Think&Said to Myself
日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw
うさぎ病
「動揺」の第3弾も忘れないうちに書きたいところだが・・・。。
先々週くらいから精神的に非常に不安定な日々が続いている。
きっかけはクラスで発生したカツアゲ事件。所謂「恐喝」というやつである。
もちろん、金品を脅し取ろうという者が悪いことは悪いのだが、加害生徒の父親に私の学級経営の不備を指摘され、それ以来、給食や掃除には学年主任を始め、手の空いている先生方がサポートに回ってくれはることになった。
もう、私の言う事になど耳を貸さなくなった子がほとんどの今の状況下で、私1人でクラスをまとめることは、非常に悔しいが、困難であるといわざるを得ない。
そんな状況下で、サポートに回ってくれることは非常にありがたい
他の学校なんかだと、文句を言うだけ言って、手は貸してくれない・・・そんなのが常なところもあるようだから、本当にありがたいのだが・・・
他の先生だと180度態度を変え、素直に言う事を利く子どもたちを見ていると、
(どっちが担任なんだかわからないなぁ・・・)
という思いに駆られる。
名ばかり担任で、私は居ても居なくても一緒なんじゃないか。
子どもや学校の役に立ってるんだろうか。給料に見合うだけの仕事はできているのか。。
むしろ居ないほうが学校は、学年はスムーズに回っていくんじゃないんだろうか。
私が存在する意味があるのか。・・・ないではないか。。
そんな考えが堂々巡りするばかりで、先週は泣いてばかりいた。
家ではもちろんのこと、一旦考えが過ぎると、涙腺がゆるんでしまう。人前では泣かないものの、空き時間にはトイレに篭り、放課後の教室ではカーテンを閉め切り、「人前では泣かない」というのはかろうじてクリアしていたものの、「学校(職場)で泣かない」というのは無理だった。
自分の存在意義を自分ではどうにもこうにも見出せないのだった。
「仕事のできない自分」=「要らない自分」
この2つは必ずしもイコールではないと、頭ではわかっていても、理性は解ろうとはしないのだった、決して。
誰かに必要とされていることを、身を以って実感したかったのかもしれない。
先週の私は少しおかしかった。
5年余り連絡を取っていなかった元彼にメールをした。
ミッキーさんにも3ヶ月ぶりに連絡を取った。
別に隙在らばヨリを戻そうとか、恋の伸展を期待するとか、そんな企みがあったわけではない。
単に誰かとコミュニケーションが取りたかった。
寂しかったのだ。とてつもなく。
元彼とはいまさら元には戻れないと私自身はっきりわかっているし、未練もない。
ミッキーさんとは仮に、万一そんな展開になったところで長続きしないだろう事を本能が知っている。
彼への想いを断ち切ったのだって、それを本能が悟ったからだ。絶対的に分かり合えない部分が私と彼の中にはある。
二人とも人当たりのいい人なので、突然の連絡にも関わらず、快く返事を返してくれる。
元彼はアドレスが変わっている可能性もあったが、そんな心配をよそにすぐ返事が返ってきた。
突如送られてきたメール。それにも気分を害した風でなく、「嬉しい」の文字。
そういう些細な一言。大事だとわかってはいても言えないものだ。関係が近いときには。
私と彼は案外似たもの同士なのかもしれない。
私も素直に自分が今感じることとか、近況を伝えることができた。
肩に力を入れず、自分の思ったことを伝えられるっていい。
高校生だったあの頃、相手に嫌われたくない一心で一言一言を選んでいた頃は、きっと本当の恋愛ではなかったのだろう・・・と今になって思う。
お互い大人になったということでもあるのだろうが。
それぞれが頑張っている。それがわかって少し元気が貰えたが、私の中の「うさぎ病」は今も心を覆っている。
途方もない孤独。それに潰されそうになっている。
文字では足りない。声は届かない。。
職場で必要とされていないような無力感、非力感。教師って何なんだろう??
家に帰ってもそこはただ束の間の体を休める場所でしかなく、心まで伸ばしきって休めることはできない。
母は自分の型にはまる人格の子どもでなければ受け容れない。
父にはこれ以上心配は掛けられない。。
私の内なるこの寂しさに気づく者はいないのだ、たぶん。
最近、友だちが3人立て続けに結婚したこともあり、母は言う。
「障害者はさっさと若いうちに結婚しとかなきゃ」
裏を読むわけではないけれど、拭いようのない欠点がそこにあって、若さくらいしか武器にならないと言われているようで心が荒む。
私を本当に理解してくれる人はどこにいるんだろう。
母親でさえこんな事を口走るほど、節穴なのだ。
私の居場所はいったいどこにあるんだろう。
生きていていいんだろうか。
死にたくもないけれど、私が私としている価値もあるのか、怪しいものだ。
動揺 2 ~心に吹く風~
冬休み中、予想外の泊りがけの出張が決まってしまい、しかもその日が担当P.T.の貴重な出勤日とバッティング
最低月に2回は確保したいので、年明け・・まだ学校が本格始動する前に1日休暇を取りリハビリを入れてもらった。
まだ通い始めたばかりの頃は『2週間に1度で充分』と思っていたのだが、月日が経つに連れ、毎週通うようになり、大学生活の晩年は可能であれば週に2度行くこともあった。
今も可能であれば毎週通いたいし、週に2回行けるものなら行きたい。
が、平日に休めない仕事を選んでしまったし、その仕事も到底定時で上がれるものでもない。
P.T.の公休日も大切にして欲しい。特に母親に甘えたい盛りの子を持つ担当P.T,なら尚更。
それに働き始めて休日の有難みを嫌というほど私自身思い知らされている。
そんなわけでもどかしいけれど、月に2回。この2回を逃すとスケジュール的に代わりは難しい。最近はリハビリに行く日の前の体調管理にまで気を配るようになった。
良い事だけれど、それだけ私がリハビリを必要としている状況になってきた・・・ということでもある。
そしてやっぱり、癒し系P.T.の顔が見たいというのも事実なのだった。
DVDを観る私の目線と癒し系P.T.の目線が似ていることに気がついてから、彼を求めてはいけないのだという思いも尚一層強くなってはいる。
しかし厄介なことにまだ消えてはくれない。
その日も、絶対心をざわつかせてはならないと自分の心に強く言い聞かせたし、絶対そうなるもんか、という思いもあった。しかしその一方で心の奥にあったのは、『今日は平日だからどのP.T.も出勤している』ということだった。
すなわち、癒し系もいるということだ。
もう既にその時点で、心はざわついているじゃないか。
莫迦野郎。。
ざわついたものを完璧に鎮められぬまま、病院の戸をくぐった。
着替えを済ませ、部屋へと向かう。戸を開けようとしたその時、ドア近くにある電話のところへ人がやってくる気配がして、次の瞬間、聞いていたのは聞き覚えのある優しい声だった。
さわさわ、と心を撫でていく落ち着かない風。
戸を引こうとしていた手を一瞬止めた。
私はもう、声にまで揺さぶられてしまうのか。
情けなかった、そんな自分が。決めたんじゃないか。自分で。決して揺さぶられまいと・・・
引き戸を握る手にもう一度力を込めた。そのまま思い切って引く。
反射的に癒し系が私を見た。電話で会話をしながら目線をこちらに投げている。
揺さぶられたことを悟られぬよう、また、浮ついた目線にならぬよう意識して毅然とした表情を作ろうと思いすぎたのか上目に睨むような顔になってしまい、それを誤魔化そうと何か言おうとするのだが、何しろ相手は電話中。挨拶すら躊躇った。
結局中途半端に頭を下げただけで終わった。そんな自分を「道化だ」と思った。
その日はわざと癒し系から遠く離れた場所を陣取った。
そうでもしなければ、自分の気持ちに打ち勝てそうになかったからだ。
でも、今日担当のP.T.に告げることを彼にも聞いて欲しい・・・そんな思いは依然として残っていた。。
やがて、それぞれ前のクランケの時間が終わり、私の意図は無駄だったことを知る。
癒し系P.T.の次のクランケが、私の隣で待っていたのだった。当然、彼は待っているクランケの元へやってくる。
(次の患者の待ち位置まで考えてなかった・・・)←アホ
私の数インチ先に彼の気配がする。また落ち着かない風が心を撫でた。
もう、何よ。こんなオッサンにどうして・・・
担当の先生と顔を合わせ、定番の年始の挨拶に始まり、車のヘコみを直すのにボーナスが半分飛んで行ったとか、自宅で教室の雑巾を洗ったら洗濯層が黒くなって、元に戻すのに苦労した(笑)とか、そういう他愛無い話をデカい声で話し、いよいよ本題へ。
自ずと声のトーンが下がる。自分も単純なものだ。
「この間、自分の授業を録画したものを見たんですよ。自分が鏡で見る姿と違ってびっくりしました」
『そうー。どう違う?』
「K先生(いつかの怪力師匠)が言ってはったみたいに、ここが足と一緒に出てますね。普通はそうじゃないでしょー。」
「あ、私こんなんなんや。って思って」
『うん、そうよ』
癒し系P.T.が何度目かの私の琴線を震わせたあの日以来、彼女は私に対して奥歯にモノが挟まったような物言いを一切しなくなった。
でも、この日の短いこの一言は、わざと断言しているように聞こえるように言った、そんな言い方だった。
私が伝えたかったのは、自分の歩く姿を実況するようなことではない。
本当に吐き出したかったのは・・・
「自分で思うよりダサかったからちょっとショックでー
」
担当のP.T.は『はは』と変な笑いを浮かべた。どういう反応をしていいかわからない、そんな笑顔だった。
かつて塾の講師をしていた頃、受験用の問題集に『日本人はどうしていいかわからないときにしばしば微笑む』という英文が載っていたのを思い出した。
言えなかった、そうとしか。
本当は、本当は・・・
自分で思っているのより、随分と違っていて、自分は障害者みたいだ、と思って落胆した。
そんな姿で歩いていると、にわかに認めたくないと感じたし、今もあれが嘘であってほしいと思う。
観た映像を自分だと思いたくないのだった。もちろん心の奥ではそれは紛れもなく自分だと判ってもいる。
そういう微妙な心理を曝け出したかった。
今の自分の姿を見てショックだったし、女として嫌だなと一度でも思ったのだ。
それを『ダサくて』と軽い言葉で置き換えた。わざと。
もしかしたら、その変な微笑みはそういう軽い言葉を莫迦だと思ったのかもしれない。
でも、きっと私の抱える心理を曝け出せば、目の前にいる彼女は困ってしまう。そう言葉に出すより先に思っていたのだった。
癒し系P.T.にこのとき私は背を向けて話していた。だから、彼が聞いているのかいないのか、その表情を見ることはできなかった。
でも、私のこの言葉の本当の意味に気づかなければきっと彼は私を戒めるだろう。
そんな事を言ったら、(同じ障がいを持つ)他の人に失礼だ。と。
どこでどう話が転がったのか、担当が『めぐさんは何故脳性麻痺になったの?』と訊いてきた。
3年の付き合いがありながら、まだそこを話していなかったのか・・・と少し意外だった。
そういえばカルテの初めのページにも、今の病院を受診する経緯しか書かれていない。
私は話し始めた。 長くなりそうなので次回へ続く。
私の他人に言えぬ心だけをつらつら書いているだけの最近なのに、なぜか閲覧者は増えています。
面白みのないブログやけど、読んでくれる人がいるのはありがたい
明日からまた怒涛のお仕事DAYなので次の更新をすぐできるかはわからないけれど、なるべく早く書きます。
動揺 1 ~絶望の囁き~
今年中に府教委に提出するように言われていた自分の授業の動画。
DVDに撮ってもらい、無事提出できたのだが・・・。
1枚のDVDを指導教諭に差し出された。
どうやら提出したもののコピーらしい。
『自分の授業を自分で見るのも勉強になるから』とのこと。
早速家に持ち帰り、PCを立ち上げ、DVDドライブにセットする。
チャイムの音と共に始まった映像。
挨拶が済み、次の瞬間から私の意識は授業から完全に離れていた。
釘付けになったのは、自分の歩き方だった。
そこには、おおよそ自分で想像していない自分がいた。
これが私なのか・・・・・。。
勿論、普段からガラスや鏡越しに自分の立ち姿や歩く姿は自分でも見慣れている。だから自分がどういう姿で立ち、どういう姿で歩いているのか知っているつもりではあった。
「つもり」だった。。
でもそれは、大きな間違いであることを知る。
普段、自分で見る姿というのはせいぜい前からか横からで、他者の眼からのように立体的に360度捉えることはできない。
だからその自分で認識できる2次元を自分の「すべて」であると思い込んでいたのだ。
なめらかではない歩行。骨盤やお尻と一緒に足が動いているのがわかる。
足を上げているつもりなのに地面に擦るようにして歩いている。
立位時の姿勢がおかしい。。
まっさきに浮かんだのが、「私は他の人から見ると、こんなしんどそうな歩き方をしているのか・・・」
道理でここ数年、よく電車で席を譲られるわけだ・・・。
歩行速度も以前に比べ、かなり落ちていた。
最後に自分の歩行状態を見たのは小学6年のとき。所属する合唱団の定期演奏会の舞台の模様で、踊りながら歌うミュージカルのような楽曲もあったので、自分の踊る姿を見て、これまたリハーサル室の鏡に映っていた私と随分違うことにショックを受けたが、一番状態のよかった小6のころと比べてもまだ悪かったのだから、複雑な思いは隠せない。
正直、愕然とした。
これが私なのか。。
、 、 、 、 、 、 、 、、、 、 、 、 、
まるで障害者のような歩き方だ。 と思った。
へんな話だが。。
一瞬、自分に絶望した。すぐにそんなことは無意味だと気づきはしたが、その絶望は今も私の心に座ったままだ。
自分が崩れていくような感覚に、また襲われた。
授業の中身は上の空。目線を一点に集め、食い入るように私は自分自身が映った映像を見つめた。
ふと、そんな自分を客観視したとき、ひとつの考えが浮かんだ。
自分の今の鋭い視線は、癒し系P.T.のそれと酷似しているのではないか。
見透かすような。
射抜くような。。
自分自身の映像だからかもしれないが、食い入るように見ていたのは私自身ではない。
見ていたのは私の歩き方だ。それ以外の何の視点もそこにはない。
癒し系P.T.もきっとそうなのではないか。
別の絶望が顔を覗かせた。
絶望が私に語りかける。「もう、わかっているだろう?」
尊敬だけを残して彼を見ようと必死に心に言い聞かせ、それができるはずだった。
クランケとP.T.。そんな関係からの話しかでてこないから、それ以外の関係を築くところなんて想像できない。
だからまだ抑えていられた感情だった。
でも最近、他のクランケや同僚と話すその所々から零れてくる彼のプライベート。
(結構おもろい人やん・・・)
それでいて、仕事にアツい。
好感度上げるばっかり。ズルい。ズル過ぎる。。
でも、 と、その映像を見つめながら思った。
私が彼と同じ職業、立場だったなら、クランケをクランケ以外の目で見ることを意図的に避けるだろう。
そうしたが最後、冷静に見られなくなる。
男性であるとか、女性であるとか、その人の性格とか、子どもか大人かとか、そういうのを全部取っ払って目の前の現象だけを見なければ、自分の満足いく仕事はできない。
詩にもしたが、
崩したいと
願えば最後
叶えば破滅
崩れていく
なにもかも
真実だけでなく
あなたの核までも
そう、核を失うことになるのだ。私情を挟めば。。
彼が私を見るとき、それは私という人間ではなく、私の上に起きている現象を見ている。職業人としてのプライドを高く持って。
また絶望が囁く。「そうだよ、認めてしまえ。」 「あいつがおまえを女としてみることはありえない。見たが最後、あいつが崩れるからな」
わかっている。
わかっている。。
わかってるよ、そんなこと。。
でもすべて事実だから、私は絶望の囁きには言い返せない。
さらに絶望は畳み掛ける。
「おまえにできることはたったひとつ。身を引くことだ。」
「自分の仕事にものすごいプライドを持ってやっているのに、ふらふら恋愛感情なんて挟まれちゃ、あいつも迷惑なんだよ」
それもわかっている。。
彼は日々、私やそれ以外のクランケに起きている現象に対しどうすべきかを考えている。
いちいちその人に入れ込んでいては、彼は潰れてしまう。
彼を尊敬するなら、これからも尊敬し続けるのだから、そんな彼に敬意は払えども、恋愛感情は抹殺しなければいけない。
それが真に彼を思うということだ。
とんだとばっちりだと思うが、少し彼が恨めしい。
なんで、あの時、無茶苦茶に話を進める医者から私を庇って食って掛かったりしたのか。
そして、どうしていつもそんなに真剣な眼をするのか、優しい眼をするのか。。
こいつは俺の担当じゃないから知らん、そういう態度をなぜ取ってくれなかったのか。
でも、一番恨むべきは、そういう数々の態度に琴線を震わしてしまった、私の心なのだ。
次回に続く。
新年のご挨拶
- 2010/01/02 (Sat)
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新年あけましておめでとうございます

細々と続けているこのブログ『Think & Said to Myself』も無事年を越しました
先月は多忙&無気力だったのとで更新がまったく出来ず、申し訳ありませんでした
今年も色々なことを書き連ねていきたいと思いますので宜しくお願いします

目標は一週間に一度は更新する!!!!
・・・出来るかな
Autumn in Kyoto
- 2009/11/23 (Mon)
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連休の中日w かつてのAゼミの女子メンバー5人で京都に行ってきた

嵐電(らんでん)こと、京福電鉄。一部は路面電車になっている。
いつもは薄黄色に深緑のお帽子・・・という色合いだが、今日向かいのホームに停まっていた嵐電はオシャレだった

ご存知、銘菓・八つ橋の会社の宣伝1色!!!夕子ちゃんもちゃんといます

Aゼミ乙女(言いすぎならスミマセン)メンバー、向かいの車両から、
「ピンク
かわいい
あれ、乗りたい~!!!」ピンクはいつだって女子を味方につける色である。。
集合はJR京都駅。
大阪駅から野洲行きの快速電車に乗る。新大阪を過ぎ、電車は東淀川や吹田、千里丘を通過していく。
かつて住んでいた場所が高速で流れていく。
また、郷愁に駆られた。 ここにいたいよ・・・。
駅周辺の唯一のランドマークである高層ビルを私の目が捉えたとき、それはピークに達した。
やっぱり私の居場所は、この街なんだ・・・・・。
魂を、そこに置いてきている気がする。
私の体は南大阪にあるが、心はまだ、北大阪に置いたまま。
本当にそんな表現がピッタリ。
快速なら20分掛かるか掛からないかで行けるかつての街と違い、今住んでいる場所は1時間半は余裕で掛かってしまう。
大阪に取り残されている気がする・・・。
久しぶりに味わった郷愁。それも乗せて列車は走る。
連休と言う事もあり、ごった返す京都駅。33番ホームってどこやねん。そもそも京都駅って33番ホームまであるのか・・・。
なんて諸々考えているうちに他の4人と合流。
先月開かれたA先生の誕生日パーティに参加したメンバーを除いては、卒業してから実に7ヶ月ぶり。
みんな変わってるのかな・・・と思ったけれど、私も含め、見た目にそんなに変化はなく、服の趣味も皆あの頃のまま。
学生時代に帰った気がして、ほっとする

この日集まったメンバーは、
教師(私)
JALグランドスタッフ
ホテルスタッフ
大手メガバンク勤務
雑貨販売(営業?)
と職種もバラバラ。Aゼミの中では銀行勤務と教員が多いので、この日集まったメンバーの職が全部違うのはプチミラクル

まずはここw
おっちゃん、まぢKY・・・
その服にアウターがジャンバーって・・・
などなど、女子めんばー、後から辛口批評。笑
やっぱ、嵐山といえば渡月橋ww
その後、お昼をいただきましたw
「嵐山うどん」
どの辺が嵐山なのかは、心の眼で感じてください・笑
寒い晩秋にうどんはあったまる

次はこちら。
天龍寺

いつもうずまきの庭が見たいと思うのだけど、今回も二条城での拝観料を考え、ここはケチることに・・・
境内だけ堪能して帰りました。
そこから電車に乗って、二条城へ。
圧巻!!!
お堀です★
京阪電車がトーマス仕様だったので、思わずカシャリ


電車に乗って向かった先は、抹茶のおいしいお店

私が頼んだのは定番の抹茶パフェ

濃厚な抹茶アイスに抹茶ゼリー
ゃばいよゃばいよ
友だちが頼んだ抹茶ぜんざいは、まさにシアワセの味
今度行ったときは私も頼んでみよう
スイーツ1品で4時間ガールズトークww
京都を出たのは20時半をまわってました。
やっぱ学生時代の友達っていいわ
心構えなくていいし。京都、あらためていいところやなって実感した1日。
次こそはうずまきの庭を見るぞ
笑 嘘で出来た壁
訓練室に入った瞬間、無意識のうちに癒し系P.T.を探して視線が宙を泳ぐ。
そんな自分にP.T.を見つけた頃に気がついて、嫌気が差す。
そんな土曜日に変わりはない。。。
今日はP.T.の射抜くような視線は向かってこなかった。それで少しほっとする
あの視線に射抜かれたら、私の心の壁は崩れてしまうから。あっけなく。私はきっとどこまでも子どもになってしまう。
それが怖いから。


今週からリハビリ開始時間より少し早く来て、家でするようにといわれている自主リハをP.T.の前にもやってほしいとのことで、開始時間より少し早めに行くと、いつもなら前のクランケの訓練をしている担当P.T.が山のようなカルテの乗った机に向かっていた。
私の姿を認めると、挨拶もそこそこにケータイを取り出し、それも用意していたようでカバンの中から・・・とかではなくサッと出てくる。
「さ、自主訓練してくれますか」
とケータイのアラーム機能を使い、時間を計り始めた。
たまたま今日、前の時間帯にクランケの予約がなくて溜まったカルテ記入をしていただけなのか。
それとも自主訓練があるから、わざと前の時間を空けていたのだろうか。
自主訓練の体勢を取っていて、ふとあることを思いつく。そのまま口にしてみた。
「よく、刑事ドラマなんかでこんな格好で死んでる場面ないですかー??よく白いチョーク跡とかこんな形になってるシーンあるでしょ」
と私が軽口を飛ばすと、「めぐさん、サスペンスの見すぎ
」笑
だって刑事物好きやねんもん・笑
それと言うのも、うつ伏せに寝そべり、片手片足を曲げ広げた姿勢なのだ。これがリハビリでなければ、寝相が悪いとしか言いようがない。
はははははーwなんて笑い飛ばしながら、私は心の奥底で、違うことを考えていた。
わざわざリハビリをする日に、する直前に自主リハをしろなんて、今までなかったことだった。もはやリハビリだけでは追いつかないのではないか。
夕立の前の空のように心に黒雲が広がっていく気がした。
それを払拭したくて、違うところへ意識を向けようと意識した。右手からは据え置きのラジオから流れる平井堅の新曲。DJの声は聞き覚えがあった。どうやら局は、FM802らしい。
平日は子どもとP.T.の声以外何も聞こえないが、土曜日はなぜかラジオが流れっぱなしだ。
左手からは、癒し系P.T.の声。もう付き合いが長いらしい、20歳くらいの男性クランケの訓練だった。
この2人が会話をしていると、本当におもしろい。
「ちょっと太ったんちゃうん?この間までダイエットしてたのに」(また体重ネタ・笑)
『一時痩せてんけどなぁ。来週までに体重は無理でもウエスト減らすわ』
「体重減らさんと、どやってウエスト減らすねん」
癒し系P.T.があまりにも淡々と、しかも間髪いれずにツッコむので吹き出しそうになってしまった。
「今80kgくらいあるんちゃうんか。せめて10kg落とせや。風呂とか跨ぎにくないかー」
『そうなったら真剣に減量するわ』
「そうなってからやったら遅い!!」
『わかったわかった!来週までにウエスト減らすって』
「だからどないして減らすねんウエストだけ」
ボケとツッコみが自然と成り立っている。さすが双方大阪人・笑
クランケと漫才を繰り広げながらも、最後は身体の問題に帰結する。彼はいつもそうだ。
癒し系のほうへ研ぎ澄ましていた意識を担当のP.T.へと向けると、何やら小難しい表情。どうやら力がうまく入らないらしい。
いつもと違う訓練方法に切り替えられた。
気温が低下してきてからというもの、内反足がひどく、自分の足なのにあまりの曲がりように内心「気持ち悪っ」と思ってしまう。
「この間、リハビリの後で研修やったじゃないですか。そん時にねー、F駅で降りれんくって。結局2駅先まで行ってしもたんですよ」
『なんでー?』
「ホームと幅が空いてて」
『あーなるほどね。』
「そこから引き返したけど、それでも無理で。結局高校生に手ぇ貸してもらってやっと降りたんです」
『前から降りにくい駅やったの?』
・・・・・・・。。
「いえ、4月に辞令を貰いに行ったときには自分で・・・(降りられました)」
『そうか』
「結局研修は『本日のまとめ』しか聞けなくて。・・・あーあ、そんなんならいっその事、リハビリやから休みますってサボればよかったなぁー」
『こらっ
』とP.T.は笑うw
もちろん、「サボればよかった」なんて本心ではない。笑い飛ばしてしまうことが苦しいけれど、楽なのだ。
ここ何日か、膝が伸びづらいこと、左足の内反足が強まっていることは口にしなかった。
内反足が強まると、自ずとそちらの足の尖足(爪先立ち)が目立ってくる。最近の私の左足はもはやもう指先の第一関節より先の部分しか地面に付いていない。
そうなってくると、より立位保持が困難になる。
アキレス腱の伸展、屈曲もスムーズではない。冬がくれば気温の関係でどうしてもかたくなりやすいが・・・。
思うように膝が伸びないとき、つかまり立ちでも尖足が抑えられない時。
怖いのか、何なのかわからないけれど、切羽詰る思いに潰されそうになる。
でも口に出来なかった。この人になら言ってもいいはずなのに。
『そういえばTさんもね、幅が空いてると乗り降りしづらいって言ってはったわ』
『あとね、「席を譲られても困る」って。真ん中のほうの席を譲られても、降りられないって。掴まるところがなくて立ちづらいし、立ててもドアのところに行くまでに発車してしまうんだって。だからドア近くの壁際を譲ってくれるのが一番ありがたいんやって。』
それ、私もそうです!と思わず言っていた。
今私の最寄り駅は終着駅だから、終点まで乗っていていいのでそんなに焦らなくなったが、以前はそうではなかったのでゆっくり降りる時間を取れない。
電車が混んでいて人がいっぱいいると真ん中の方の席からドア付近に行くのに時間が掛かり、降りられるかを考えるとすごーくストレスを感じるのだ。かといって、電車が動いているうちに移動することはできないし。
「立ちにくいのは椅子の背もたれ部分に手を置いて少し腰を浮かせて、後は反対の手でつり革につかまって、それでよいしょって自分を持ち上げれば、スムーズに立てるんです。今度Tさんに教えてあげてください」
『へぇぇー』
掴まらないと立てなくなってから編み出した知恵だった。尤も人によって微妙に出来る・出来ないに差があるのでその方法がTさんにも有効かどうかはやってみなければわからないが。
「私は、人に席を譲れないのがいちばん悔しいかなぁ」
『え?』
「もうつり革だけで立てないから。目の前に困ってそうな人がいても、譲れない。それが一番悔しいんですよ。前は少し席が空いてても元気なときはわざと座らずにいたし。お年寄りとか妊婦さんにはじゃんじゃん席どうぞ
って感じやったし。今は、譲りたいのに見て見ぬ振りしなあかん。そんな自分がいたたまれへんから寝た振りです。卑怯ですよねー。 まだ学生やったときに、環状線で臨月らしい妊婦さんが立っててね、『どうぞ』って言ったけど、その後自分がふっらふらで。見かねたその妊婦さんに逆に譲られ返されてもて・・・。
なっさけねー!かっこわるっ!!って感じですよねぇ、あはは
」
実際、今でも思い出すと『あはは』な気分ではいられない。なっさけねー!かっこわるっ!!と笑い飛ばしてしまえないのだ、まだ。
なのに、なんで私は、ここまで虚で固めるのか。
本当は譲られ返された後、そんな自分が不甲斐なくてその場から消えてしまいたいと思った。隣のおばあさんがすっごく良い人で、「いいのいいの。あなたのその優しい気持ちだけで充分よ。きっとあの方もわかってはるわ」と言ってくれたのだ。
それでだいぶ救われた。
だいぶ、担当P.T.のN先生とも信頼関係ができてきて、色んな話をするようになった。N先生の方も、
『私も妊婦だったときにね、妊婦さんに「私の方が(お腹)小さいから」って席譲られたことあるよー。いやいや貴方も妊婦だから!笑 でもねー、ピンピンしてるオッサンは絶対譲ってくれないんよねぇ。やっぱ女の気持ちはわからへんのかなー・笑』
なんてざっくばらんに喋ってもくれる。
でも、私の中で、ある変化が出てきていた。信頼関係ができればできるほど。
本音を隠す。悪い本音を。
自主リハを始めて、少し持ち直して筋肉を軟らかく、体幹の歪みも多少マシに維持できていたときのあのN先生の良い笑顔。
それが忘れられないから。
そして、少し硬くなってきたときの、先生の表情の翳りも瞼に焼き付いてるから。
もちろん、私が先生でもきっと同じ反応をする。
通常は40分と決まっているのに、最近おそらく意図的に一番遅い時間に予約を入れてくれて1時間半してくれたり。
そんな先生を見ていたら、先生が気が付かない限り、最近調子が悪いなんて言えない。
まぁ向こうもプロだから、それくらいとっくに気が付いているだろうけど。
なんでも「トシですかねぇーもう」とか「情けないわー」と笑い飛ばして、私は大丈夫と見せ付ける。あたかも大丈夫であるかのように。
でも本当は独りになったとき、気が狂いそうだなんて、誰が言えよう?
一番理解して欲しいのはそこだと言うのに。
自分が崩壊しそうで怖いんだと、どこまで(機能が)堕ちていくのかを思ったら喚きたくて泣きたくて、でもそれさえ満足にできなくて。
でも、それを押し隠し、「あっははは」ですべて済ませる。私は全然ヘコんでないよとアピる。
空虚感に包まれて、病院を出た。
一番理解して欲しい人にまた、強がりを言った。
また、本当の私と違う印象を積み上げた。
心配させたくなくて。
失望されたくなくて。
頑張ってる先生が先生自身を責めることがあるかもしれないのが嫌で。
クランケに気ぃ遣われるのも、迷惑かもしれないけれど。
知り合いのCPの患者の話をし、「どう過ごすかで人生変わると思うんですよね」
もちろんこれも本音。だから、気が狂いそうになるなんて言ってもいられないけれど、でもやっぱり思うようになる、その範囲が狭まると、私がどんどんダメな人間になっていきそうな気がする。
理屈ではちゃんと違うってわかってるのに。
苦しいよと
いえるのはP.T.
だけなのに
強がり積み上げ
我が首絞める
皮肉な短歌。お粗末サマでしたw
私はいったいだれに助けを求めればいいんだろう。
これ以上失いたくない。
明日へ渡すバトン
ブログの1つも書けないほど仕事に追われているわけではない。追われた後の体は疲労しすぎていて、もはやもうPCに向かう気力・体力が帰ると底を尽いてしまっているのだ。。
ゆえに書ける時に、書きたかった日にちに合わせてアップする・・と言う事が増えた。
読者のみなさん、過去ログの中にも未読のログが眠っているかもしれません

11月5日。予定通り、体育大会挙行

インフルで学級閉鎖が相次ぐ中、どうなることかと思ったが、奇跡的に学級閉鎖になるクラスもなくこの日を迎えることができた。
この日の1年生の選抜リレーに1年生の教職員も飛び入りすることになっていた。
事前に走る距離や走る順番を決めておく段階で、先輩の先生が私に「めぐさんは何メートルいける?」と尋ねてきた。
素直に嬉しかった。大人になると変に気を遣って走るように仕向けてくれない人もいる。
だが、それは私にとってはありがた迷惑である、正直。
私は運動会のような行事も、その中でも特にリレー、徒競走は大好きなのであるw
皆が楽しんでいるのを見ているだけなんてありえない。そんな奴

50mくらいなら大丈夫と返したが、いかんせん人数が多いウチの職場。あんまり走りすぎては他の先生が走れないからと25m走って国語の先生にバトンを渡すことが決まった。
期待と不安が入り混じる当日。こんな気分を味わうのは何年ぶりだろう。
早く走りたいという思いと、少しの不安がマーブル模様をえがく。
不安の元は、ブランク。
なんせ、走ることはあってもリレーとなると10年ぶりなのだから。
私の前の走者である、英語の先生が近づいてくる。右手を後ろに差し出しながら助走をつけるが、その助走は自分の納得いくものでは到底なかった。しかし、その事実に眼を瞑る。
バトンの感触がしっかりと手に伝わる。
しっかりとそれを握った筈だった・・・・が、次の瞬間、私の手の中には何もなく、目線を移せばまだ、その先生の手の中にある。
痛恨のバトンパスミス(しかも原因は私・・・)
これはその後、しばらく生徒にいじられる恰好のネタになった
改めてバトンを受け取り、走り出す。受け取った途端に、右手からバトンを左手に持ち替えるという一連の動作を体はまだ、覚えていた。
渡す相手が右利きの場合、自分が左手に持っているほうがパスがスムーズにできる。
小学校で昔よく教えられた。
走り出した私を襲ったのは違和感。
遅い。
遅い。。
速く足を前に出そうと意識する。でも。。
遅い。
めっちゃ遅い。。
自分の走る速度が数年前に比べて圧倒的に遅いのだ。苛立ちが募る。
もっと速く走りたい

これなら歩いているのと速さは変わらないじゃないか。走るフォームを取っているだけで。
『先生がんばれーーーーーーーーーー』
口々に言う応援が聞こえる。2年生の応援席からだった。
走りながら笑顔を返す。
頑張れって言ってもらえることがすごく嬉しい

応えたいと思う声援がそこにあるのが嬉しい

無事、転ぶこともなく国語の先生にバトンパス

歩いているのとほとんど変わらなくなった私の走る速さ。
その事実に暗鬱な思いを寄せる。
でも、まだ「走れる」だけありがたい。
それに私は走ることが好き。
どんなに走るのが速くても、走ることに楽しみを見出せない人より私はまだ幸福なのだ。
それに応援してくれる人も、絶えることなくいつもそこにいる。
ずっと生徒に見せていたい。見せ付けていたい。私の走る姿を。教師として。
私は速く走れないけれど、絶対走ることに手は抜かない。負けることがわかってたって、いつだって全力で走る。どうせ負けるからとへらへら走っている奴は(尤も見る限り、そんなにひどいのはいなかったけどね)その姿を焼き付けておくがいい。
こんな事今まで考えたことなかった。走る自分を生徒に見せていたいだなんて。
いつまでも見せていたい。
見ていて欲しい。
たとえ自分の足が役立たずになったって、私は走りたい。
怖いのは、走るのが遅くなることではない。
走るという行為そのものが完全にできなくなるときが怖いのだ。
今日走って明日へ繋ぐバトン。
それを1日でも長く。
また、欲を張った。
嵐が丘
こぼれてく。こぼれてく。。
両手から。
指と指の隙間をぎゅっと埋めても、埋まりきらないその隙間から、
こぼれてく。
嘲笑うかのように。
必死で必死でかき集めても、
その量はこぼれる量に到底追いつかない。
今週月曜日。
体育大会予行練習(土曜)の振替休日だったため、リハビリを入れてもらった。しかし、その日は夕方市教委での研修も予定されていて、あわただしい1日。
どうしても10分は遅れてしまうため、リハビリのほうを休むかどうか迷った。でも、その振休を利用しなければ次まで3週間もあいてしまう。ますます寒くなるこの時期、できるだけ行ける時に行っておきたかったので校長に相談すると、教委には連絡しておくので行ってこい、とのこと。
お言葉に甘えて、リハビリに行ってから研修に行くことにした。
研修会場は勤務先の市の市役所の一室。私の家も勤務先の駅も私鉄が近いので、普段あまりJRは利用しない。
が、市役所はJRから徒歩7分。断然近い。
リハビリをしながら、私の心にはある不安がちらついていた。
その不安をP.T.に告げようか否か逡巡しているうちにリハビリは終わり、担当は次のクランケの元へと急ぐ。
忙しい彼女に、ついにそれを口に出来ぬまま帰路につく。
心をぶちのめされるきっかけというのは、案外どこにでも転がっているものだ。
まず、天王寺駅で乗り換えが必要だったが、7分というタイムラグにすっかり安心しきっていると、快速を逃した。
先ほどまで表示されていた電光掲示板の時刻が、たった今ないことに戸惑いながら時計を見るとちょうど発車時刻。
7分もあるのに・・・。
同期の言葉がちらつく。
『めぐさん、春に比べて歩くの遅くなってない?疲れてんちゃーん』
まさかね。
気を取り直して、次の快速に乗った。予定では16:20頃には会場に着いているはずで、1時間ちょいは話が聞ける筈だった。
目的の駅が近づき、私は必死で脳内にまとわりついて離れない不安を払拭しようとあらゆる気休めを心の中で言う。
しかし、扉が開き、私を待っていたのは、闇だった。
ぽっかりと口を広げる闇。
そこに勝とうと懸命に足を伸ばす。が、出ない。出しかけた足を引っ込め、その闇を睨み付けた。
間の抜けたメロディの後に電車のドアは閉まり、徐々に速度をあげていく。
降りられなかった。
前々から、少しホームと電車との隙間があるなとは感じていたが、4月に辞令を受け取った日には1人で乗り降りできた駅である。
たかがこれしきの幅。それを越えられなかった。
その事実は、心をなぶっていく。
次の停車駅でも同じだった。降りられると何度も自分に言い聞かせたが、だめだった。
結局2つ先の駅まで行ってしまった。
とにかく教育委員会に電話しなければと思ったが、生憎府の教育委員会の番号しかメモリには入っておらず、市のそれはなかった。
学校に電話をしたが、休日の夕方。当たり前のように誰もいない。
校長の携帯に電話を掛けた。見慣れた重厚感ある声が私の耳に届く。
私が尋常ではない声で、教委の番号を尋ねるのを不思議に思ったのか、理由を尋ねる校長。
答えるには容易いことだった。・・・が。
それを言葉に出してしまうのは、それを言葉にして自分に再認識させるのは、とてもつらいことだった。
「●●の駅で、電車を・・・ひとりで」
先が言えない。
でも言わねばならない。苦しい。。
「ひとりで・・・降りられなくて」
嗚呼。これが事実。
自分の声が震えているのを、恥ずかしいと思った。情けないと思った。。
「今K駅にいるんです。これから引き返します。すいません」
同じことが前にもあった気がする。学生時代、応援に通っていた教室の最寄り駅が乗り降りしづらく、いつもひとつ先のM駅まで乗って1駅引き返すという通勤を繰り返していた。
様々な感情がごちゃごちゃになったまま、電車は私を乗せる。
引き返したはいいが、やはり降りられない。
向かいのホームにいる車掌にひたすら目力を送ったが、気づいてくれない。
2つ先の停車駅まで向かえば私鉄と連結している。それで勤務校の最寄まで行き、バスで行くことも考えたがその方法では確実に研修が終わってしまう。
なんとしても降りなければ。
目の前に女子高生が乗ってきた。様々にめぐる別な思いをすべて打ち消して言葉にした。
「すいません、手を貸してもらってもいいですか」
何のためらいもせず、笑顔で「あ、はい。いいですよ」と腕を貸してくれた女の子。
自分ひとりではあれほど怖かった闇を、難なく越えることができた。
その女の子にお礼を言い、会場へと急いだが結局受けられたのは15分間のみ
指導主事には嫌味を言われ、受付の女性には「めぐさん先生、どうしたんですか、なんかエラい顔してますよ」と言われる。。
だんだんよわくなっていく私。
見ているしかできないじぶん。
悔しい。
情けない。
怖い。。
そして、そのどれにも分類されない感情が憤怒するように湧く。
数時間前に顔を見たばかりの担当や癒し系P.T.の顔が浮かぶ。会ったばかりなのに、もう顔を見たいと思う。
安心したかった。させてほしかった。。何をかわからないけれど、大丈夫だと。。
木枯らし1番が身にしみた。
情けなくて、消えてしまいたいと思った。 続く
蒼の写真
- 2009/11/02 (Mon)
- ☆日記★-日常全般-☆ |
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秋は音もなくやってきて、明日からはまた寒くなるという。秋を肌で感じる暇もなくせっかちな冬が足踏みしているようだ。
出かけた帰りの地下鉄の駅を出たロータリーの前で、高校生のカップルがキスをしていた。
別段めずらしい光景というわけではないけれど。
自分たちの世界を不特定多数の人間の前に晒せるということが、そのまま若さを晒している様でもあって、自分がひどく年を取ったように思えた。
ただ、互いの唇を必死で重ねているだけのシンプルな行為だった。まるで、それしかその方法を知らないかのように。
しかし、その年齢にしかないひたむきさがそこには詰まっているような気がした。
今日はかつての塾の同僚で、今は良き友人となっている人たちと焼肉に行ってきた。
そのひとりN先生が3年間の講師経験を経て、晴れて大阪市の教員採用試験に合格したのでそのお祝いで。
最近はかつて、講習も受け持ったことのあるO君もよく参加してはソフトドリンクを飲んで帰ることも多い。
大学生にも見えなくはない彼は、別に酎ハイを頼んでもバレないだろう・・・と思うのだが、警察官になりたいという彼らしく、律儀に烏龍茶やコーラを頼む。
とは言え、自分が彼を教えていた頃は、年齢より見た目も中身も大人っぽい子だなという印象だったが、やはり残るあどけなさは「あぁ、まだ高校生なんだな」と思う。
そう思うようになったのも、自分が老けたと言う事か。。
今。親友以外で頬が痛くなるほど笑える瞬間を共有できるのは、もはや塾の元同僚だけになってしまった。
その元同僚のひとりが、『めぐさん、最初の頃よりきれいになったと思わへん?なぁ、O君』
そこには、私とその人と、O君しかいなかった。
私は一瞬たじろいで「どうしたんですか、急に」と答えた。
博識で、色んな教養がある人だが、女性を相手にするとなると少し幼さの残るその人は時折聞くほうがドギマギするような事を『今日はいい天気やね』というのと同じくらいさらっと言ってのける。
1年ほど前は、お気に入りの深い紫のチュニックの色を「きれいで良い色だ」と言った。
それもその人を喜ばせようとかそういう意図ではなくて、思いついたことを思いついたときに言うのだ。
『「最初」っていつッスか』とO君が尋ねる。O君も私とおなじくどう反応しようかという感じだ。
そりゃ、そうだろう。17歳の普通の高校生が女性を褒める美辞麗句を言いなれているわけがない。
もちろん、きれいと言われていい気がしない女性はいない。でも思う。そういう言葉はいちばん大事な女性のために取っておくべきだ、と。
得てしてそういう男性は、自分の一番大事な人にほど、そういう言葉を口にはしない。
仕事を始めてから、化粧を落とす気力もなく寝てしまう日が多く、肌の状態は悪くなるばかりだったからそういわれて少しほっとした
平日は、ファンデーションを塗って眉毛を整えるだけ。アイカラーもほとんどしないし、チークもつけない。
どんくさくてチョークの粉をよくつけてしまうから、服も傷んでも後悔しないような安い服。
だからこそ、休日は思い切りそこから離れる。
休日に出かけるときは、きちんとビューラーで睫毛をカールさせ、丁寧にマスカラを塗り、ゆっくりとまぶたに色をのせていく。
服も汚れを気にするような服とか、
たとえば今日は、職場に着ていったなら「だらしない」と一蹴されそうな長ーいトッパーカーディガンとか
出かける途中でどこかにひっかけたらしく、待ち合わせをする頃には右の袖との網目がほつれて穴になっていたのが残念だけれど。縫っとかなきゃな。。
何はともあれ、今日は久しぶりによく笑った。
名古屋からわざわざ駆けつけたSさんにも会えたし、H先生にも再会できていい1日になった。
23years....~過去に流せなかった涙~
小学校よりも少し遅い体育大会をもうすぐに控え、リレーの選抜メンバーは「出たくない」「メンバーから外れられないなら(体育大会を)休む」などと言っている。
100mや50mのタイムが速いと体育の教師から太鼓判を押されたメンバー。
特に男子は「この4人が出れば優勝する
」というお墨付きまで貰った。わがままを言いたくて「休む」「休む」と言っているだけかもしれないけれど・・・・
あまりしつこいと、だんだん腹立たしくなってくる・・と言うのも教師以前の人間としての私の本音である。
私は50mを7秒や8秒で走ったときの世界がどんなものかも知らない。
それを知っているだけでも充分尊いことなのに・・・。。
私が風を思い切り切って走れるのは、いつも空想の中でだけ。
それでも私にしかわからない事がたくさんある。
それが自分の教師人生の武器になると、
それを武器に出来ると、
思っていた。。。
しかし。
『先生はウチらの知らんことを知ってるかもしれんけど、「普通」の気持ちが全然わかってへん』
たった一言。放たれるのに掛かった時間は5秒と掛からない。
でも私の心を思いっきり凹ますのには充分な一言と時間であった。
とっさに返す言葉が見つからなかった。
どう言って、放課後彼女らを帰したのかうまく覚えていない。おそらく職員室へ戻れとの呼び出しをこれ幸いと抜け出したのだろう。
確かにそう。
私は大多数が知っていることを身を以って知らない。
想像することしか、出来ない。
だから解ってないと言われても仕方がないし、想像すら難しいことだって中にはある。
彼ら、彼女らは、『普通』の気持ちがわかる教師を求めている。
自分たちが日頃知らない世界を垣間見ようという気はないし、それは遠い次元のものだと思っている。
ずっと、自分のこれまでの軌跡を武器にして教師として生きていくのだ、と思っていた。
今の私の価値のすべてを握っているのは管理職でも同僚でもなく、子どもたち。
その子どもらに『必要ない』と言われれば・・・。。
自分のこれまでの人生をすべて否定された気がした。
私の23年間は無駄だったのか。
障害児など欲しくなかったと言われ、近所の子どもの遊びの輪に入れてもらえないこともあり、周りの子と同じように動けないことに内心地団駄を踏み、それをもやがて、諦めていく。
思春期には恋愛をするにもいちいち逡巡し、高校生になると自分の将来に怯え・・・。
出会った人に、単独で・・・時に気が狂いそうになる物事と対峙しながら、それでも何とか折り合いをつけ、自分にまとわりついてくるCPに意味を見出した大学時代。
人より劣っている面が多いのは否めない。でも人間的な部分では、そうでないと思える程のささやかな自信も体得し、子どもらに何かを伝えたい、残したいと思うようになってきた。
今の自分を大事に出来ない多くの子どもに、あなたはただ生きているだけでこんなに素晴らしいと、何かのカタチで実感してもらえたら・・・と。
人より少し多く躓いて、人より少し回り道をした分、躓いた子に手とは言わずとも小指の先くらいでも差し出してやれるのでは・・・
回り道をしてしまった子に、その遠回りの意味を伝えられるのでは・・・
そう思って就いた教職。
でも、私を必要としている人間なんか目の前にいないんじゃないのか。
誰も、私一人いてもいなくても変わらないんじゃないのか。
私の今までって何。
私が今まで筆舌に尽くしがたい思いで飲み込んできた痛みって何。。
すべて無意味なのか。
すべて無駄なのか。。
23年という歳月に疑問を持った。
こんなに感情を表に出して泣くのは、もう、記憶にないほど昔ぶりだ。
私って何。。。
今現在、セカイを見渡せば私より辛い目に遭っている人はゴマンといる。
そんな中、こんな事で落ち込むのは至極贅沢なことなのだろうが・・・・・・
今までの生き方を否定されたようで、
私という人間を否定されたようで、
ただただ、
泣くしか出来なかった。
きっと、うんと幼い頃に、自分自身を誤魔化して流してこなかった涙もふくまれているのだろう。
出てくるやるせない感情の渦にまかせるがまま、ただ、泣いた。
Do you need me?????
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