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Think&Said to Myself

日々の日記と思いをミク●ィより赤裸々に(笑)綴りますw

カテゴリー「Said to myself(*´∀`艸)゚*。 」の記事一覧

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I Wanna Be Free...

昨夜、本当に久しぶりにプチ鬱の発作が起きた。

数日前から兆候はあった。

洗濯物を取り込んでも畳む気になれず、ベッドの端のほうに服の山ができていく。着るときはその山の中を発掘して、裏返したままのそれを表返してそのまま着ていく。
一時的に面倒臭くてほうっておくことはよくある。しかし、3日以上続くことは極めて稀だ。山になる前に気づいてまとめて畳んでしまうから。
「あれが食べたい、これが食べたい」と思い浮かべて、それを作るための材料を買う。しかし、家に帰ってくると調理する気力がなくなっている。結局簡単にできるものや出来合いのもので済ませてしまい、食材は冷蔵庫に放り込んだまま。気づけばカビている。

こんな無気力があらわれはじめたら放置していてはいけないんだけれど、自分では「なんかしんどい」くらいにしかそのときは思わない。昨日みたいな明らかなモノが出るまで、それがその兆候だったことに気づかないのだ

馬鹿みたいに泣ける。呼吸も浅く速くなる。過呼吸になって倒れるのはマズい。一人暮らしだと倒れても誰も助けてはくれないのだ。

こういうときの対処法は心得ている。小さな袋を口元にあて、自分の吐いた二酸化炭素の多い息を吸うのだ。過呼吸からくる神経的な発作は血液中の酸素濃度が高くなりすぎることによって起こる。ひどい場合、脈拍は200を超え、全身が硬直する。それで病院にいくのはばかばかしいというものだ。病院に行ってもビニール袋という原始的な治療しかなされないし、まぁせいぜいそこに安定剤が加わるくらいだろう。それで高い医療費をとられるのは分に合わない。

絶対に死ぬことはない。しかし、その発作の最中はいっその事死んだほうが楽だと思うくらい苦しい。吸っても吸っても、酸素が自分の中に入ってこないような苦しさ。



頭の一角はひどく冷静で、これ以上過呼吸が続くと神経発作につながるとわかる。自分で深呼吸するように心がけ、ビニール袋を手に取り鼻と口を覆う。十分もすれば、いくぶん落ち着いてくる。


はじめてなったときは四肢が突っ張り、それはそれは苦しかったが当時同居していた両親は狭い家に住んでいるのにまったく気づかない。
母親は朝になるまで踏みつけようが何をしようが起きない。もしかしたらこの人は刺されても起きないんじゃないかとさえ思う。阪神大震災のときも、揺れがほとんどようやく終わるころ「何」という具合だった。

私はいつも自分ひとりでどうにかしてこなければならなかった。
・・・してこなければならなかったと言うより、そうするのが当たり前だと思っていた。

過呼吸の対処など慣れっこである。過呼吸に限ったことではない。過敏性もお手洗いに行こうとして倒れ、ガラス戸に体ごとぶつかってひどい音をたてるまで親は気づかない。胃が不調でもお手洗い以外の場所で吐かなければ親は知らない。熱があっても言わない。自分で体温をはかり、8度5分を超えていればやたら規則正しい生活をする。21時ごろ夏なのに布団を被って早寝をする私に両親がおかしいと思うまで、熱があることにも気づかない。

でもそんな自分がかなしいと思う。


誰彼かまわず夜中だろうが叩き起こして、「しんどい」「苦しい」と言いたい日もあった。突然襲ってくる途方もない不安感や寂しさに素直に「怖い」「寂しい」と叫びたい日もあった。

でも何が怖いのか、自分でもわからない。。

それを物心ついたころから実行したことはなかった。そして、そんな苦しみに周りのものは誰一人として気がつかなかった。

幼い頃の私にとって、夜が来るのが途方もない恐怖だった。夜の何が怖いのかさえ、怖がる自分がわからなかった。

自分は今日無事に眠りにつけるかとそればかり考えた。朝が来たときの安堵感は計り知れない。そんな綱渡りのような精神状態だった。
それが物心ついてから小5くらいまで毎日毎日だ。お化けが怖いのではない。暗闇が怖いのではない。

実体のない恐怖におびえることが、もしかしたら一番の恐怖かもしれない。


思えばあのときに誰かが気づいて、専門のカウンセラーにかかっていればよかったと思う。

他の家の子どもが不思議でならなかった。なぜTVなど観て笑ってご飯を食べられるのか。遊びつかれて、皆と別れ家路に着く。子どもにとっては楽しい夕食の時間である。
でも私は「ばいばーい。明日もまた遊ぼなー」なんて言葉を交わすと、恐怖に捉われた。

あのときの自分のどうしようもない不安感を思い出すのはひどく苦痛だ。



先日からあまりよくなかった母親との関係が一気に緊張状態になった。

彼女が人間として許せぬ言葉を吐いたのである。それが私の神経をささくれ立たせているとはつゆ知らず、彼女は今日も脳天気な声で電話を掛けて来る。。
彼女の精神年齢は、第二次反抗期の頃の子どもほどだと思う。何か言われて言い返さねば気がすまない。それがたとえ道徳的に許されるものではないものでも・・・である。

加えて、彼女は反抗期を経験せずに大人になった。厳しい母親のもとで、それでも子どもは親の言うことを利くものだと反抗しなかった。だから今度は自分の子どもを自分の意のままに操らねば気がすまない。

封を開けた手紙を無防備に置いておこうものなら読む、交換日記も了解なしに中を見る。机の引き出しすべてに鍵をつけたいと思った。

だが、彼女の意図に反して私は自我の強い子どもだった。たとえ親の言うことでもしたくないことはしたくない、したいことはしたいのだ。

そうして私がまだ小さいうちはそれでも力や何やらで私を抑え込むことはできたが、今やもう彼女の精神年齢をとうに超えてしまった私に彼女は理論では勝てない。彼女の持論が世間からずれているというのもある。いつだって正論を言うのは私ばかりになってしまった。

昔のように力で押さえつけようにも、もう今や母は私の片手で突き飛ばせてしまう。今となっては彼女がプライドを維持できるのは私の「親である」という客観的な事実だけだ。
だからまるで子どもの喧嘩のような台詞を吐いてまで私をぎゃふんと言わせたがる。
が、もうそこまで私も無分別ではないので、ぎゃふんどころか彼女をますます軽蔑する。悪循環だ。


いっそのこと関わりをなくせたら、この荷がどれだけ下りるだろうか。

しかし、父に電話しても日ごろからかかわろうとしないのを気にかけてかすぐ「おかんにかわろか」と言って、かわってしまう。数秒後には、あの脳天気な声が聞こえる。私はまた母親の居る世界を憂う。
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Me&Her

今日は久しぶりに、楽しさと虚しさが入り混じった日だった。


半年振りくらいに大学の友人に会い、映画「セックスアンドザシティ」を観て来た。元は海外ドラマだったのだが映画化されたらしい。どちらかと言うと女性向きの映画だが、男性が観ても女性の心理等が描写されているので興味深いかもしれない。ただ、カップル(特に付き合い始めて間もない)で行くと、若干気まずーくなる恐れ大である。。
映画はPG12だったが、友達と「子どもをつれてこういう映画は観たくないよね・・・」と言い合っていた。いっその事、R指定にした方がいい気がする。

若干きわどいシーンも入っているものの、アメリカの映画なら往々にしてこの程度はあるかなwという感じで、官能映画というよりは、ラブコメディの要素の方が多い。笑いを誘うシーンも多々あったし、最後はしんみりと考えるところ多いシーンで友達は泣いていた。


結婚、恋愛、妊娠・出産。。女性にまつわる人生の節目的トピックが多々盛り込まれている。

最終的には離婚の危機に瀕していた夫婦も仲直りし、主人公の女性も恋人とわだかまりが解けてハッピーエンドでスカっとする展開であった。






 

・・・つづきはこちら

What Changed My Mind?

おはようございます。いやぁ、ひどい顔です 久々に昨日母親と喧嘩になりました


原因は・・・他でもなく私にあるんだけどね。。


大学院に行きたいと思っている事を言ってしまったのです。自分の弱さでしかない。ここのところ論文研究をしていたらやっぱり諦めきれなくなってしまったんです。


ウチの家庭が生活をしていくだけでギリギリな事も、本当はこうして大学に通えているだけでも奇跡に等しい事とわかっていながら吐いてしまった言葉。


単に「お金がない」と撥ね付けてくれたのなら、それはそれでよかったんです。私だって方法を考えたし、その方法がないなら就職せざるを得ないのはわかってるから。


・・・でも。


「院に進むという事は、社会に出たくないがための逃げ道みたいにしか見えない」と言われ、それが今までの欲求不満の火に油を注ぐ結果に。



私は何が腹が立つかって、私のする事や考えにただの一度も理解を示さないこと。

大学に合格したときも、喜ぶのではなく一番最初に言ったのが「どうせ大学生活なんてやっていけっこない」


世界を拡げて色んな友人と遊びに行くと、「勉強はちゃんとしてるのか」と言い、私がだんだん英語学の楽しさ・面白さに目覚めていくと今度は「英語学なんてやっても社会の役に立たない、何処が面白いんだ、理屈ばかりこねまわして」とくる。


A先生やI先生は、もちろん英語学の先生だから勉強することに対しては後押しをしてくれる

それはすごくうれしい。でも私はやっぱり貴女に理解を示して欲しい。それは叶いませんか。




私がただ「逃げる」ために院に行くのではないことを何故貴女が一番に判らないのですか。


熱い熱いマグマのようなものが詰まった虚しさが積もっていく。




 

・・・つづきはこちら

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大分県で、08年度の教員採用の不正があったとニュースで言っていた。
賄賂を渡して、不正に試験の点数を加点していたらしい。教委の幹部、現職の校長、教頭の逮捕。自分の子供を教員にしたかったようだが、そのうちその長女は不正に加点などしなくても合格する程の点数を取っていたとか。
・・・なんかねぇ


問題なのは、不正に加点しただけでなく、それでは不審なので成績がいい人の点数を下げるようなこともしていたとか。


にゅぅ・・・


こういうニュースを聞くと、腹が立つを越して呆れるね。哀しくなる。同じ教員を目指すものとして、試験は公平に行って欲しい。子どもを教育する立場になる人を選ぶ試験なのだから。


最近では人柄重視で面接の得点が重要視されている都道府県も多い。良いことだと思う。やはりどれだけ博識でも人間的に駄目な人は教壇に立つべきでない。知識不足はその人個人の努力によってどうにかなりえる問題だが、性質や性格は余程の契機がない限り、なかなか改善しづらいものだろうし。



一次試験の日程は  今月20日に面接。27日に筆答試験。いずれも府立高校にて。


スーツ、クリーニング出さなきゃな~。





ここ数日、ストレスが最高潮それを物語るかのように、女性特有の腹痛が2日間抜けない半年ほどこの痛みとは無縁の生活をしていたし、4時間ほど寝ていればケロっとしていたのに今回のはしぶとい。
この腹痛はストレスにも影響を受けるようだから、やっぱり体は正直なんだな。



昨日のログで書いた「悩み」以外にも山積するストレス要因は多々・・・・・・。教採のプレッシャーもあるしね。



昨日は本来、おじさんに補講をする日の筈だった。


筈だった。。



まぁ私もちょうど腹痛もあったし、睡眠不足だからさっさと帰って寝たいというのもあってよかったのかもしれないけれど、でも虚しい。


英語における女性差別語に関する講義を教育実習があったため、欠席していた。先生にお願いしプリントは頂いたが、まったくの「レジュメ」で詳しい解説が載っていない。A先生の作るプリントはそういうものが多い。いかに授業での解説を聞くか、がポイントになってくる。


聞けば、その講義をおじさんも休んでいたらしい。。実習中は私の代わりにしっかり講義を聞いておくと言ったのはどこの誰やと思いつつも、まぁお仕事の都合もあるだろうと私の方で勉強してどうにかすると告げたが、どこかからの引用である文献を読みはするものの、意味もわかるものの、イマイチ理解の深化がない。単に資料の英文を和訳するだけ・・・という感じになっていたのだ。
女性側の視点から書かれた文献はまだ理解できるのだが、男性側のものは訳してみて日本語を反芻しても、「ん?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。。



頑張れ4回生・・・・苦笑



月曜にここの内容を「補講」しなければという事で、土曜日授業はなかったが、先生の講義が終わるのを教室の外で待った。


冷房がしっかり効いている教室内と違い、廊下は、、暑い
ハンカチを忘れたので汗タラタラになりつつ授業が終わるのを待った。。



終業のチャイムが鳴ってもテンション高いままの先生の講義は休憩にもずれ込む。廊下まで聞こえてくる聞き覚えのある理論。今日はまた一段とノってるなと思いながら、学生が引くのを待つことにした。
何人かはなかなか終わらない講義に耐えられなかったのか、次にも授業が入っているんだかで、後ろのドアから出て行く。
今日は確かこの授業でも「おさらい」の時間じゃないのか。。途中で帰ると損するのにな~。



試験前ともあって、先生の周りにはいつもの3倍くらいの学生が質問をするために取り巻いていた。私も質問をするために来たのだが、この子らが優先である。私は質問しようと思えば簡単にコンタクトが取れるが彼らはそうではない。



TAをしている友達と久々に再会し、実習について色々と話した。

聞けば彼女、まだ実習中なのに金曜の夜の講義と土曜はこうして講義の補助に出ているらしい。


今日はひたすら「眠い」「腰痛い」を繰り返していた。教壇実習が多いほど、腰は痛む。。
そういう私も今日は転ぶのを回避しようとして、体を変にねじってしまい、腰痛に悩まされている



前々からしっかりしていて芯がある子だと思っていたが、改めて根性のある子だなと感じた。

でもA先生の右腕になろうと思えばこれくらいの根性がないとやっていけないだろう。



結局先生は質問に来た学生の対応に追われ、次の時間に誰かとのアポイントメントがあるとかで私は質問するのを控えた。


研究室への分かれ道までご一緒したが、それまで先生らしい冗談を飛ばしていたものの、学舎を出たあたりで急に真剣な表情になり、

「あの方は、何故私の授業を受けてるんでしょうか?」と私に訊いてきた。


「あの方」というのはむろん、あのおじさんだ。


TAの友達におじさんの愚痴を言っていたのを先生が聞いたのか、先生ご自身疑問に思っていたのか。


実を言えば、私もだいぶ前から薄々「この人は授業に本気でない」と感じてはいた。それは前のログでも述べただろう。
私と同年代や下の学年の子ならまだしも、学生時代の勉強の尊さを身を以ってわかっている筈の年頃の人がいい加減な気持ちで講義を受けることが私は理解できなかったし、見せ掛けだけのやる気をアピるな、と言いたかった。
そして先生の授業や先生を慕うからこそ、先生の講義を真面目に聞かないことへの怒りもある。


他の学生に先生の評判を聞いて受講を決意したらしいと、聞いたままを告げた。

それならさぞかしがっかりされただろう、と肩を落とす先生に、すかさずそれを否定し、フォローしようと思ったのだが、フォローの仕方がマズかったのか、どんどん墓穴を掘るばかりになってしまった



「面白い」「興味深い」  日頃こう口にしていたおじさんだが、それが本心かといえば疑問が残る。

というのも、それまではどちらかと言えば講義に対して否定的な意見を言っていたからだ。別にそれは構わないと思う。個人の興味関心がどの方向に向くかなんて様々やし。万人に受け容れられる講義など探すほうが難しい。

おじさんが肯定的な事を言い始めたのは、ちょうど私が先生のゼミ生であると言ったあたりからだ。おじさんの評判に関わると思い、思いもしないことを口走ったのだろうか。私が先生に「誰々さんが先生の講義はつまらないと言っていた」とか言うとでも?   先生の事を考えても、そんな事言うわけがないのに。
それに「つまらない」と言っている学生をそれを理由に落としたりするような器の小さい先生でもない。


やはり先生もおじさんの受講態度が腑に落ちないようだ。


明らかに授業を乱すわけではない。私語をするわけでもない。尤もそんな事をすればつまみ出されるだろうけど。


でもそれよりもタチが悪いような気もする。真面目に聞いている者、そして講義をしている先生の気持ちを踏みにじっているからだ。

前の方の席に自分から座っておいて、平気で居眠りをしたりするし。




先生は試験前に重要事項をおさらいすることに対し、あれもすべきかどうか・・・授業後にたくさんの学生が質問に来てくれるので初めは嬉しいと思うが、彼らの質問は講義を聞いていれば当たり前にわかることばかりだ。おそらくほとんど講義に出てきてないんだろう、とおっしゃった。


そして「そういう姿を見るとねぇ・・・ガッカリするんですよねぇ・・・・・」とひどく寂しそうな表情を浮かべた。

初めてみる表情だった。



彼らはおそらく、大学で学べることの尊さに気付いていないのだろう、まだ。それは彼らが恵まれているという事の裏返しでもある。


そして思った。要領よく単位を取りたいとしか思っていない(少なくともこの講義において)おじさんは、そういう彼らと同じではないのか、と。


私もおじさんが少しでも面白いと思ってくれればと奔走したつもりであったが、無駄だったらしい。


自分の無力さを思った。伝わらないもどかしさを思った。



音もなく、空虚だけが積もっていく。「虚しい」とはこういう事か。



たくさんのイフ

悩みを打ち明けてしまえないというこころの重さは、こんなにも苦しいものなのかと思い知った。


今回の悩みというのは詳しくはここでさえ書けない事だ。


今およそ朝の6時半。眠たい。しかし考え始めたら、眠たいのに眠れないのだ。何度も横になってみた。目を閉じてみた。それは無駄な抵抗だった。。



そして無駄な抵抗を諦めた。



昨日は塾の飲み会があった。もう今は塾で働いていないメンバーも集まって懐かしい空気が流れていた。やっぱりいいなあのメンバー。
今度同じく教採を受ける非常勤講師の先生とも話は弾んだし、お酒の入った皆のコワれぶりもめっちゃくちゃおもろくて楽しかったけれど・・・・・・・・・



いつものようには楽しめなかった。心の底から。この心のもやもやが邪魔をして。


本当はそのことを考え出すと、そういう悩みを抱えているときに飲みにいくなんて不謹慎極まりない気もする。飲みに行く暇があれば、家にでもこもって自分と対峙しろと自分を叱咤したい衝動にも駆られた。しかし昨日の飲みは、企画が決まったときから楽しみにしていたものだった。


今回のは私個人の問題というわけでもないから「悩み」という言い方をしていいのかどうかわからない。
知っているのは当事者だけ。この限定があるために誰にも話してしまうことは出来ない。


一時の判断の甘さ、軽率な行動。その時は深く考えなかった事が、ひどく苦いものを残していった。



そこにあるのは、ひどく後味の悪い思いと罪悪感。


そして、今回の件に関わった人でさえ傷つけたかもしれない。



昨夜もよく眠れなかった。



どんなに悩むことがあっても3~4時間悶々としていれば自然と眠りに落ちることがほとんどだったが、今回は相当深いらしい。。



一旦、そうなってしまったものはもうどうしようもない。


あぁ、苦しい



今回の件に関わる人をよく知る友達に相談しようかと思ったが、今彼は仕事がめちゃくちゃ忙しいようだ。そんな時にこんなド重たい相談事をぶっちゃけてしまうわけにもいかない・・・よね。



下手に私が誰かに相談すれば、その人が今の居場所に居づらくなる。居られなくなるかもしれない。その人はそこに必要な人だ。これまでもこれからも。


でも種を撒いたのは私。


引き金を引いたのも私。



たくさんのイフ。



もしもあのとき・・・・・
もしもあそこで・・・・・
もしもこうしていれば・・・・



たくさんのイフが積み重なって、それは起きた。そして私はそれに関わる必要もなかった。



関わったばかりに、自分にもちゃんと良心があるということを嫌と言うほど思い知らされた。



人間の一瞬の判断力とは、なんと不確かなのだろう。なんと不明瞭なのだろう。



このまま自分が誠実にしていれば、大きな制裁はないだろうがこの心の痛みはきっと消えない。



そしてこのことに私が関わるように引きずり込んだ当の本人は、きっと今頃「ラッキーだった」なんて思ってほくそ笑んでいるのだろうか。
だとしたら私はそいつを許せない。


きっと私と同じように、もう一人は苦しんでいるだろうから。それとももう苦しむのさえアホらしいと思っているだろうか。



私がとある人に関わりすぎたばっかりに今回の件は発生した。最初は誰もこんな事想像もしていなかった(だろう)。


どうせこの人には判らない・・・と私が突き放してしまえばよかった。そうすべきだった。


でも私が訴え続けていればわかってくれるかもしれないという僅かな期待を捨てられなかった。


突っぱねてしまえない、私の弱さでもあった。私がどうこう言えない立場だというのもそれに拍車を掛けたが、それでも正しくないことは正しくないという事は可能ではなかったか。



私の腑抜け。意気地なし。最低。


そもそも誰よりも真剣にそれに向き合っている私がその人に腹を立てたのではないのか。失望したのでないのか。そこで「立場」がどうの、、なんてつまらない事が頭を過ぎって、私の正しさは、そんな事で崩れてしまうものだったのか。。



ああぁぁぁ~



結局今回の件で得をした人なんて一人もいない。一人は得をしたと思っているだろうが、最終的にそれは得にはならないのだ。


私よりはるかに多くのことを知っていながら、それに気づいただろうか。



目先の利益だけを追って、その後に何があるのか。空虚だけだ。



私を戒めるようにそれは私の視界に入ってくる。



私の心のしこりが容赦なく私を責める。。



抱えるには重たいよ。でも私が甘かったのだから、抱えなければ。人間のつよさって何だろう



涙さえ出ない。流す事さえ許されない気がする。



代わりに、ただ不気味に黒く重いそれが心にどっかと腰を下ろす。



免罪符はあるのか。




ただ言えるのは、今まで以上に他の誰よりも真摯に、それに向かわなければならない。どれほどしんどくても。どれほど辛くても。



砂を噛むような思いを味わっても、投げ出すことは許されない。



撃沈そして浮上

珍しく五月病とは無縁だったこの五月。


でも一昨日久々に堕ちた。落ち着こうと思って、図書館横のベンチに座ってペットボトルを取り出して・・・涙が出そうになって焦った


色々と崖っぷち


ゼミ生のひとりが口を利いてくれなくなった。顔を合わせてもにこりともしない。たまたま気付かなかったのかもしれないけれど・・・でも前までは向こうから話しかけてきていたのがぷっつりなくなった


原因は・・・・・・やっぱりA先生だろう。いや先生が直接的な原因ではなく、そこから拡がるフクザツないくつかの要因なんだけど。。


少しずつ噛みあわなくなった歯車が徹底的にぎしぎし言い始めたのは、先週のゼミ以後。


私が鳥肌を立てたあの日、先生は私に先生の理論で卒論を書けと言ったことをゼミ生の前で告げたのだった。


その子は私以上にもう先生を「崇拝」する勢いだったし、考えていることはわかる。でも彼女は少し先生に依存しすぎなのではないか・・・とも思う。A先生に限らず、そして色んな人に。


私も先生の言葉を支えにはしている。
「頑張っている」と認めてくれること。「どんな内容の卒論も書ける」と言ってくれたこと。
私が先生の下で頑張れば、うまく行くだろうと信じること。


支えはあっていいが、それなしで立てなくなってはいけないのだ。自分にしろ、勉強にしろ。



ゼミ配属の当初から、A先生に対して思うこと。

それは先生が恐ろしく公平だということだ。


彼女はたぶん、まだそこに気付いていない。多くの先生が学生に対して「平等」であったり「ひいき」であったりする中、先生は「公平」なのだ。


「平等」と「公平」は違う、とひしひしと感じる。



私も彼女も疑問を感じれば、先生の意見を求めに行く。しかし、私は「私はこう思う(推測する)が、先生はどう思うのか」という類の質問に対し、彼女には「私はこう思う」がないような気がする。


私と彼女は今、論題こそ違うものの、先生に薦められた同じ文法書を使用している。


それを使うにあたっても、私はまず、日本語の文法書に一通り目を通してから先生に質問をしてその文法書に至ったが、彼女の場合「何を見ればいいですか?」


私と彼女の違いはここなのかなぁと思う。


私は人に何か意見を求めるとき、既に自分の意見を持っていて、それに対しての相手の意見を聞く。
でも彼女は自分の意見がはっきりしないから相手の意見を聞き、それに納得さえすればそれを自分の意見にしてしまう傾向がある気がする。


お互いの空気が悪いことはすごくやり辛いけれど、彼女にはいいところもたくさんあるし、そんな彼女を私は嫌いではない。
まだ攻撃的にならないでいてくれるだけ、ありがたい。彼女の方も私を嫌いなのではなく、フクザツな気持ちから自分を護るために気持ちに余裕ができるまで私と距離を置こうとしているのかもしれない。だったらそれを責めるのではなく、今はそれを尊重すべきだ。
そういう態度も少し大人気ないのではないか、とも思うけれど、私だって余裕のないときに人に対して攻撃的にならないように距離を置いたことはあるし、人間そういつもいつも「おとな」ではいられない。


彼女の中で何かが変わるまで、少し居心地は悪いけど私は待つしかない。

英語学に貪欲になるためには、私だってA先生に付いていかねばならないのだから。





で、そんな事があって・・・更に更に・・・少し見いだせはじめた卒論の外観が、とある文献を見てあっけなく崩れた。
某大学のK教授の著書に、私が思い始めた考えがすべて書かれていて、ご丁寧にも私がまだ達していない結論付だった
これじゃぁ、この文献の内容をほとんど写して終わるやんそうよね、私が考えることなんて世界中の偉い学者達がとっくに解明してるよね・・・なんて自虐的になり・・・


更に更に悪い事は重なるもので、教職相談に行くとアドバイザー2人のうち、今日の担当は苦手な方の先生で、不安を解消したくて相談に行ったのに逆に不安を駆り立てられて、「一生受からないかも」なんて気分になっていた。



そんなこんなでもう、金曜は救いようのない気分で。あれは堕ちた。。




そして昨日K教授の文献をことごとく読み込んでいると、一箇所矛盾が見つかった突くべき場所が見つかったから、また研究に対しての意欲も取り戻したww



教採の面接練習もあった。普段は仏様みたいな温和な先生(F先生としよう)が先輩の噂どおり、鬼になった。


でも「ぼろかす言われて、人間としての自信をなくす」と言ってた先輩もいたからカナリ身構えてたけど、そこまででもなくほっ


様々なシチュエーションを想定して、先生になった時どう言うかって、実際前に立たされて言うのもあったけど、これが案外快感なんですよ

今回は新任式での挨拶、とか卒業式に壇上で送る言葉とか「体育館」での想定が多かったから、私もかなり大きな声を出してたんやけど、聞いてる人がみんな生徒やって思ったらそれがどんなに大勢であろうが、人前であろうが話すことが楽しい



結論:やっぱ私は教師しか天職にできない



改善点はたくさん言われたけど、話した爽快感に包まれて帰路に着きました。やっばい、目覚めたょ、改めて



前進あるのみぃ~~~

さつき

周りの友達や、塾の生徒がここのところ頻繁に「五月病」と言うのを耳にする。


そっか、もう五月かぁ。。早いなぁ今年はまだ「五月病」という言葉を意識せずにすんでいる事が有難い。
ここのところ、もはやもう持病とも言える「プチ鬱」がどこかに隠れている。

する事や予定に追われ、余計な事を考える暇もないというのも一因なんだけどね


・・・・でも時折、心に蒼がよぎる。


周りがどんどん内定を勝ち取っていく。私はと言えば、就職が決まる保証はない。先輩方の言葉を身を以って実感する日々だ。地盤の緩み、ぬかるんだ地面を歩いているかのような不安定さ。


特に、大学院の社会人入試を明確な夢として自覚してからは焦りが大きい。

教員には正規の教員として採用され、現場で3年(だったかな?)働けば「奨学休暇制度」と言って、修士2年のうち、1年間は給与を貰いながら院に行ける制度がある。教員の専修免許状取得を奨励するためのものだ。
これが一番夢を実現させる近道なのではないかと思う。それには教採に合格し、採用されなければならない。
これまでは、もし公立が無理ならば非常勤や常勤なんかの講師をしながら、翌年に備えてもいいと考えていたが、「3年現場で働く」という条件を考えると採用されるのは1年でも早いほうがいい。


卒論の研究も並行して始めた。取り敢えず日本語で書かれた文法書&英語の大学生向けの文法書を一通り読んだけれど、できれば日本語のものは筆者や出版社によっての記述の違いも見ていきたいところ


先生がおっしゃった立場を貫こうとすれば、伝統文法に深くメスを入れることになる。と同時に、その立場とは伝統文法を覆すものだ。


まだ、覆す根拠のカケラも見つけられてないけど


先生ご自身、これまで伝統文法にメスを入れ、独自の文法概念を構築してきた人だから、先生の言うことを忠実にこなしていれば、そこから何か見えてくるだろうという確信はある。


・・・・・でも。。


英語教員を目指している私が、伝統文法に疑問を持つような研究をしていいのだろうか・・・という懸念もある。

でも英語学は大好きだし、先生の文法概念には心動かされた一人だ。それに卒論のテーマ自体は自分が納得して選んだものなので貫きたい。

心配なのは面接で、「卒論は何について書くのですか?」なんて事を訊かれ、「現在完了を中心とした完了時制について考察しています」と答えたとして「それはどういった内容なのですか?」と訊かれたら正直に概要を説明して、それに理解が得られるかは心もとない。逆に「面白い発想ですね」と言われる可能性だってあるにはあるけれど。。


英語学(English Linguistics)と英語教育(English Education)。この2つは似ているようで、まったく非なる領域だ。。





学校は葉桜がきれいです5月って感じ。


そんな新緑の頃にようやく仮免をGETしました長かった。。笑

一度目の修了検定で、ここのところ全く脱輪しなかったクランクで前後輪両方脱輪(これは史上初)という神業(ある意味)を成し遂げ、即刻不合格

緊張すると何があるかわからんもんやなぁって実感・苦笑


父にも「お前本番弱いなぁ~」って言われた模擬授業なら、本番は水を得た魚なのにね~


二度目の修検は超慎重に運転して、無事合格わぁーぃヽ(´∀`*)ノ


今日仮免許証が交付されますで、初の路上教習です頑張る
やっと車の前後に「仮免許練習中」のプレートが入れられる~(●´艸`)笑




また路上レポしますね

NO MORE

再び、モブログです(*^_^*)PCに向かう気力がなくて…(^-^;)でも書きたい!!

前回モブログって、ケータイから投稿すると絵文字は文字化けしてしまうことが判明したので今日は地味な日記を書きます。。


あ、内容は地味じゃないように努めます(笑)



☆彡☆彡☆彡☆彡

母と私が、違う人間だと自分の中ではっきりと線引きができてから、だいぶ精神的に楽になった。

これまでは母と同じ血が流れている事に嫌悪感しか感じられず、自分に自己肯定感が育まれなかったのもそのせいだと思う。
思春期の頃、彼女に「そんなに私の子なんが嫌やと言うなら体中の血を抜いて私に返せ」と言われた事がある。
その時は「私だっておまえの血ら要らんわぁ」
と言い返したものだが、実際生物学的には彼女の血も父の血も混じっていないのだ。彼等はただ、私に造血細胞を作り出す遺伝子を私の中に植え付けたに過ぎない。
母の血は確かに臍の緒を通して私の中を循環していたかもしれないが、それも10年以上生きていれば、元のものは私の中に残ってはいないだろう。細胞は日々生まれ変わりを繰り返し、新たな血液がそこから作られる。そうなればそれは私自身の血だ。

ここまでアカデミックな考え方をし始めたらシラけてしまうけれど(0_0ヽ)
思春期の頃はそう考えなければ、自分自身に虫酸が走った。


でも、母と私は本質的なところでもう既に違うのだ。それを自覚してからは、私がいずれ母のような人間になってしまうのではないかと怯える事はなくなった。
でも親を尊敬できないのは、娘として辛い。



先日久しぶりに母と対話した。

でも対話と言っても、お互いの需要を満たすものではない。

以前から、母の性質は単に世間ズレしているだけではなく病的だと感じていたが、 2回の時、教育心理学を履修し、発達障害の中のアスペルガー症候群に母の状態が当て嵌まるのではないかと思い始めた。

ただ母の場合は先天的なものと言うより環境によるところもあるだろうから、一概にアスペルガーの概念に合致するかといえば必ずしもそうではないが。

人の気持ちに共感しようとすることができない。
自分と違う意見を受け入れられず(またはあることすら知らず)周囲の人とのコミュニケーションがうまく取れない。
実年齢に比べ精神年齢がひどく幼い。考えが浅はかで思ったままをそのまま口に出す。その思いが世間の観念と違うこともあるので、よく誤解も招く。
よく言えば正直で嘘が言えないのだが、大人になれば正直だけで世間を渡れない。「嘘も方便」なんて言葉がそれを物語っている。


母は毎週パートが休みの日は父をそっちのけで祖母の家に行く。
年老いた母親を大事にするのは良いことだが、それはまず自分の家庭をきちんとしてからだと私は思う。父のご飯さえ用意せずに祖母を優先するのは何か違う。それを母に言うと、

「両方きちんとなんてできんわよ~」

…その結果、自分の家庭を犠牲にするのか。わからない、私には。

母には私の父のいる家庭は家庭という概念があるのかさえ疑問符が付き纏う。彼女にとって家庭とは祖母のいる家なのだ。

井の中の蛙で人生を生きてきた母。

今の私に決して精神的な余裕があるわけではない。むしろなさそうだ。

でもこの間は珍しく彼女に対して感情的にならなかった。

毎週実家に通う母に、旧友がお母さんが危ないのかと尋ねたらしい。
まぁ世間一般にそう思われてもおかしくはない。でもそれを母は理解できないようだ。自分のすることは当たり前だと信じて疑わない。もしかしたら世間の実際を知らないからそう思うしかないのかも。


貴女のように献身的に母親の様子を見に行く人も世の中にはいるが、実際は実家が遠かったり、姑の世話があったり、自分の生活が忙しかったりで何かない限り、長期休暇でないと帰れない人が多数だから、頻繁に行くとそう思われる可能性も十分にあるのだと言うと
「へぇ~考えた事もなかった」

その後も、自分と周りは考えが違うから話ができないという彼女。

それに対して、自分と同じ人間はいないのだから、別に自分の考えも相手の考えも否定する必要はない。
違う事を知る事で自分という人間の幅が広がる。私はこう考えて、あの人はああ考える、そんな考えもあるんや!それでいいやん。


他人の痛みを理解できない彼女に対して、誰しも同じ経験をしなければ完全に共感するのは無理だ。無理だけど、理解しようとする気持ちが大事なのではないか。そこで「私わからんから聞かない」となれば、突き放して相手を傷つける事になるし、それ以外の話題にしたってそうだ。そこで会話が終わってしまい発展しない。
他人の苦しみだって「辛い」と言う人に、私わかんないでは話にならない。理解を期待してなくても「そうか辛かったんやな」とか、その思いを受け止めることで救われることもある。

周りとは世界が違うから話をしないという彼女に、それは自分とを比較して卑屈になるからかと聞くと、それはないと言う。自分より上のものと比較して卑屈になりそうな事は私を含め、人間には往々にしてある事だから、卑屈にならないというのはすごく良いことだと認め、他人の価値観を受け入れても自分の価値観を捨ててしまわなくていい。両方自分の中にあったっていい。これはあの人の価値観と自分が判っていれば良いと言った。


私の言う事の数々を彼女は初めて耳にしたかのように聞いていた。最後に「あんたの話は難しい」と吐き捨てられたが、少しでも伝わり彼女の思考の幅が広がればいい。彼女はあまりに独りよがりだから。
親が生きているうちはまだいいが、祖母も母より先に行く。父が母より長く生きるという保証もない。その時私はもう自分の家庭なり生活があり、彼女にかまえないだろう。
一人でも生きられる素養をつける必要があるのだ。孤独にではなく、人付合いをしながら一人で生きていける力と心が。
それを今から私が身につけさせる。今のままでは彼女はいずれ独りになる。

でも一体、彼女はどこで人間らしい感情を落としたのだろう。


それを思うとき、母という人を哀しいと思う。

The Sweetest Drug

8ヶ月愛用したNIKEのVANDAL LOWが穴が開きかかっていて、もはやもう虫の息・・・

CONVERSEは学校の中を歩くのに一番歩きやすいから、学校に行く時はコンバースだけれど、雨の日や(コンバースの素材は帆布なので)リハビリの日など走るおそれのある日はクッション性が高く耐久性のあるadidasやNIKEを愛用している。

最近、靴の磨耗が若干早くなっている気がする。内転がひどくなっているからその影響でつま先を地面に擦りやすくなっているんだろう。

スニーカーって安くても4、5000円はするから若干イタい私、たぶん他の女の子よりずば抜けてスニーカーへの支出が多い気がする
でも服はここ2、3年定価で買ってないなぁ・笑


虫の息のNIKEに代わるリハビリ用にフィット感の高いスニーカーを探していて、見つけたのがコレ





ルコックのスニーカー雨の日でも大丈夫なように人工皮革とかのスニーカーを買おうと思っていたのに、このかわいさに惚れて素材のことはどこへやら。。。笑 これも合成繊維。雨の日は履けにゃぃ
ルコックのスニーカーは初めてやけど、履きやすいって評判いいし、これもフットサルのスニーカーに形が似ているからきっと歩きやすい筈

何よりトリコカラーがめっちゃかわいいさすがルコックふらんすこれから半端丈のパンツとかにも合わせて履きたいなーww


しかも新作モデルなのに20%OFFだし、楽●のポイントも貯まっていたから定価よりだいぶ安く買えた


・・・雨の日どうするんだ。。。


・・・つづきはこちら

蒼色の部屋で

いつのまにか、夜中の3時久々に過敏性に不意打ちを食らわされ、痛みに苦しんでいた。
                         &
                    母と電話していた。


母との電話は、いつの日も僅かな欲求不満や消化不良を残して終わる。今日もいつものように。。


今日も例によって私が母を諭すか、母の若干我儘な理論を聴くかで終わってしまい、哀しさだけが部屋を埋めて行く。


それに気付いて泣きたくなったけれど、でも私が彼女と違う人間で、彼女の求める人間にはなれないように、彼女もまた、私とは違う人間で、私の求める母親像になど当てはまる気もなく、私もそこに当てはめようとしてはならないのだ。たぶん。。
それを親だから私の事には100%理解を示してなんていう願いはただの我儘でしかなく、それは私のエゴに他ならない。寂しいけど、たぶんこれでいいのだ。
まだ反論しつつも、反論するという事は、私の話を聞いているという証拠だから。それだけでいい。


応援してくれる人は、彼女じゃなくても沢山いる。


でもやっぱり親子だから、彼女にも理解して欲しいというのは、私のエゴだろうか。。


親にとって子は、ほとんどの場合1分の1だ。常に1番だ。

でも、他人はどんなに私に理解を示しても、どんなに私を認めても、所詮はone of them。


only oneにはなれないのだ。

それでも認めてくれる、理解してくれている人がいるというのは有難いし、嬉しいから、普段は意識的にこのことを忘却する。それで今日も過ごしていく。



だれかのいちばんになりたい。一番叶いがたいものなのかもしれない。人は誰しも護るべきものが多い。大事なものも多い。


そもそも、私のいちばんは誰?誰をいちばんと思う?


定義できない。。。


今日も父がテレビを見てばかりなのが気に食わないという母。彼女は昔からメディアが嫌いだった。弱い人で膨大で、しかもそれが、何の遠慮もなく、土足で人々の生活に踏み込んでくる。


無数の情報に彼女は翻弄されてしまい、疲れる。「生き辛い人」だ。いぃ意味でも悪い意味でも「適当に流す」事ができない。すべてのニュースをくそ真面目にみていたら、誰だって疲れる。


「じゃぁさ。お父さんがテレビをあんま見なくて、ゴルフやパチンコに行ったりするのはいいわけ?」


それも嫌だという。「じゃ、世の中のパチンコやゴルフ三昧のオッサンよりはいいやん」


よほどひどい父親ではない限り、娘にとって究極の男性の理想像とは父親なのではないかと思う。

でも・・・父親と同じ男など世の中にはいない。


祖父ほど、穏やかな人も珍しく、煙草呑みではあったけど酒は飲まなかった。女性の少しのワガママも黙って流していたようだ。


父親が禁煙家なので「煙草を吸う男はありえへん」という私に「別にいいじゃない。私はお父さんが酔っ払って帰ってくるのがありえない」という母。


男の人はただ娯楽のためだけにお酒を飲むものではない。時には接待だってあったりする。そこを許す幅は持たねばならないと思う。
母は料理もまずいし、放っておけば家の中は散らかり放題で、埃だらけ。
それでも文句を言わないのは(言う気もなくなったのかも)父の寛容さであると思う。なかなかそれを受容してくれる男性も少ないので、母は恵まれているんじゃないかと思う。


だって、戦前生まれの男の人が、自分で食器洗いしたり風呂掃除したりしないよね・笑


母もそうであるように、父もどこまでも母の理想に忠実なわけではない。それは人間だから仕方がない。どの欠点に妥協するか、あるいはその人のどんな良さに妥協しないか、が大事だろう。


母は自分が満たしてほしいばかりで、自分に関わる人へ何かを与えることを知らない。

「与える」というとすぐモノのやり取りを連想する母。その下世話さに呆れるけど、ある種母も人間の究極を表しているのかもしれないと思う。


精神的なものを与えるということを、彼女は死ぬまでに理解するだろうか。


一緒にいてやすらぐだとか、前向きになれる、だとか。。。


こうして今日も母を「観察対象」のように客観的に見すぎている自分に気付くとき、自分自身に興ざめする。もっと主観的でもいいのではないか。でも私が主観的に彼女を見るには私たちはあまりに違う人間過ぎた。。



母が大学で学問を貫けなかった理由も、母のこんな所にある。


彼女は与えられるのを常に待つばかり。自分の役割も、満たされるという感情も。


高校までは否応無く与えられていくものをこなしていけばいい。けれど大学は違う。一言に英語や国語、経済と言ったって、その中に幾つもの分野があってそれらを自分の興味関心から選び取らなければならない。


能動的に、主体的に動かなければ、大学での学問は大成しない。


もちろん与えられたものをこなすのは大事だ。それは大学で、社会で生きていくいち素養であったりもする。やっているときは気付かなくても。


でも・・・それだけでも虚しい。別に大卒だけがすべてではないけれど、彼女の場合、自分の学びえたものを大学等でも社会でも生かせていないことが虚しいのだ。


あ~眠。。4時やし。。。


そこが私と彼女の違いでもある。英語に対しても彼女は自分から選んだのではなく、「英語の成績がいちばんいい」という消極的な理由だし、英語のコレをしたいというのもなかった。



私は誰に似たんだろう。同じものを選んでもそこに至る心理的プロセスはまるで違う。


おかあさん、私は貴女と対話できる日はくるのでしょうか。もし来ても、そのときにはもう遅くないですか。


今はまだいい。文句を言える相手が存在し、半ば諦めつつも「相容れることができるのでは・・・」と希望も棄てずにいられる。


でもいずれ、貴女は私より先にいく。私をおいていく。それが自然の摂理だから。


そのときに、私の行き場のない満たされなさは、どこに置けばよいのでしょうか。


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