知ると、ため息が漏れる。
足が思うように前に出ない。歩幅は随分減少した。
ここ1週間ほどは電車の降車時に恐怖を感じる。それも、そんなにホームとの隙間がない駅でさえも・・・。
気がついたのは、先日職場の同僚と関空の近くのビアガーデンに行ったときのことである。
事前にその周辺の駅をよく知る友達に、ホームとの隙間が開いていないかどうか確認までした。
実際、そんなに・・・というかほとんどあいていなかった。
しかし降りるときになって、私が感じたのは「怖い」だった。その気持ちを自分で信じることができなかった。
だって、ほとんどあいてないのよ

そして、不安を抱えながら、土曜日。リハビリの日。
リハビリの最寄り駅は、少し隙間があるものの、恐怖を感じるほどではなく、距離間をしっかり掴んでおけば、すんなり降りられる駅だ。
しかし・・・。
いつものようにすぐに足が出ない。
・・・え?
踏み出した足が所在なげに中に浮いている。
パニックになりそうな頭を心がとりなした。
落ち着いて。落ち着いて。ゆっくり焦らずに。降りられない場所じゃない。特急の通過待ちだから、焦らなくても閉まらない(ドアが)。
N先生(担当)に会うんでしょ。新しく買ったリハビリ用のTシャツも見せるんでしょw
リアクション、楽しみにしてんじゃないの?
大丈夫大丈夫。降りられる。
幸い、車内は空いていたので、私はドアの左右の手すりを両方持ってホームに降り立つことに成功した。
が、心臓はありえないほど早鐘を打っている。
いつもより3分遅れての到着。いつもと変わらない笑顔が私を出迎えた

先日からの疑念が晴れないせいで、私はここ最近起きているこの最高に暗い事実を言うのを躊躇った。
しかし、事実は言わねばならない。些細なことでも言うか言わないかで治療方針が変わることもある。
「ここ1週間くらいなんですけどねー、電車が降り辛いんですよ」
つとめてさらりと。それはもうさらっと。「今日も暑いっすねー
」てみたいなさらさら具合で。重さを感じさせないように。。『あらら』
P.T.の方もさらっと返してきたものの、その声と表情が一気に強ばったのがすぐにわかった。
・・言わなきゃよかったかな。
『ちょっと骨押さえるから、ガマンできひんかったら言うてね』
そう言うなり、脚と足の付け根の骨を上から押された。骨の真ん中のほうに鋭い痛みが走る。奥歯を食いしばった。今まで受けたことのない方法だった。
『これね、T先生(いつかのひょうひょうおじいちゃん整形外科医)に教えてもらってん
オペするまでのね、つなぎとして少しは楽になるやろうって』T先生といえば、リハビリのほうにはひと月に1度しか顔を見せない筈だ。
そのT先生に教えてもらったと言う事は、わざわざT先生に私の事を相談してくれたということか。
じーーーーーーーーん


こんな私のために、なんでそこまでしてくれるんだろう・・・
ありがとう、先生。
やっぱ先生最高

こんな良い人が見捨てるわけ、ないよね。。
それなのに、ごめんね、こんなクランケで・・・・・
再び口を開いたら、弱音の大洪水になりそうだったから、何も喋れなかった。
普段は至極つまらない事を必要以上にデカイ声でべらべらと喋っているというのに・・・
そんな無口な私を気遣ってか、この日はN先生の方が口数が多く、面白い話ばかり喋って笑わせてくれた。
その気遣いにまたじーーーーーーーーん
油断すると泣きそうだった。ちなみにTシャツも、こちらが何も言わなくても食いついてきたww
また今度載せますねwww絶対読者のみなさんもウケるよ

一生懸命リハビリをしてくれているP.T.を見ながら、心の中で繰り返す言葉。
ありがとう。 ・・・ごめんなさい。 ありがとう。 ごめんなさい。。
ポイントを押す先生の手が温かかった。いつもは少し冷えているのに、夏だからだろうか。
人間の体温って、こんなに心地のいいものだっただろうか。
その温かさにまた、泣きそうになる。。
貴女が担当でよかった。
『あんまり自律しすぎないでね』とP.T.
あなたに、弱音吐いてもいい?
それでも今までと同じに接してくれる??
衰えていく自分、衰えた自分を冷静に見たら、発狂しそうだ・・なんて言っても引かない?
誰かにすがりたくて仕方ないと、貴女に手を伸ばしたら跳ね除けないでいてくれる??
人間て、何のために生きてるんだろうと最近真剣に考える。
最近は人の助けを借りることがぐんと増えた。それは必ずしも悪いことではないけれど、でも人の手を煩わせてばかりで・・・あなたたちの心も煩わせて・・・
人に迷惑を掛けるばかりで、私は誰かの役に立ててる?(The answer is ' No.')
誰かに必要とされなければ、それを実感しなければ、人生はあまりにも果てしなくて味気ない。
でも、それでも生きなければ。
辛くても苦しくても、ただひたすらに生きて生きて生き抜かなければ。
命を無駄遣いする権利など私たちにはない。
与えられた時間を生きるのが義務だ。
自分で寿命を決められるほど、人間は偉くない。(あ、これ詩になりそうw)
でも、ただ生きることがこんなにも辛くしんどいなんて知らんかった。
限界、近いよー。
休み中なのをいいことに、部活を見たら、時間休を出して帰る今日この頃。
体調が悪いのもあるんだけれど、やっぱ人間、精神的に追い込まれると、睡眠という逃避に走りたくなるようにできているらしい。
というわけで最近、昼寝ばかりしている。
帰る頃にはむくんでパンパンになる足をさすりながら、部屋着に着替え、N先生や癒し系を思い浮かべて眠りにつく。(そんなことしてるから夢にも出てくるんよな・・)
こういう今だからこそ、癒し系。貴方の顔も見たかったのに、・・・お休みかい
笑You are the special one for me in the several sences.
I want you to get rid of the bomb in my heart.
Please defend me from this fear.
The thing I'm afraid of the most is I'm not what I am.
何度、自分の心に問いかけても、やっぱり未だにわからない。きっと当分、付き合っていかなければいけないんだろうな。
この強い尊敬と、この中途半端な名も知らぬ想い。
Everytime I think of U, my heart is always nearly broken.
Daaaaaamn!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
Nothing Never Change

そういやしばらく聞いてなかったなぁ・・・めっきり出番が減ったMDたちの中のどれかに入っているはずなのだけれど

If I had to live my life without you near me
The days would all be empty
The nights would seem so long
With you I see forever.. oh so clearly
I might have been in love before
But it never felt this strong
Our dreams are young and we both know
They'll take us where we want to go
Hold me now
Touch me now
I don't want to live without you
Nothings gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of
I'll never ask for more than your love
Nothings gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world may change my whole life through but
Nothings gonna change my love for you
If the road ahead is not so easy
Our love will lead the way for us
Like a guiding star
I'll be there for you
If you should need me
You don't have to change a thing
I love you just the way you are
So come with me and share the view
I'll help you see forever too
Hold me now
Touch me now
I don't want to live without you
Nothings gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of
I'll never ask for more than your love
Nothings gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world may change my whole life through but
Nothings gonna change my love for you
Nothings gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of
I'll never ask for more than your love
*Repert
・・・『君への愛は何も変わらない』かぁ。
曲のタイトルにしても、メロディに乗せられて運ばれてくる歌詞も、歯が浮いちゃいそうなものばかり。
それをサラリと歌ってしまえるのは、果たして文化のちがい・・だけで片付けちゃっていいのでしょうかね
If I had to live my life without you near me もし君のいない人生を歩まねばならなかったとしたら
The days would all be empty 日々はとてつもなく抜け殻だっただろう
The nights would seem so long 夜が果てしなく長かったことだろう
これは少し判る。人に焦がれてるときって、本当にその人中心で世界が回ってしまうもんね
If the road ahead is not so easy これから待ち受ける道に困難がたくさんあっても
Our love will lead the way for us 愛が僕たちを導いてくれるだろう
Like a guiding star 北極星のようにね
もう歯ぁ浮いてんで、私・笑
てかコレ、「北極星」って訳していいよね
guiding starってきっと、道しるべになるような星のことだと思うし。
私の心もとない理科の知識が正しければ、北極星の方角はいつも同じだったはずw
にしても、こんな台詞、大事な人に面と向かって言えます?私なら無理だなぁ・・・
思うに、だからこの世にラブソングがあるんでしょうね。決して、言い易くないことだから、皆それを代弁してくれる何かが必要なんだよね、きっと。
でも、私はこの歌詞にちと反対なんだゎ
とっても素敵な歌詞だけれど、でも、変わらないものなんてないと思う。
きっと、相手に対する愛情が存在することに変わりがないとしてもその愛情の種類というか、中身は年齢を減るごとに少しずつ変化するものじゃないだろうか。。
その変化が悪いものでも、良いものでも。
いつまでも出逢った頃のままではいられないけれど、愛情は変わらず、その質はヴィンテージのワインのように深く円熟していく・・・
そういう夫婦になりたいな、と思ったりするのです
今日は何かガラにもなくLOVEを語りましたが、放っといてください・笑
良い曲聴いたから、脳内がお花畑になってるだけです・笑
さてこの曲、たくさんの人がカバーしてるみたいですが、みなさんはどれが好きですか?
私はやっぱオリジナルのジョージ・ベンソン
イチオシですwww
光と闇
今日が仕事だったなら、私はまともに仕事をこなせていないに違いない。。
・・・とは言っても、そこは社会人なのだからまともにこなさねばならないけれど

約半年振りに地元でお世話になったP.T.に電話した。
最近オペを真剣に検討しているのだが、障害者医療受給証があるとオペの費用や入院費、リハビリを含めて最高でも10万円/月。
ところが、受給証がないと費用は80万円にまで跳ね上がる。しかもそれを数ヶ月~半年続けるのだ。
ペーペーのいち地方公務員にはとても払える金額ではない。年収のほとんどが出て行く

入院期間が長ければ、年収をゆうに超えてしまう。。
受給証はあるにはあるのだが、出身県のもので大阪府のものではない。
大阪府のものでない場合、先に負担額の全額を支払い、あとで差額分が還付されるのを待たねばならないのだが・・・全額先払いできないから困ってんじゃないか
というわけでその相談も兼ねて。が、そういうことはたとえP.T.と言えど、詳しくないらしい。
『市役所の福祉課で聞いてみて』
あっさり。。
まぁ、そんなのはそう言われるだろうことは予想がついていた。それでも聞いたのは、もし知ってたらもうけっ
(笑)っていうのと、電話をする尤もらしい口実のためだった。本当に相談したいことは他にある。
それを最優先だと思われないように、医療受給を切り出したに過ぎない。
運命の意味
ふと思い立って、貴方の名前の意味を漢和辞典で引いてみた。
漢和辞典なんて引くの、高校生以来だ。
紙辞書をめくる感覚も、久方ぶり。
知りたいけれど、知ってしまいたくないような。。
不思議な気持ちが、私の指がページをめくる間に心を支配する。
そして行き着いた。
『転じて、徳・技などをみがくこと。学問・修養・練習などによって立派にすること』
すっと心に落ちた。
あぁ、なんかぴったりだ、と思って。
醸し出される雰囲気や、オーラにとても合致していると思う。
将来、私が息子を持つようなことがあったら、この字もらいたいな

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詩を創るのが趣味。でも最近は忙しくてなかなか創作できません。
夕暮れの空が大好きですww
良い空があれば撮り貯めてますが、キレイに撮れないのがなやみ;
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