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Think&Said to Myself

日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw

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The Sweetest Drug

8ヶ月愛用したNIKEのVANDAL LOWが穴が開きかかっていて、もはやもう虫の息・・・

CONVERSEは学校の中を歩くのに一番歩きやすいから、学校に行く時はコンバースだけれど、雨の日や(コンバースの素材は帆布なので)リハビリの日など走るおそれのある日はクッション性が高く耐久性のあるadidasやNIKEを愛用している。

最近、靴の磨耗が若干早くなっている気がする。内転がひどくなっているからその影響でつま先を地面に擦りやすくなっているんだろう。

スニーカーって安くても4、5000円はするから若干イタい私、たぶん他の女の子よりずば抜けてスニーカーへの支出が多い気がする
でも服はここ2、3年定価で買ってないなぁ・笑


虫の息のNIKEに代わるリハビリ用にフィット感の高いスニーカーを探していて、見つけたのがコレ





ルコックのスニーカー雨の日でも大丈夫なように人工皮革とかのスニーカーを買おうと思っていたのに、このかわいさに惚れて素材のことはどこへやら。。。笑 これも合成繊維。雨の日は履けにゃぃ
ルコックのスニーカーは初めてやけど、履きやすいって評判いいし、これもフットサルのスニーカーに形が似ているからきっと歩きやすい筈

何よりトリコカラーがめっちゃかわいいさすがルコックふらんすこれから半端丈のパンツとかにも合わせて履きたいなーww


しかも新作モデルなのに20%OFFだし、楽●のポイントも貯まっていたから定価よりだいぶ安く買えた


・・・雨の日どうするんだ。。。


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・・・つづきはこちら

Wherever I am , There's an English

週に3日A先生の顔を見る日々というのは、なかなか濃いまぁ良い意味で・笑

3回生の時はまったく先生の授業を取っていなかったから衰えていたA先生のジョークへの免疫も少しずつ回復しつつある・笑

今日も音声学の授業を聴講しに行って、教室の前でMちゃん&Kくんに遭遇

13時からの授業には13時に研究室を出る、と豪語しているラテン気質なA先生。Mちゃんが先生に用事があり、教室になかなか来ないので待ち伏せていた・・・というわけらしい。


そういう事なら・・・というわけで私も待ち伏せに加わり、3人でだべりんぐ


途中、Kくんが「なんか今走ってんのが見えた


向かいのA棟との渡り廊下・・・・・・。。トレードマークともいえる、黒のジャケット・白のノーカラーシャツ・カーキ色のスラックス・・・・。。A先生が走るなんて・・・ヤリでも降りそう


そして今日もA先生はA先生ペースで授業を続け、途中私達は失笑・笑

中国人留学生を捕まえて、英語で話しかけ黒板になにやら中国語を書かせたものの、それを読み上げる先生の中国語の発音が、ネタなのか素なのか、中国語をまったく知らない私でも「これはあかんやろ・・・」って思うほどで、私とKくん、声を押し殺して笑いまくる


こういうA先生の楽しいところが良くて、Aゼミに入ったっていうのも理由の1つ。実際少々テンションが下がろうが、A先生独特の世界に入ることでストレスが軽くなるから不思議だ。


昨日のA先生は、もう神が降臨したかの如く、ノリにノっていて、授業の終盤ではマイクなしでもマイクがあるのと同じ声だった。
大学の教授にとって、自分の理論を思いっきりひけらかせる講義というのは至福の時なのではないか。


だったら、私達はそれを真剣に聴く義務があると思った。

 

同じ「詩をかく」という趣味を持つ、私とKくんだが、Kくんが東京での就活では絶対に趣味に関して突っ込まれると言っていて、驚いた。
私も企業側に突っ込んで欲しくて、履歴書にも書いていたが全くと言っていいほど、そこには触れられなかった。Kくんも関西の企業には、流されると言っていた。
私も関西でしか就活をしていなかったからかもしれない。東京の人は詩人が珍しいんだろうか。。まさかね

関西弁を話すというだけで、首都圏の企業にはウケがいいらしい。関西人って得



もう今ではまったく就活はしていないけれど、今では就活をしていてよかったと実感している。

同じゼミの教採組も、他のゼミや専攻の教採組も、顔を合わせば教採組同士でしか固まっていないのである。それじゃぁますます世界が狭くなるやん・・・と思うけど、まぁわからんこともない。

第一に教採の勉強しかしていない子は就活の微妙な心境と言うものが理解できない。つい自分らの方がしんどいと思ってしまう。確かにずっと勉強漬けであるのはカナリしんどいけれど、でもことごとく企業に蹴り飛ばされるあの絶望感も相当だ。

それに徐々に内定を貰う子、内々定を貰う子、これまでまったくあかんって言うてた子が選考をトントン拍子に進んでいくその様子を目の当たりにすると鬱になりそうになるのだ。


私は就活のしんどさも、教採のしんどさもどっちも味わっているから、どっちで闘う子とも同じ位置で話ができる。それは今の私のひとつの強みだ。

・・・つづきはこちら

はじまりはおわりへの・・・

いつの間にか、アクセスカウンターがついていた。

やっぱり前のブログに居た頃より、1日のアクセス数は少ないけれど、やたら見られるよりこの方がいいかもwwだれも見に来ないのは、それはそれで寂しいけれど、ちょうどいい人数じゃないかな~。。


誰が見てるのかまったくわからないから若干緊張やけどね



・・・つづきはこちら

蒼色の部屋で

いつのまにか、夜中の3時久々に過敏性に不意打ちを食らわされ、痛みに苦しんでいた。
                         &
                    母と電話していた。


母との電話は、いつの日も僅かな欲求不満や消化不良を残して終わる。今日もいつものように。。


今日も例によって私が母を諭すか、母の若干我儘な理論を聴くかで終わってしまい、哀しさだけが部屋を埋めて行く。


それに気付いて泣きたくなったけれど、でも私が彼女と違う人間で、彼女の求める人間にはなれないように、彼女もまた、私とは違う人間で、私の求める母親像になど当てはまる気もなく、私もそこに当てはめようとしてはならないのだ。たぶん。。
それを親だから私の事には100%理解を示してなんていう願いはただの我儘でしかなく、それは私のエゴに他ならない。寂しいけど、たぶんこれでいいのだ。
まだ反論しつつも、反論するという事は、私の話を聞いているという証拠だから。それだけでいい。


応援してくれる人は、彼女じゃなくても沢山いる。


でもやっぱり親子だから、彼女にも理解して欲しいというのは、私のエゴだろうか。。


親にとって子は、ほとんどの場合1分の1だ。常に1番だ。

でも、他人はどんなに私に理解を示しても、どんなに私を認めても、所詮はone of them。


only oneにはなれないのだ。

それでも認めてくれる、理解してくれている人がいるというのは有難いし、嬉しいから、普段は意識的にこのことを忘却する。それで今日も過ごしていく。



だれかのいちばんになりたい。一番叶いがたいものなのかもしれない。人は誰しも護るべきものが多い。大事なものも多い。


そもそも、私のいちばんは誰?誰をいちばんと思う?


定義できない。。。


今日も父がテレビを見てばかりなのが気に食わないという母。彼女は昔からメディアが嫌いだった。弱い人で膨大で、しかもそれが、何の遠慮もなく、土足で人々の生活に踏み込んでくる。


無数の情報に彼女は翻弄されてしまい、疲れる。「生き辛い人」だ。いぃ意味でも悪い意味でも「適当に流す」事ができない。すべてのニュースをくそ真面目にみていたら、誰だって疲れる。


「じゃぁさ。お父さんがテレビをあんま見なくて、ゴルフやパチンコに行ったりするのはいいわけ?」


それも嫌だという。「じゃ、世の中のパチンコやゴルフ三昧のオッサンよりはいいやん」


よほどひどい父親ではない限り、娘にとって究極の男性の理想像とは父親なのではないかと思う。

でも・・・父親と同じ男など世の中にはいない。


祖父ほど、穏やかな人も珍しく、煙草呑みではあったけど酒は飲まなかった。女性の少しのワガママも黙って流していたようだ。


父親が禁煙家なので「煙草を吸う男はありえへん」という私に「別にいいじゃない。私はお父さんが酔っ払って帰ってくるのがありえない」という母。


男の人はただ娯楽のためだけにお酒を飲むものではない。時には接待だってあったりする。そこを許す幅は持たねばならないと思う。
母は料理もまずいし、放っておけば家の中は散らかり放題で、埃だらけ。
それでも文句を言わないのは(言う気もなくなったのかも)父の寛容さであると思う。なかなかそれを受容してくれる男性も少ないので、母は恵まれているんじゃないかと思う。


だって、戦前生まれの男の人が、自分で食器洗いしたり風呂掃除したりしないよね・笑


母もそうであるように、父もどこまでも母の理想に忠実なわけではない。それは人間だから仕方がない。どの欠点に妥協するか、あるいはその人のどんな良さに妥協しないか、が大事だろう。


母は自分が満たしてほしいばかりで、自分に関わる人へ何かを与えることを知らない。

「与える」というとすぐモノのやり取りを連想する母。その下世話さに呆れるけど、ある種母も人間の究極を表しているのかもしれないと思う。


精神的なものを与えるということを、彼女は死ぬまでに理解するだろうか。


一緒にいてやすらぐだとか、前向きになれる、だとか。。。


こうして今日も母を「観察対象」のように客観的に見すぎている自分に気付くとき、自分自身に興ざめする。もっと主観的でもいいのではないか。でも私が主観的に彼女を見るには私たちはあまりに違う人間過ぎた。。



母が大学で学問を貫けなかった理由も、母のこんな所にある。


彼女は与えられるのを常に待つばかり。自分の役割も、満たされるという感情も。


高校までは否応無く与えられていくものをこなしていけばいい。けれど大学は違う。一言に英語や国語、経済と言ったって、その中に幾つもの分野があってそれらを自分の興味関心から選び取らなければならない。


能動的に、主体的に動かなければ、大学での学問は大成しない。


もちろん与えられたものをこなすのは大事だ。それは大学で、社会で生きていくいち素養であったりもする。やっているときは気付かなくても。


でも・・・それだけでも虚しい。別に大卒だけがすべてではないけれど、彼女の場合、自分の学びえたものを大学等でも社会でも生かせていないことが虚しいのだ。


あ~眠。。4時やし。。。


そこが私と彼女の違いでもある。英語に対しても彼女は自分から選んだのではなく、「英語の成績がいちばんいい」という消極的な理由だし、英語のコレをしたいというのもなかった。



私は誰に似たんだろう。同じものを選んでもそこに至る心理的プロセスはまるで違う。


おかあさん、私は貴女と対話できる日はくるのでしょうか。もし来ても、そのときにはもう遅くないですか。


今はまだいい。文句を言える相手が存在し、半ば諦めつつも「相容れることができるのでは・・・」と希望も棄てずにいられる。


でもいずれ、貴女は私より先にいく。私をおいていく。それが自然の摂理だから。


そのときに、私の行き場のない満たされなさは、どこに置けばよいのでしょうか。


ぶち壊された固定観念

月曜は、英語教育の神T先生の授業。毎回眼から鱗

T先生の授業は、中学生に教える事を前提としているので中学校教員志望の私にはぴったりだ。


授業は、毎回毎回「チャンツ」と呼ばれる短いダイアログ(会話)をリズムに合わせて音読することから始める。

チャンツの内容は中学校レベル。目を瞑ってでも読めそうな内容ばかりなのだが、ただ読めばいいと言うものではない。当たり前よね、大学の講義やし


まず、リズムに乗れなければアウト。最初からやり直し。
発音も厳重にチェックされる。thやf、v、・・・細かい。それでも超スパルタ発音矯正の鬼・S先生に比べれば、T先生など甘いと思ってしまう。S先生は授業を取ったことの無い者は必ずその評判で先入観を持ち、「やな先生」と思いがちなのだが、S先生のすごいところは、先生の授業を受講した学生からは悪い評判は立たないということ。
私もあの先生の授業を受講してよかったと思うま、今やから言えるんだけど受けている頃はもぉ必死だった。あれほど厳しい先生も、まぁ珍しい。海外の大学なら、あれくらいの厳しさは普通だけどね。。


今日はwant to be~。「~になりたい」という表現を教える場合。

そこでどんなアクティビティを授業でさせるか討論になった。当然多いのが「自分の将来なりたいものをスピーチさせる」等。


・・・・しかし、これは絶対してはならないアクティビティなのだそうだ。


まず、中学生という対象から言って、「自分が将来なりたいもの」が定まってない子が圧倒的に多いということ。

「そういう子はね、『Nothing』で終わるよスピーチ」by先生。

それにあったとしても、微妙な年齢。自分の夢に関して正直に語りたがらない子が多いのだそうだ。私はこういうの嬉々として語るタイプだったからイマイチ実感が湧かない・笑


でも「自分のなりたいものが定まらない」って、まぁ中学生の年齢では当たり前かもしれないけど、それでも「総理大臣」とか「宇宙飛行士」とか、まぁならないものでも「語ってみる」って事ができないのは問題だなと思う。


クラスに一人はいなかった?

「総理大臣になりたい」という子や志望校を訊かれて「東大か京大」って答える子


結局、総理大臣にはならないし、東大にも京大にも行かないんだけど、「こうあればいい」っていう姿を言えるってのは大事だと思う。


いつから子どもは夢を語らなくなったんだろう。


話を戻して、このアクティビティの問題点がもう1つ。


なりたいものがあっても、それを表現する単語が難しいということ。下手をすれば中学生の持っている辞書では補いきれない可能性も大いにある。


「昔ね、『父親と同じ市役所の土木課に勤めたいです』って子がいたのよ。皆、『土木課』って英語で言える?」




・・・・英語を専門にする学生ばかりなのに誰も答えられない。


「誰も言えなくて当然。自分の関わっていない分野なんやからな。だから自分の言える分野を増やしていくことがスピーキング能力の向上になる」


ほぇ~


ちなみに「土木課」はcity planning, city engineeringなどというらしいです。。言われてみればなるほどって感じやけど、なかなかすぐにいえないものって結構あるよね。






授業が終わって、T先生が話しかけてきた。Tファミリーに今年から入ってきた奴なので興味があったらしい。

「めぐさんは出身はどこ?」

「●●県です」

「高校は?」

「△△高です」


「あー知ってるよ!!文化祭に一度お邪魔したことがあってね。知り合いの先生が●●大の教授なもんだから」


あんなマイナーな地方のいち県立高校を知ってる人がいるなんて・・・ちょっと嬉しい


その後、教採の話とか色々になって、私は心配していたことをぶつけてみた。


どうしても教師になりたいが、ずっと立ちっぱなしの仕事に不安があるということ。
私に務まるのかということ。


「別に座って授業したっていいじゃない」


・・・・でも、板書は・・。。


「英語なんて基本的にそんなに板書をがちがちやる教科でもないからね。なんで板書をきちんとしようって思うの?」


中学校のとき先生がくそ丁寧に板書をしてたから・・・


「あんたらが受けてきた英語教育の弊害がそれなんよね。あんたらが教壇に立つからにはそれを根底から覆さんといかんよ。語学なんて間違わないとうまくならないのに、今の教育は子どもらに間違うことを恐れさせる。だから自由に発言させる場になるとなかなか意見が出ないでしょう。」


「生徒はそれぞれ違って、個々の対応をしないといけない。でも、めぐさんが今杞憂していることというのは、『皆と同じでなければならない』っていう概念から来るものでしょう。生徒は違うのに教師がそのような立場を取っていたら、個への対応も出来ひん。・・・違うか?別にいいじゃない。めぐさんだけの授業スタイルがあったってさぁ。まずはめぐさんがその考えを変えないとあかんよ」



やっぱ目から鱗。車椅子でもない限り、座って授業をするという概念がまるで存在しなかったのだ。思えば大学の教授なんかも座って授業している人結構いるもんなぁ・・・黒板の端への移動はころころ椅子とか・・・笑

教授が椅子に座って転がっている姿、客観的に見たらカナリ面白いよ・笑

従来からある「教師の授業の仕方」というものに自分も当てはめなければならないと無意識に思い込んでいたことに気付いた。


よかった。今日先生と話して

この大学にいなかったら、私はT先生やA先生に出逢うことはなかったんだなぁと思ったら、感慨深い。



今日は同じく教採を目指す子とも仲良くなって、(しかも同じ東アカ通ってない組)ケー番げっつ

使っている問題集まで同じで、かなり盛り上がった


「『東アカ』という言葉にやたら過敏になる・笑」とか「教壇に立てば度胸が据わる」等、共感できる点も多々ありでいい友達になりそうです



大学サイコーー


明日はミッキーさんに逢えます・・・教壇で出すくらいの度胸を出そうぜ、めぐさん。。


いっそ、ミッキーさんの近くを教壇、ミッキーさんを生徒だと思えばいっぱい喋れるんだろうか。笑


でも、この自己暗示はさすがにできそうにない。とにかく一言でも多く会話します



にゃーーーー

優しさにふれた日

昨日は久しぶりのリハビリ。しばらく履いていなかったジャージを引っ張り出してきた。


秋から今年の初めまでしていた就活で、慣れないスーツにヒール、しかも長距離の移動と体への負担は少なくなかったようで、股関節が硬くなっているし足の内転もひどくなっていると言われた。


内転の悪化に関しては自分でも独力で立ちにくい等の自覚があったのでわかっていたが、股関節の方に関しては全く自覚がなかったので驚いた。


昔はCPにしては股関節がやわらかくていいと言われていただけにショック。股関節が硬くなればなるほど歩きづらくなり、完全にかたまった時は歩けなくなることを意味する。


就活で得たものもたくさんあるけれど、こうして負の要素も残してしまうと、初めから教採の勉強だけに専念すればよかったのでは・・・なんて考えてしまう。



昨日はデリカシーのないオカン軍団(笑)はいなかったけど、それでもリハビリへ行って帰る頃には何故か哀しさが心を覆う。



でもいい事もあった。
リハビリへ行きしな、電車がぎりぎりで私は必死こいて走っていたんだけど、車掌さんが「ゆっくりきて下さい」と笑って言ってくれた
車内でぜーぜー言ってると(階段駆け降りて改札すり抜けて階段駆け上がってホームを疾走した)

品の良い杖をついたおばあさんが私の袖口を引っ張り、自分の座っていた席に座るように促す。

自分の体さえままならないおばあさんに席を譲られたことで、一瞬影がよぎったが、人間誰も自分がしんどいのに席を譲ったりはしないものだ。
お礼を言ってありがたく座らせていただいた。でもやっぱり私は「すいません」という言葉しか言えなかった。


P.T.に「すいません」ではなく「有難う」と言えるようになりたいと言うと、


「確かに『有難う』の方が、言われた方には気持ちがいいかもしれんね。・・・・・・『どぉも~』って言うといたらいいんちゃう」


ノリ軽っ笑     ・・・・やっぱこのP.Tおもろいわ


自分の思い描いた姿に体の動きがついていかないことを、まだ心の底では受け容れられず歯痒い毎日が続く。最近は車もまぁそれなりに運転できるようになったから、前ほどパニくったりはしないけど。


・・・教習、マジで期限大丈夫かなぁ。。来月やねんけど・・・4ヶ月サボってたんはちょいイタかったなぁ。。
マーチくんに乗るのだ(最近こればっかし言ってる。ほんまマーチかわいいょ)

自分に対しては歯痒いけれど、こうして人の優しさを前にも増して敏感に感受してしまい、時折それにふれると泣きそうになる。でもそれは良いことだと思う。
その分他人の無神経さや、心無い言動にも傷つくけど、優しさに鈍感なよりはこの方がいい。



先日のゼミでも、図書館3階のグループ閲覧室で活動を行うことが決まり、先生がわざわざ心配してEVの場所を知っているかどうか確認しにきてくれたり。

友達も階段で行くほうが近道の教室でも「俺も最近トシかな~息切れが・・・(まだ21でしょうが・笑)」とEVを選んでくれたりする。

その気遣いが嬉しい。若干のわざとらしさも、いい・笑ww

友達の気遣い発言じゃないけど、私も最近息切れしやすくなった。膝に負担がかかるらしい。


これからどうなるのか、私にもわからないけど、悲観してたって始まらない。
自分の幸福には貪欲にならなきゃ。



みんなありがとう





初ぜみ★★★

今日は初ゼミでした

ゼミは教務部への手続き上は金曜4限になっているが、先生は昼間にゼミ活動をすると就活中のみんなが揃わない可能性が高いため、5限終了後となっている。


去年は木曜だったと聞いていたのでバイトにも支障はないし万事OKと思っていたら、春休み明けからにわかにゼミ生の間で「水曜夜説」が流れ始めた・笑


水曜は18:30からバイト。。もし本当になれば、レギュラーを放棄せざるを得ない。さすがにゼミに出ないと卒業できないし





・・・つづきはこちら

My Place 2



この記事は前の「My Place」の続編ですwwまだの方はそちらからどうぞ

1日に2つなんて珍しいでしょ

・・・つづきはこちら

My Place

文学部の1号館、通称A棟が今春建て替えられた。


教室の作りから何からまるで違うので、たとえば新入生に「すいません、A601ってどこですか?」って訊かれても、「601やから、とりあえず6階行って探してください」としか答えられない


前の重厚ある古い1号館に、文句を言いつつも、こうして何の変哲もない普通のイマドキって感じの学舎になってしまうと何か寂しいのは、やっぱり慣れ親しんでいたんだろうな。


壊れてから、なくなってから気付くことってよくある。


昔のコの字型(?)の1号館の中庭が好きだった。それもなくなるまで気が付かなかった。


人間の思考って、なんて曖昧なんだろう。。


教室のレトロなドアノブとか、教壇の床が歴史を感じる赤色だったり。黒板があったり。新しく出来る教室は白墨が精密機械に影響を与えないようホワイトボードになる。
ホワイトボードは蛍光灯をよく反射するから、メガネを忘れた日にはとても見辛い


エレベーターが新設されたのは私にとってはすごくありがたい





昨日は、サボり癖のある生徒と対峙する日と思っていた。運よく、1:2の相方の子は用事で欠席をしていたので諭すのには都合が良かった。


生徒指導の鉄則。生徒が悪い事をして指導する場合には、職員室等の大勢の人の目に触れるところではせず、一目につかない場所で。次は特に男性教師に多いことだが、異性の生徒を指導する場合は、信頼のできる生徒と同性の先生に立ち会ってもらうのが理想。

女の子は頭もキレるから、後で「セクハラされた」なんて怒られた腹いせに言う恐れもあるからだ。

まぁ女性教師も例外ではない。悪知恵が働く子もいるし、女性教師の場合は自分自身が直接的な被害者になりうることも考えられる。


まぁ塾では常に誰かの目が行き届いているから、ここまで神経質になることはないけれど、逆に人目(他の生徒)の目に触れられないように・・・というのが極めて難しい。

どんなに悪やってる子も、人前で叱咤されるのは誰だって快く思わない。



そう言う意味で、できるだけその子の近くに人がいない状況を作りたかったし、その日は後ろのブースでもその時間授業は行われていなかったので、声を荒げなければ、聞こえるといえば教室チーフくらい。



まさに諭すには絶好の環境。


しかし、その子は5分の遅刻しただけで教室に来た。


5分でも遅刻は遅刻だが、その子にとっては劇的なことだ。いつもは授業終了15分前とかにしか来ないし。


顔を見た瞬間、「叱るのはやめだ」と思った。折角早く来た日に叱っては伸びる芽も摘み取ってしまうことになりかねない。


生徒の心を殺すも生かすも教師次第。


いつもより早く来たことをとりあえず生徒が引くほど褒めちぎった。


そして、早く来てくれて嬉しい旨を伝え、「いっつもなぁ~●●くん来るん待ってんねやからな~今か今かとさぁ~来ると思ってこーへんかったら寂しいねんで」


その一言にすべてを込めた。自分を待っている人がいる。それを知ってほしかった。受け止める大人はいるよ。


が・・・やっぱり教科書の1冊もカバンには入っていない。。


「何しにきとんじゃーーーーー」と言いたいのは山々である・笑   しかし、ここは忍耐だ。早く来た。今日はそれだけでいいじゃない


「もう~1冊は持ってきいや~。しゃあないな、何かプリント刷るわ」


そう言うと、すいません、とはにかむ。


前々から、鉛筆以外もってくることは稀だったし、その都度「辞書貸して」「なんも持ってきてへんから何か用意して」とねだるのは、もしかしたら甘えなのかもしれない。かまってほしいのかも。

いつも寂しそうな哀しそうな眼をしている子だし。親からもあまりその行動に信用されていないようだから、そうなるのも不思議ではない。

プリントの進度が遅くても、根気よく待った。一旦話し出すと、なかなか止まらない。


この子は話をちゃんと聞いてもらったって感覚が、未完成なのかもしれない。


私も同じ。今でも何か変わったことがあると人に報告してそれを聞いてほしいと思う。私が幼い頃、母は私が呼んでも背をむけたままか、片手間でしか話を聞いてくれなかった。


幼少期に自分の話をじっくり聞いてもらったという満足感を養うのは、とても大事だ。



自分の身に起きたことを誰かに話すことで共有する喜び。


私が早く結婚したいと思うのは、それかもしれない。  


母は、あれから十数年経った今も、私の話に本当に耳を傾けることはない。一方的に電話を掛けてきたかと思えば自分の言いたいことや、現代社会には合わない独自の理論をまくし立て、「そいじゃ」である。


対話ができない。虚しさ。。


おかあさん、私は貴女と話がしたい。でも貴女は自分以外の考えを受け容れようとはしない。それでは貴女は誰とも相容れない。。 そこ、わからないかなぁ。

考えが偏屈すぎ、なかなか周りに友達ができない母。でもそれは自分に原因があるとは思っていない。挙句「相容れなければ引きこもればいい」


それでは世の中、うまくいきません。


母をこのようにしたのは一体何なのだろう。


誰でも過ぎ行く時代に哀愁を感じるものではある。変わりゆくものに一握りの未練を残し、それでも人も変わってゆくから適応せねばならない。


逃げることから得られるものなんて何もない。あるとすれば一時の楽。だが、その楽は決してプラスになりはしない。


それでも「今が良ければいい」?   笑わせないで。


話は若干それてしまったが、その子もそんな私と似ているのかもしれない。


なかなか1:2だとゆっくり話に耳を傾ける余裕は生まれないから、偶然が重なってよかった。


別に私のことは「うさんくさい先生」でもいい。ただ、自分に対して心開く人に心閉ざさないでほしい。


誰かからの愛情やぬくもりは待っていても得られないもの。得られるよう、少しの努力も必要だからね。

もう少し我が儘に生きても良いと思う。周りのことなんか見てない子がほとんどの今。そんな中、人のことをよく洞察し、気持ちを考えて行動するのでつい自分の気持ちは後回しにし、しんどくなる。


そのしんどさも通ってきたから判る。でもきっと「もう少し我が儘でもいいよ」と言われてもわがままになんてなかなか生きられない、そう言う子は。


でも気持ちをよくよく考えて行動するというのは、必ず長所になる。そこにかかるしんどさを自分がどうとらえるか、その方法を今は模索してほしい。


私はただ見守る。

今日は長いので続く。。





号泣のあと・・・


いや、号泣ってほどでもないねんけど


久々に泣いた気がする。。


第一次すらんぷ。。勉強のはかどらなさより、精神面でのダメージが大きい。。



中学校カウンセラーとの電話。インスタントな包容力と傾聴。電話を切ると同時に忘れていた現実が舞い戻ってくる。結局話を聞いてもらっても、その分倍になった空虚感と寂しさ。。なんでなんだろう。。


結局、私は根底のところで誰とも分かり合えないのかもしれない。


支えてくれる人はたくさんいるのに、何故私はこんなに孤独なのだろう?



心配してはいるが、私を気遣い、何も言わない父。

心配しているが故、私の意思に反する事ばかり言う母。

心配しているから、口うるさく言いたい事を言って終わる祖母。



そのすべてが重い。   一体私はどうしてほしいんだ、彼らに。。それさえわからなくなっている。



前にインスタントな愛情は本物ではない、と言ったけど、インスタントの包容力もまた、本物ではない。


ある種この2つの「インスタントもの」はよく似ているのかもしれない。


夢から醒めて、こんなに寂しいのなら、私はこのどちらも要らないなと思った。



周りの人の存在が、迷惑にしかなってないなんて、なんて奴なんだろう私。。



教職の友達。自分たちが教職の道に迷いなく向かっていけるということは、こんなにも幸せなことだと、どこまで判っているだろう。
私も就活を辞めて、教職1本に絞ったときまで、本当のありがたさに気付かなかったけど。。




夢を追えるのは、贅沢なことだ。
勿論そこには苦労も伴うんだけど。


でも事情があって夢を諦めることから生まれる苦労より、夢を追うことで得る苦労の方がずっと幸せで贅沢だ。


その「贅沢」を享受できたのだから、そこに掛かる苦労はしてやろうじゃないか。


・・・この文章はこの後、詩になりましたww詳しくは詩ブログ参照





ミッキーさんと晴れて教育実習事前・事後指導の講義が同じクラスわけになりました。自分の苗字にこれほど感謝したことは人生で初めてかもその姿(そしてあの前髪ww)を発見したときには、心の中でがっつぽーず



っっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁあぁっっ


彼がおそらく教育法規をほとんど覚えきっているだろうことは今日の講義で明らかになったけど、、で、焦るけど、、でも自分は今自分が夢を追ってることが幸せだと気付いたから、それがたとえ人より遅くても、必要以上に卑屈にならない。


もうこれで、何のわだかまりもなく向き合える(ほとんど私の中の問題やけど)


待ってろ、ミッキーさん。今に貴方に「こいつはすごい奴や」と思わせてみせる。


そして今日も優しい笑顔をありがとう。今日はうまく笑えなかったけど、次は貴方に最高の笑顔を向けてみせる。



お互い頑張ろう。・・・・・って本人にいえたらなぁ(ちきん。。・・・こけこけこけ・・。。こけこ。。)←しかもまともに鳴けすらしないチキン。。笑


こけここ。。ちきんはちきんなりに頑張るじょ!!とりあえず今度は今日より近く(できればナナメ後ろくらい)に座って、話そう。


ネタはあるじゃん、戦友なんだから。


今日私はしょぼいけど、決して壊れない武器を手に入れた。
それで最後まで闘う。。君も一緒に勝利を掴もう。

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CPと闘いながら、やさぐれた社会人やってますw

詩を創るのが趣味。でも最近は忙しくてなかなか創作できません。

夕暮れの空が大好きですww
良い空があれば撮り貯めてますが、キレイに撮れないのがなやみ;

このブログでは日常や好きな音楽、本のレビューを綴ります☆徒然なる独り言にお付き合い下さい♪ 

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